第68話 花火大会

 オープンキャンパスが済むと、夏休みの終わりが近づいてきたということになる。

 今日もその1日が終わろうとしているが、今日はここからが本番といってもいい日だ。


 今日はこの町で花火大会がある。

 俺は、生徒たちの非行、およびトラブルを未然に防ぐという名目で、見回り当番を押し付けられた。ボランティア活動のようなもので強制ではないのだが、上からやれと言われたらやるしかない。新人だから仕方がないことなのだ。もちろん、俺たちだけじゃなくて、ほかの先生方も見回りを行っている。


「高城先生、今日はよろしくお願いしますね」


 当番の時は、基本的に担任と副担任が一緒になる。

 だから、水沢先生が俺と行動を共にする。けれど――、


「水沢先生、その恰好は……」


 水沢先生はアジサイ柄の浴衣を着ている。


「あはは、お母さんに着させられちゃって」


 困ったように笑うが、どことなく嬉しそうだ。ちなみに俺はいつものスーツだ。


「お似合いですよ」

「あ、ありがとうございます……」


 まあ、せっかくの祭なんだし、多少のことくらいはいいだろう。


 商店街はいつも以上の賑わいを見せていた。

 屋台と赤色の提灯で彩られた町並みはどこか幻想的であり、街灯もやや暗めにし、祭の雰囲気をより盛り上げる。長らくこの町にいるがこの花火大会の日に、こうして商店街を訪れるのは初めてだった。


