第61話 これからの夏休み

「はぁ~~、遊び疲れた~」


 観月はそんなこと言いながら大きく背伸びをする。

 休憩後も俺たちは色々なアトラクションやプールを回っていると、気が付いたころにはもう日が傾いていた。


「そろそろ、帰るぞ」


 帰りの事を考えるともうお開きにしてもいい時間だ。

 施設自体はまだまだ営業時間内だがバスの運行の事も考えるとそこまで長い時間はいられない。


「なんかあっという間だったなぁ」

「楽しかったです」

「また来たいね」


 そんな感想を聞ければ付き合った甲斐があるというものだ。


「浴場施設があるので、使わせてもらいましょう」


 さすがに温泉ではないが水着のまま入れる浴場施設があるらしい。

 料金はプールとは別料金となっているのだが俺たちには招待パスがあるので無料で使用することができるそうだ。

 シルビアに案内されて俺たちは浴場施設へと向かうことになった。


 ……

 ………

 …………


 招待パスでシャンプーなどの入浴セットをスタッフから借り受け、俺たちは浴場施設へとやってきた。

 どうやら脱衣所とつながっているらしく入浴後はそのまま着替えができるみたいだ。


「広いな」


 浴場施設はスーパー銭湯並みの風呂の数があった。岩風呂と檜風呂、露天風呂、ジャグジーバスなど多くの種類がある。

 だが、一般的な銭湯と何よりも違うのは――


「水着着ているけれど、男の人と一緒にお風呂に入るのって変な感じがするね」


 そうなんだよなー。

 水着の着用が義務付けれれているからか、ここは混浴になっている。

 水着を着ているとわかっていても風呂に異性がいるというのは違和感がありすぎる。今はそこまで多くの人はいないようだが、男性客の姿もある。年頃の女子からすれば恥ずかしいだろう。


 とりあえず体を洗うために洗い場まで移動して風呂椅子に並んで腰を下ろす。

 シャワーのレバーを回して湯を体に浴びる。日焼け止めの塗ってはいたのだが少し日焼けをしたからか身体がヒリヒリした。

 俺はまずは髪を洗うためにシャワーを頭に当てる。

 目はつぶっているから見えないが周囲の音は拾えた。


「やっぱりちょっと焼けちゃったね」

「日焼け止めだって万能じゃないからな」


 観月の会話に夕葵さんが肯定する。


「……夕葵の日焼け……なんかエロいね」


 石鹸で身体を洗いながら、そんな話をしている。おい、俺がいるってこと忘れていないか。


「な、観月!」

「いやーなんというか、ビキニの隙間から見える日焼けあとがなんとも」

「ほんとだ」


 そこに目敏く歩波を加わる。

 この2人似たようなところあるからな。話も合うみたいだし。


「夕葵さんって身体の線がスラッとしていて綺麗よね。肌もスベスベしてそうだし」

「歩波さんまで……」


 夕葵さんの顔が見えずとも想像できる。きっと恥ずかしくて顔が真っ赤になっているんだろうな。

 髪を洗い終え、シャンプーを洗い落とすと夕葵さんの後ろに歩波が回り込んでいた。何する気だあいつ。


「えい!」


 という掛け声とともに歩波が夕葵さんの胸のふくらみに触れた。何やってんだあいつはっ!!