「あら、先生。今日はデートですか?」


 商店街の中を見回っていると、涼香さんのお母さんである店長から声をかけられる。

 今日は商店街の出店の手伝いをしているようで、割烹着を着ている。


「で、ででで、デートだなんて」


 水沢先生が顔を真っ赤にしている。

 あまりこういうのに耐性がないから、きちんと否定しておいた方がいいだろう。


「違いますよ。仕事で見回りをしているんです」

「そうなんですか。よかったわ」


 何がいいのか、わからないが。水沢先生がフリーズ状態から回復したようで、目の前の人がだれかわからず首をかしげている。


「あの、高城先生のお知り合いですか」

「この人は、ウチのクラスの涼香さんのお母さんです。この商店街で本屋を営んでいるんですよ」

「あ、そうだったんですか。初めまして、副担任をさせていただいています、水沢と申します」

「今日はお疲れさまです」


 保護者と教師の挨拶を終え、再び商店街内を歩き回る。

 老若男女いろいろな人たちが祭りを楽しんでいるのが目に入る。


「あ、高城先生と水沢先生がデートしてる」


 またもや似たようなことを言われ、水沢先生が再びフリーズする。

 俺はそんな言葉を発した人物のもとまで、足を運び、脳天にチョップを食らわせた。


 一般人なら問題だろうが、そいつは俺のクラスの相沢達だった。


「いって!」

「デートじゃない。仕事だ仕事」

「ですよねー」

「去年はゴリ田と小杉の2人が見回りしてて、10時には帰れだとか、非行の始まりだとか、ぐちぐち説教を食らいましたもん」

「まだ何もしてないのに説教されて、腹が立ったんで、校内SNSで“ふたりはできてる”って拡散してやりました」


 そういえば、一時期そんな写真が校内SNSに出回ってたな。

 当の本人たちは何も知らないだろうけど、2人が歩いている背景がホテル街に加工された写真を見て、思わず笑ってしまった。こいつらが犯人だったのか。


「モテないかひがみで、俺らに当たらないでほしいですよね」

「そういうお前らのところにも、女子がいないんだが」


 あたりを見渡しても女気は全くない。見事に男ばかりだ。


「こういうのは現地調達が基本っすよ」

「クラスの女子は、みんな忙しいらしくて」

「今日という日がある!」


 はいはい、要はクラスの女子全員に断られたっていうことか。

 忙しいって絶対嘘だからな。だってさっき、うちのクラスの女子を遠目に見かけたから。


「おい、あそこにギャルの集団がいるぜ!」

「特攻だ!」


 特攻って……まあ、ある意味あってるか。

 十死零生。九死に一生を得るどころの話じゃない、自滅する覚悟か。

 というより、お前ら夏休みの宿題は終わったんだろうな。残り少ないぞ、絶対に期限守れよ。


「あはは、元気な子たちですね」

「問題がなければいいのですが」


 しかし、そんな心配はどうやら杞憂に終わったようだ。

 ナンパ開始、十秒でもう振られてら。

 俺は地面に項垂れている男子を横目に再び歩き出した。


 歩いていくと、今度は舞台のある場にたどり着いた。

 そこでは今、近所の小学生の子たちが、踊りを披露しているようで、みんな半被を着ている。

 小学生の低学年たちだろうか、小さな手足を一生懸命に動かして、踊っているのを見ていると、とても和む。水沢先生もそんな子供たちを見ていた。


 踊りが終わり、小学生たちが舞台から降りてくる。

 その中の男の子が、俺のもとへと駆けつけてきた。


「あゆむにいちゃん!」


 俺に向ってダイブしてきた男の子を受け止める。

 観月の弟である陽太だった。


 さっき踊っていた時に俺を見つけたんだろう。

 あたりを見渡せば、大家さんが手を振っていたので会釈をして答える。首元には大きな一眼レフカメラがかけてあり、陽太のことを撮影していたんだろう。


「にいちゃん、みてた? みてた?」

「ああ、とっても上手だった」

「えへへ~」


 頭をなでてやると嬉しそうに目を細める。


「あのね! これからママと友達のみんなで、花火みにいくんだ!」

「そっか。帰るときはちゃんとママと一緒にいるんだぞ」

「うん!」


 素直だなー。どっかの姉とは大違いだ。

 ばいばーいと手を置きく振りながら、大家さんのもとへと戻っていった。


「……今の子って、高城先生の弟くんですか?」


 水沢先生は、何か勘違いしている。

 弟がいるとは言っているけど、あまり詳しく説明していなかった。


「いえ、近所の子で、あの子が生まれた時から知ってるんですよ。俺の弟はあんなにかわいくありません」

「そうなんですか。ウチのは乱暴な兄しかいないので。あんなかわいい弟ほしいな~」


 それは同感ですね。

 うちには生意気な妹と可愛げの無い弟しかいないから。

 生意気な妹である歩波は、観月たちに誘われて花火大会に来ているはずだ。


 ……

 ………

 …………


 そのあとも特に問題もなく、時間だけが過ぎていく。

 

 お祭りというものは、人ごみの中を歩いていくからか、普段より疲れる。

 水沢先生を見れば慣れない下駄を履いているからか、疲労の色が見えた。

 男の俺が疲れているということは、女性の水沢先生はさらに疲れているだろう。もう少し気を遣えばよかった。


「水沢先生、少し休憩にしましょうか」

「あ、いえ、私はまだ大丈夫です」


 そう言うが、とても大丈夫そうには見えない。


「俺も疲れましたし、ちょっとあそこのベンチで座って居て下さい。何か食べ物と飲み物を買ってきます」

「……ありがとうございます」


 せっかくのお祭りなので、店には入らず出店で何か買うことにした。

 本当はカフェとかそういうところに入りたかったけれど、どこも満席のようだった。


 さて、何を買えばいいだろうか。

 腹は減っているが、あまり水沢先生を待たせたくない。

 だから一緒の食べ物のほうがいいだろう。

 あたりを見渡しているとちょうどクレープ屋が目に留まった。クレープなら腹にも十分たまる。


「水沢先生、クレープを買ってこようかと思うのですが、何か苦手なものはありますか?」


 水沢先生の性格なら、最初に「買ってきましょうか」というと、きっと断る。

 だからこそ、あえて何が苦手なのかという聞き方をしてみた。水沢先生が甘いものが好きだということは、百瀬の店に行ったときに知っていたから、特に苦手なものもないだろうけど。


「あ、大丈夫です」

「何がいいですか?」

「……それなら、チョコバナナをお願いします」

「はい」


 注文を聞くと、俺はクレープ屋に並ぶ。

 ちょうど行列が途切れたのか、すんなりと注文することができそうだ。

 俺は何にしようか。

 別に甘いものじゃなくてもいいから、スナッククレープでもいいかもしれない。このツナピザチーズとか、軽食感覚で食べれそうだ。よし、これにしよう。


「すいません、チョコバナナとツナピザチーズをください」

「あと、バナナパルメ、いちごスペシャル、ピーチスペシャル、ブルーベリージャムアイス、あずきクリームもお願いします」


 おっと、何か余計なものがいくつも加わった気がするぞ。


 隣を見るといつの間にか歩波がいた。しかも、なぜか向日葵の花がデザインされた浴衣を着ている。どうしたんだそれ。


「なんで、ここにいるんだ」

「屋台冷やかしてたら、たまたま兄さん見つけて、ついでにおごってもらおうかと」

「いくら何でも食べすぎだろ」

「さすがに私だけじゃないよ」


 歩波が視線を送るので、その視線の先を見ると、一緒に遊んでいる彼女たちがいた。全員が浴衣を着ていた。


 水彩で描いたような大輪の椿の花柄の浴衣を着ているのは、夕葵さん。

 紺地にピンクの桜が美しいデザインの女性は、涼香さん。

 白地に赤の金魚が映える浴衣を着ているのは、観月。

 淡い水色地に、パステル調の水色・ピンクの水玉模の浴衣は、カレンだ。


 髪型も浴衣に合わせてそれぞれセットしてある。

 浴衣の女性は今日は珍しくもないが、いつもの知っている姿と異なってギャップからか、一段と可愛く思えてくる。本当によく似合っていた。


 いや、それよりもなんで俺があの子たちの分も買わなきゃならないんだ。


「私だけ食べてたら、気分悪いじゃん」

「お前にも買うなんて言ってない」


「はい、まずはバナナパルメね」


 あれ? もうできちゃいました?