「きゃ! ほ、歩波さん? あ、ン……」


 かわいらしい悲鳴を挙げて、自分の胸に触れている歩波を見る。

 くすぐったそうに夕葵さんが身をよじる。だが、そのせいでさらに歩波の手が身体をくすぐる。


「うわ、きょう一日思っていたことだけれど、やっぱりすごい!」

「水着の間に手を入れるな!」

「ええーいいじゃん、もうちょっと、もうちょっとだけ……いたっ」


 あまりにも目に余る光景だったので俺は歩波の頭を軽く小突く。


「った~~……女子同士の軽いスキンシップなのに~」

「男の目があるだろう」


 たしかに洗い場には男の目は少ないが俺がいるからな。

 だが、俺を見て歩波がニンマリと笑みを浮かべる。


「うわ~見てたんだぁ。にいやんも男ですな~」

「なっ……」


 別に見たくて見たわけじゃない。顔を挙げて周りを見渡したら視界に入っただけだ。だが、俺の言い分は言い訳にとられるだろうな。こいつ、人の揚げ足とるの得意だから。


「あ、歩先生……」


 夕葵さん、見ようと思ってみたわけじゃないから。どうか信じてほしい。


「いやいや、誤魔化さなくていいよ。こんな身体だもの、男が反応しないわけないさ」

「サイッテー……」


 歩波は「わかってる、わかってる」と納得し顔をして、観月は舌打ちをして俺を咎める。

 どう言い返してもすべて言い訳に聞こえてしまうので、俺は何も言わずに俺は自分が使っていた洗い場に戻ろうかと体を反転させる。


「まあまあ、兄貴待ちなさいよ」

「なんだよ?」


 歩波が俺を呼び止めるので振り返った。


「きょう一日ありがとうね。私たちに付き合ってくれて」

「……ん」


 お礼を言いたかったのか? 

 別にこれくらいなら付き合ってやるさ。

 年も離れているから昔は部活とかで家族旅行も満足に付いていけてやれなかったし。


「お礼に背中流してあげるよ」

「は? いいよ別に」

「遠慮しない、遠慮しない」


 そう言って、半ば無理矢理俺を押さえ込んで風呂椅子に座らせる。

 ボディソープを泡立てて俺の背中へと当てて洗ってくれる。別に背中は自分で洗えないことはないがそのまま任せることにした。


「これくらいの力でいい?」

「ああ、十分だ」


 そういえば昔もこうやって洗ってくれたな。

 少し昔を懐かしむ。最後に一緒に風呂に入ったのはいつ頃だっただろうか。


「ならアタシもやる!」


 ――は?


 止める間もなく観月が俺の背後を位置取り、洗い始める。俺の背中の左側を位置取り洗ってくれる。力はやや強いが一生懸命洗ってくれているのが伝わってくるので俺は何も言わずに身を任せた。


「えへへ、気持ちいい?」

「ああ、でもな……」

「私もします!」


 もう十分だと観月を止めようかと思ったが、すかさずカレンも立候補してきた。歩波と場所を変わり、自前の柔らかいスポンジで背中を洗う。力も弱いからくすぐったさもあるくらいだ。


「よいしょ……んしょ」

「か、カレン、脇腹はやらなくていい、くすぐったいから」

「あ、ゴメンナサイ」


 脇腹というか徐々に前に手が伸びてきたのですかさずやめさせる。前は自分で洗えるからな。


「観月、そろそろ変わってくれ」

「しょうがないか歩ちゃん、夕葵と交代ね」

「いや、もう十分……」

「……お嫌でしょうか?」


 振り返って夕葵さんの顔を見ればシュンと残念そうに落ち込んでいる。


「……オネガイシマス……」

「はい!」


 今度は打って変わってうれしそうな顔をする。

 夕葵さんは絶妙な力加減で俺の背中を洗ってくれる。おお、上手いものだ。


「小さいときは銭湯とかでよくいろんな人の背中を流していたんです。もちろん女性の方だけですけど」


 なるほど、これは経験がなせる業か。痒い所に手が届くような、なんとも言えない心地よさがあった。


 ――むにゅ……


「っ!!」


 カレンの使っていたスポンジよりもさらに柔らかいものが背部に当たる。

 背中に当たるそれが何か今日の経験で数瞬で理解した俺は思わず椅子から飛び上がりそうになる。夕葵さんも驚いてタオルを体から離す。


「ど、どうかしましたか?」

「な、なんでもない、何でもないから!」


 何とかこの場を誤魔化し、椅子に座りなおす。そろそろ、ボディソープを洗い流して湯船に向かおうかと考えていると――


「なら、私で最後ですね」


 最後に控えていたのは涼香さんだった。うん、わかってましたよ。

 ここで彼女だけさせないというのものけ者にしているようなので他の子たちと同じように好きにさせる。

 涼香さんは持っているタオルで俺の背中を洗っていく。


「先生って背中大きいですね」

「そうか?」

「いや、大きいって。やっぱクラスの男子とは違うわ」

「はい、その、たくましいです」

「固いです」


 涼香さんだけと思いきや今度は全員が俺の背中を触り始める。

 この子らもう洗うということすらしてないぞ。ボディソープのぬるっとした触感に彼女らの細い指が俺の体を撫でる。ものすっごく変な感じだ。

 

 そして、背中から前の方に手が伸び始めている。なんていうか、ものすごくマズイ気がする!