 何とも手際のいい屋台の店主だ。もうすでに次のを作っている。


 もうこれは買わなきゃならない。


「しかし、せっかくの花火大会に男一人とか、悲しいねぇ」

「1人じゃない。今日は学校の先生と一緒だ」


 しかも、とびっきりの美人とな。


「ふーん」

「みんなと花火見に行くんだろ。こんなとこにいてもいいのか」


 先ほど、ちらっと見ただけだが、花火がよく見える高台は、もうすでに多くの人が向かい場所をとっていたはずだ。今はもっと多くの人であふれているだろう。


「夕葵さんの知り合いが、場所を確保してくれているの」


 なるほどね。

 とりあえず、クレープを受け取り彼女たちのもとまで運んでいく。


「はい。頼まれていた分な」


 そう言ってくれープを彼女たちに渡す。


「歩波ちゃん。なんだか先生がお金払っていたみたいだけど」

「おうよ! 兄貴のおごりだ遠慮く、喰ってくれい」


 遠慮しがちに涼香さんが言うが、この馬鹿妹は全く聞いていない。

 話を聞けば、もともと、歩波がゲームで負けた罰ゲームでおごることになっていたようだった。こいつ、俺を財布代わりにしやがったな。


「でも……」

「まあ、いいから喰ってくれ、妹の友達におごったと思ってくれればそれでいい。できれば、人に言わないでくれると助かる」


 財布からお金を取り出そうとした彼女たちを制止させ、クレープをやや強引に渡した。

 それに返してもらったって、そんな大量のクレープを消費できるわけないし。


「あ、ありがとうございます」


 それぞれ、自分の希望したクレープを手に取る。


「じゃあ、俺は向こうで水沢先生が待たせているから」


 思ったより、時間が経ってしまった。

 水沢先生、待ちくたびれてなければいいけれど。


「……水沢先生と来ているんですか?」


 俺に問いかけたのは涼香さんだった。


「そ、そうだけど?」


 俺が言葉に詰まってしまったのは、涼香さんに妙な迫力があったからだ。


「えっ!? ミズちゃんとデートなの?」

「ムゥ……」

「違う。仕事で見回りをしてるんだよ、待たせているからもう行くぞ」


 なぜに、誰もが男女と二人で歩いているだけでデートというのだろうか。

 そろそろ、本当に待たせてしまっているから俺はその場から逃げるように、離れていった。

 振り返ることもせず、水沢先生が待っている場所まで早足でむかう。


 少し開けたところにあるベンチで、水沢先生が待っていてくれるはずだ。怒っていないことを願いながら、人ごみをかき分け、ベンチで座っている水沢先生を見つけた。


「すいません、お待たせしました」

「いえ、高城先生。すごい汗ですよ。これ、飲んで下さい」


 そう言って、俺にスポーツドリンクを渡してくれる。待っている間に買ってくれたんだろう。

 別に日も暮れているからそこまで暑いわけでもなのだが。

 なんだが、異様に汗をかいていた。

 もらったスポーツドリンクを、一気に飲んでいく。


「ありがとうございました。それと、これクレープです。食べましょうか」

「はい。いただきます……あら?」

「え?」


 水沢先生が俺の後方を見ていたので、俺もつられてそちらを見る。


「やっぱり、桜咲さんたちじゃない」


 ――……何でいるの?


 え? 俺、行先なんて教えてないんだけど。

 しかも、走ってはいないとはいえ、結構な速度で来たはずだ。なんで、ここにいるんだよ。


「水沢先生、お久しぶりです。終業式以来ですよね」

「そうね。今日はみんな、かわいい格好してているわね」

「ありがとうございます。水沢先生もお似合いですよ」


 ベンチに座り、買ってきたクレープを食べる。

 うん、ピザを食べているみたいで結構イケる。


「おいし~い」


 歩波も満足いったようで、小さな口でクレープを食べていく。

 歩波の声に反応して、水沢先生の視線がむく。


「あの、この子は? ……ウチの子たちじゃないですよね」


 水沢先生は、この中で唯一見覚えのない歩波をみて尋ねる。


「あ、はい。黒沢 歩波です。夏休みを利用して遊びに来ました。いつも兄がお世話になっています」

「……お兄さん? ごめんなさい。どなたかわからないんだけど」


 苗字が違うからか、「兄」といわれて俺とは結び付かないようだ。


「俺の妹です。色々あって、苗字が違うんです」

「ええ!? 高城先生の妹さんなんですか!?」


 驚いて、水沢先生は興味深そうに歩波を見る。


「あれ? でも、あなた……どこかで会ったことはないかしら?」


『間もなく、夏の花火大会が始まります。運営委員の方は至急、本部にまでお集まりください』


 商店街のスピーカーから呼び出し音が聞こえてくる。

 話しているうちに、もうそんな時間になったようだ。そのスピーカーを合図に周囲の人たちは高台へ動き出していた。


「なら、気をつけてな」


 クレープを食べ終わって、休憩も終わりだ。そろそろ見回りを再開しよう。

 ボランティアみたいなものだが、サボるわけにはいかないんだよな。

 どこに誰の目があるかわからない。前年度は剛田先生と小杉先生の時は見回りの途中で居酒屋で飲んでいたところを、保護者から報告されて佐久間教頭から注意を受けていた。


「歩波、早くしないと場所なくなるぞ」


 夕方より周囲の人は目に見えて減っているし、花火を見るならもう高台へ向かっていなければならない。


「ふふん。いいんだよ。夕葵さんが穴場を知っているみたいだから。ね、夕葵さん」


 ドヤ顔の歩波が話を向けて、夕葵さんが肯定する。


「はい、人が寄り付かない場所で、街灯もないのでよく見えるんですよ」


 けど、ちょっと納得いかないところがあった。それは水沢先生も同じだったようで、ちょっと困り顔をしている。


「あまり人気のないところはだめだぞ。何があるかわからないからな」

「そうですね。せめて、誰か大人の人が近くにいればいいんだけれど」


 というより、夕葵さんは今までそんなところで花火を見てたのか。規則とかを真面目に守るタイプかと思っていたけれど、意外だ。

 この子は自分が世間一般からみて、どう映っているのかは認識が甘いようだ。


「それなら、歩先生たちも一緒に来られますか?」

「俺たちも?」

「はい。歩先生がいれば心強いですし」


 俺にそこまでの信用を置いてくれるのはうれしいが、どうしようか。


「水沢先生どうしますか?」

「行かないでって言うのも可哀そうです」

「ですよね……」


 一通りの見回りは終わっているし、なによりこの子たちが心配だ。

 時間にしてはそこまでかかってはいないが、移動時間も考えると、もう花火は始まってしまう。


「一緒に行きましょうか」

「はい。高城先生ならきっとそういうと、思ってました」


 水沢先生は最初からこの答えがわかっていたかのように、頷き同行してくれることになった。


「夕葵さんも、夜遅くに人気のないところへは行かないように。今回は、俺たちが同行するから」

「はい。では案内しますので付いてきてください」


 そう言い、俺に背を向けて歩き出す。

 場所は、商店街から少し離れた場所にあるらしく、人気もだんだんと無くなってきた。


 先頭を歩く夕葵さんは、いつも長い髪を1つにまとめポニーテールにしている髪型を、アップにしてまとめている。背筋が綺麗にのびた、凛とした立ち姿。立ち姿一つにも美しさを忍ばせている。

 黒髪がきれいな夕葵さんが浴衣を着ると、まさに大和撫子という様相だ。

 弓道着といい、彼女には本当に和服がよく似合う。


「いてっ!」


 いきなり、観月にわき腹をつねられた。


「夕葵のこと見過ぎ」


 俺の前を歩いているから、彼女が目に入るのは仕方がないことだと思うんだけど。


「そういえば、その浴衣どうしたんだ」


 俺は彼女たちの浴衣姿を見たときに思っていたことを尋ねる。

 自前で持っている可能性はあるが、歩波はそんなもの持ってきていなかったし、あったらさすがに気が付く。


「これ? カレンと涼香が自前のだけど、アタシと歩波のは夕葵の知り合いが貸してくれたの。せっかくのお祭りだからって」


 なるほど、その人にはお礼を言っておかなければならない。着付けとかもすべてその人にやってもらったらしい。


「あ、ここです」


 夕葵さんに案内された場所は、以前彼女に紹介してもらった“日和”だった。


 扉には『本日休業』いう看板が掛けられており、今日は休みのようだ。

 夕葵さんは持っていた巾着から鍵を取り出し、中に入る。俺たちも彼女に追随する。

 店の中は無人なため、真っ暗であり、俺はスマホを懐中電灯代わりにしてあたりを照らした。


「日和の人たちは商店街で店を出しているので、毎年この日は休みなんです」


 なるほど、確かに人気はない。

 店の周りの人たちも同じように外出しているのか、静かだ。夕葵さんは店の一番奥の襖を開け、さらに奥の障子を開ける。

 そこには日本庭園が広がっており、なにより、電柱や建物といったそんな障害物は何もない、綺麗な夜空が広がっていた。そして、その夜空を煌びやかな花火が彩った。遅れて、ドーンッと大気を震わす轟音が響いた。