「あ、やっぱ腹筋割れてるとすごいね」

「あまり体毛は濃くないんですね。ツルツルしてます」

「兄さんって体毛薄いよね。男のくせにむかつくわー」


 もう好き勝手触り始めた! 止めようかと思うがいかんせん文字通り手が足りない!


「みて、あれ」

「うわ、あーいうのってホントにいるんだ」

「なんとかプレイとかいうやつ?」

「スタッフ呼んだほうがよくない?」


 とんでもない誤解受けてるじゃねえかっ! そういう店じゃねえんだよ!

 立ち上がろうにも誰かが俺の方を押さえつけて立たせないようにしている。


 鏡越しに誰か見たら……歩波!! 何考えてやがる!! 俺をこのまま社会的に抹殺するつもりかっ!!


 にたりと笑う意地の悪い笑みを浮かべる歩波を内心呪いながら、このまま俺はこの子たちの好きなようにされるのかと思いきやさっと俺の体から手が離れる。


 ――よかった、ここで終わりか


 そう思ったのもつかの間だった。


 チクリ――背中に何かがあてられる。まるでデッキブラシみたいな固い多数の繊維のような感触だ。


 ――ん? デッキブラシ?


「汚物は消毒です」


 ザシュ――

 床タイルをこするような小気味いい音を立てて俺の背中が思いっきり摩擦された。


「いっ!!!!!」


 俺の絶叫が浴場内に響き渡る。

 振り返らなくても誰がこんなことをしたかはわかる。


 シルビアがどこからか持ってきたデッキブラシで俺の背中をこすったようだ。背中の皮がめくれるかと思ったわ!!


「シルビア……お前……」


 デッキブラシで俺の背中を掃除し始める。

 俺は慌ててその場を離れてシルビアに猛抗議した。


「ばかやろっ! んなものどこから持ってきやがった」

「メイドたるもの掃除スキルは必須です。常日頃から持ち歩いてます」

「嘘だろ……」

「嘘です。さっき、トイレの中で見つけました」

「嘘だよね!?」


 トイレは冗談だと言ってほしい。


「冗談です。さっき新品のをお借りしました。返してきますね」


 新品であればいいというわけじゃないけれど。

 っていうかなんでスタッフさんがそんな物を貸すんだ。


 シルビアにデッキブラシを貸したスタッフを見ると、憑き物が取れた澄んだ目で俺を見ていた。あ、ウォータスライダーの係員だった男性スタッフだ。痛めつけられてた俺の状態を見て満足したのか、満面の笑みでスキップをしながら離れていった。

 あの人からは大桐や相沢たちと同じ匂いがする。


 日焼けなんかよりもよっぽど痛む背中をさすりながら俺は湯船の方へと向かう。途中、爆笑している歩波と観月の頬を無言で引っ張った。シルビアには……何かしたら倍返しされそうなので、何もできなかった。


 体を洗い終えた俺たちはいよいよ湯船に入る。

 大きな風呂に入るのはオリエンテーション合宿以来だろうか。

 体温より高めの温かい湯ににゆっくりと身を沈めていく。


「「「「「はぁ………」」」」」


 ――最高だ。

 そういわんばかり呼吸が俺たち全員の口から同時に漏れた。

 水着を着ているので違和感はあるが、それでも十分に気持ちがいい。今日の疲れが取れる。遊んでばかりの一日だったがそれでも疲れるものは疲れたのだ。こういう風呂に入ると日本人であったことに喜びを感じる。