 花火が始まったようだ。


 花火の鮮やかな光は店にまで届き、庭を染め上げ、ムードある色にしていく。

 確かにここは、高台よりもきれいによく見える場所だ。


 夏の夜空を彩る、幻想的かつ芸術的な光の大輪と大音響に俺たちはしばらく酔いしれる。

 次から次へと打ちあがり、空を染め、散っていく。

 花火は夏の風物詩だが、この時期に花火を見ていると、もう夏が終わるのだと実感させられる。


「花火ってにぎやかですけど、切ない気持ちになります」


 カレンも俺と似たようなことを思ったようだ。

 花火が最も美しいのは一瞬だけ。

 一瞬だけでだから、美しく感じる。だから、それが散ってしまうときは、さみしさがある。


「今年の夏はなんだか色々あったな」


 プールに始まり、勉強合宿、オープンキャンパス、そして、花火大会。

 夏の行事が終わり、今年の夏が終わりを迎える。

 歩波ももうじき帰らなければならない。


 最後の大玉が打ちあがり、町全体を覆いつくすような花火が夜空に広がった。


「……終わっちゃいましたね」


 水沢先生がさみしげにつぶやく。


「そうですね。みんなは商店街まで送ってくよ」

「あ、私はこのあたりなので大丈夫です」


 いい場所を貸してもらったことに礼を告げ、夕葵さんはここでお別れとなる。

 夕葵さんを残し、商店街に向って歩いていくと――


「きゃっ!」


 涼香さんが何かに躓いたのか、俺の背中にもたれかかってきた。


「ご、ごめんなさい」

「大丈夫か?」

「はい。ですけど……」


 足元を見ると、下駄の前坪が外れてしまい、バランスを崩してしまったようだ。観月と歩波に肩を借り、涼香さんは立つ。


 商店街からはあまり距離は離れていないが、歩いて帰るのは厳しそうだ。涼香さんも困ったような顔をしている。


 ――仕方ないか……。


 ◆

 涼香


 うわぁ、やっちゃった。

 せっかく、みんなで楽しく過ごしていたのに。


 下駄は前坪から外れて鼻緒が下駄から浮いてしまっている。もう履くことなんてできない。それに転んだ時にちょっと足をくじいちゃった。


「涼香、だいじょうぶ?」

「うん」


 歩波さんと観月が肩を貸してくれているから大丈夫だ。けど、ちょっと歩いて帰るには厳しいかも。


「涼香さん。よかったら俺の背中に乗る?」

「……え?」


 一瞬、聞き間違いかと思った。

 高城先生はそういうと、私の前に後ろ向きでしゃがりこむ。

 やっぱり、私の聞き間違えじゃなかった。


「い、いいですよ! 迷惑になります!」

「これからたくさんの人が高台からもどってくるし、迎えなんて待ってたら深夜になる。それに、店長さんは忙しいだろ?」


 先生の言うことはもっともだった。

 まだこの辺りは人通りは少ないけれど、商店街に入ればたくさんの人がいる、つまり、それだけの人に見られる。


 ――うぅ~。うれしいけど、恥かしい気持ちの方が大きいよ。でも……


 観月やカレンを見る。

 ちょっとだけ、先生には迷惑かもしれないけれど――


「お、お願いします」


 先生の背中に体を預けることにした。


 対面式の日に背中に体を寄せたことがあったけれど、あの時は恥ずかしさを誤魔化すためにしたことだし、こうやって先生に背負われて改めて実感できる。やっぱりこの人が好き。


 先生は私がしっかり捕まったことを確認すると、立ち上がる。

 先生と同じ目線くらいになって、観月やカレンを見下ろす形になった。

 2人に視線が合うと、うらやましそうな顔をしていた。水沢先生には特に変わった様子はない。教師の手を借りる生徒として映っているのかな。


 ――……ちょっとくらい、いいよね。


 そう思って、さらに自分の身体を背中に預ける。


「お、重くないでしょうか?」

「歩波に比べれは、軽い軽い」

「んだと!」

「おい、やめろ! 涼香さん乗ってんだぞ」

「くっ、後で覚えてろ」


 そのまま、先生に背負われて、商店街へと進んでいく。

 やっぱり、行きかう人の視線が私と高城先生に向けられる。

 あ、魚屋のおばさんがほほえましいものを見るような顔を私に向けてる。


 なんだか、子供みたいで恥ずかしい。

 自分でも顔が赤くなるのがわかる。先生の首元に隠れるように顔をうずめる。


 顔を隠していても視線は感じる。

 そんな視線は恥ずかしくもあれば、人から見れば私たちはどう映っているのかな。


 でも、人の目が合ってよかったかもしれない。2人っきりなら、我慢できなくてもっと抱き着いていたもの。


 好奇な目を向けられながら商店街をしばらく進むと、私の家にまでたどり着いた。


「涼香。どうしたの?」


 お母さんもお祭りからちょうど帰ってきたみたいで、先生に背負われている私を見て尋ねた。


「下駄がダメになってしまいまして、その時に足をくじいたみたいです」

「それは……わざわざ送っていただいてありがとうございます」


 先生にお礼を言うと、私を下ろしてくれる。

 お母さん。「うまくやったわね。この子」っていう目で私を見ないで。本当に事故だったんだから。


「じゃあ、涼香さん。足しっかりと冷やしておいてね。じゃあ、また新学期に」

「はい、今日はありがとうございました」


 先生たちとは挨拶を告げて、お別れした。

 去っていく先生の背中をさっきまで独り占めしていたかと思うと笑みがこぼれた。


「うふふ」

「なによ、お母さん」

「何でもないわよ。私の娘がすごくかわいいなーって思っただけ」

「もう! 私部屋に行って着替えてくるから」

「手伝いならいいわよ。足、痛めたんでしょ。ゆっくりしてなさいな」

「座ってできる作業もあるでしょ。ちょっと待ってて」


 この後、店前で手伝いをしていた私は道行く商店街のおばさんたちに先生とのことを、とことんからかわれた。

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