 何も考えずにぼんやりと天井を眺める。

 みんなは湯につかりながら話をしている。


「カレンって兄さんに日本語教わったんだ」

「ハイ、リスニングは大丈夫だったのですが、会話のほうが間に合わなくて、今もたまに変な日本語を使ちゃうんです」

「あんなのに教わって大丈夫? 口悪いときあるし、雑じゃなかった?」

「イイエ、ちゃんとしっかり教えてくれました」

「へえ……ちゃんと仕事してるんだねぇ」


 歩波が何か言いたげに俺を見る。教師としての俺を家族に知られるのはなんだか気恥ずかしい。


「そういえば、みんなは宿題はもう始めてるか?」


 教師らしいことを言って、恥ずかしさを誤魔化す。


「はい、7月中には終わらせる予定です。ね、観月?」

「う、うん、勉強合宿前に終わらせないと……。自分の勉強も頑張りたいし」


 ほう、この夏休みきちんと宿題をする気でいるらしい。

 観月は料理部の部活は夏休みに数回だけと聞いているから時間に余裕はあるか。けど、7月中に終わらせるって結構ハードだな。


「私は大会前には終わる予定でいます」

「私も夏祭りコミケ前までには……」


 それぞれ、予定を組んで宿題には取り組んでいるみたいだ。


 で、だ。

 さっきまで喜々としてみんなの話を聞いていた歩波ちゃんは何で黙っているのかな?

 俺が視線を向けると露骨に視線を逸らす。


「……宿題なんてないし……」


 うん、正確には「宿題なんて(持ってきてない)し」だよな? 

 お前の持ってきた荷物って日用品と着替えだけだったもんな。今の今まで聞き忘れていたけれど。


「よし、帰ったら景士さんに確認するから」

「いや、ほんとだって! ちょっとした事情で免除になったんだって!!」


 どんな事情だよ。

 疑うように歩波を見ると急に風呂から立ち上がり俺を非難しだした。


「兄さんだって、夏休みの最後の日に透くんのよく写させてもらってたじゃん!」

「写してない。教えてもらってただけだ」


 これは心の底から断言できる。

 部活で夏休みを消化した俺は当然宿題に手が付けられなかったことが多かった。そこで、透に頼んで勉強を見てもらっていたのだ。まあ、三年間ほとんど頼りっぱなしだったけど。

 写させるなんてあいつがそんなセコイ真似させるわけないだろ。写させてくれって頼んだら「じゃあその分、走れるね」って夏の炎天下にシャトルランさせるやつだぞ。誰がそんな選択肢をとるか。


「とにかく、宿題がなくてもお前も勉強はしろ。盆で帰省した日に一緒にもってこい」

「うへぇ~……」


 歩波は別に勉強は苦手というわけではない。

 ただ、めんどくさいのでやりたくないという気持ちが大きい。その分成績が下がるんだけど。


「お盆は実家に帰られるのですね」


 夕葵さんは俺の予定を聞いてつぶやく。


「ああ、一泊だけして帰ってくる予定だ」


 学生と違って俺たちは普通に仕事や研修があるのだ。今日が終わったらまた明日から一週間の労働がはじまる。

 そして8月の上旬は勉強合宿がある。これには俺も引率として参加する。


 ここにいるメンバーで参加するのは涼香さん、カレン、観月の3人だ。夕葵さんは弓道の大会が近いので辞退している。

 そういえば、歩波は俺が仕事に出ている間や研修で外泊している間はどうするつもりなんだろうか。歩波も仕事はあるだろうけれど、基本は休日に入れていることが多いと聞いている。日中や俺がいないときは1人か……一応、対策を考えておこう。




 風呂から出てそれぞれ着替えのためにいったん分かれる。

 家族のために土産を買い、駅までのバスに乗り込むと皆疲れたのかすぐに寝てしまった。


 起きているのは昼寝をした俺だけだった。ちょっとしたら起こさなければならないが、少し眠らせてあげよう。


 まだ夏休みは始まったばかり、この子たちはどういった夏休みを過ごすのだろうか。

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