第56話 プールに行きたい!!

「にいやん、これ何?」

「うん? ああ、最近オープンしたプールの招待券」


 身内しかいないからラフなジャージを着ている歩波ほなみが目ざとく見つけたのは、球技大会での賞品であるザ・ブーンプールのオープン招待券だ。

 これさえあれば、本来並ばなくてはならないアトラクションなどを並ばずに使わせてもらえる。


 夏休みが始まるということで本格的にプールも始まる。

 プールはこの時期が稼ぎ時だろう、客が込み合うのを避けるためがこのチケットの使用期限はギリギリ――今週の日曜日が最終日だ。生徒も何人かがテストが終わって遊びに行ったという話を聞いた。


「え、行かないの?」

「男だけで行くとか嫌だな」


 招待券を見れば2人まで同伴可能と書かれているが、残念ながら一緒に行く相手がいない。


「……いや、彼女くらいいないの?」

「いないよ」


 なんか言ってて悲しくなってきた。

 まあ、今は欲しいとは思わないんだけど。


「しょうがないなー……なら私が一緒に行ってあげよう!」

「お前が行きたいだけだろ」


 ザ・ブーンプールは日本有数の屋内外プールだという話だ。

 今年の夏この町の近くにオープンするということで、いろいろな雑誌にも取り上げられている。歩波も雑誌を見て興味があったんだろうな。


「ダメ?」

「……いいぞ、チケットももったいないしな」

「なら兄上! 水着もお願いします!」


 最初っからそのつもりだったな。

 歩波は俺の事を呼ぶときは基本的に統一性が無い、その時の気分によって変わる。何か媚びる時などは”兄上”や”お兄様”、”お兄ちゃん”などと過剰な敬称を付けて呼ぶ。


「まずは布団を買ってからだ」

「やった!!」


 そう伝えると、歩波はいきなり俺の前でジャージを脱ぎだし、バッグから自分の服を取り出す。


 ――高校生になってから少し大人びた服を着るようになったな。


 歩波の持っている服を見てそんなことを思う。


「………ちょっと、見すぎ」


 下着姿の歩波が俺を非難する。

 お前がいきなり下着姿になったんだろう。

 それに、全裸すら見たことのある俺に何言ってんだ。だが、こいつも年齢相応の羞恥心はあるみたいだった。


 思えば、辛いこともあったが今はこうやって成長して、今では高校生だ。しかも立派に仕事までしている。


「……大きくなったな………」

「死ねっ!!」


 感慨深く呟くと、机の上に置いてあったリモコンが俺に迫り顔面を直撃した。言うまでもなく、歩波が俺に向かってリモコンを放り投げたからだ。





 俺は車に乗った今も鼻を押さえていた。

 せっかく褒めたのに結構マジな力で放り投げやがったな。未だに鼻がジンジンする。


「……服もついでに買ってやる」

「え、マジで!?」


「セクハラ!」などと何かを勘違いしていた歩波はぷりぷりと怒っていたが、俺の言葉を聞くと一気に上機嫌になった。現金な奴。


 ◆

 観月


 アタシ達は昼食を食べてから駅前のショッピングモールに足を運んでいた。


 ようやく始まった夏休み。

 最初のイベントが補習や追試じゃなくてホント良かった。毎年カレンダーに追試と書かれていた赤字が今年はない。なんとも気分が良かった。


 今、アタシ達がいるのは女性水着コーナーだ。

 カラフルな水着が陳列されたスペースのお客さんのほとんどは女性客。

 けれども中には彼氏と一緒に水着を選んでいる人もいる。さすがに男だけでこんなところにいれば通報物だ。店員さんも眼を光らせているみたいだし。


 水着を買うというのは女の子にとっては特別なイベントだ。

 当然、好きな人がいるとその人がどう見るかを意識しちゃう。

 その人にどう見られたいかが最も重要になってくる。

 夏の期間だけとはいえ、好きな人にはかっこよく見られたい、惚れ直してもらいたい、ダサいと思われたくない。


「………これはちょっと派手かな」

「よく似合ってると思いますよ」


 涼香が手に取った水着を見て体に当ててみる。けれど、すぐに恥ずかしそうに身体から遠ざけた。カレンはそんな涼香に感想を言う。


「………少し露出が多すぎないか?」

「水着ならこれくらい普通だって。じゃあ、これ」

「面積が小さすぎる! なんでこんなものが売っているんだ!」

「じゃあ、これは?」

「わ、私にはまだ早すぎる気が……」


 夕葵はアタシが選んだ水着を見ては、露出度の気にしている。

 水着なんだからある程度露出があるのは当然なのにさっきから肌が見えすぎだなどと以外に注文が多い。


「そんな立派なもんついているのになんでそれを有効活用しないかなぁ」


 全くもって度し難い。

 アタシがそういうと夕葵は胸元を隠して、キッとこちらを睨みつける。


「好きで大きくなったんじゃない!」

「ケンカ売ってる?」


 そこの胸の脂肪の2割でいいからアタシによこせっ!


 アタシと似たような視線をよこすのは買い物をしている他のお客さんたち。

 気持ちは皆同じ、そんなセリフ人生で一度でもいいから言ってみたいわ!


 憎らしい胸を鷲掴みにしてやりたい衝動に駆られるけど何とか自重して、一人敗北感に打ちひしがれる。


 ――アタシにも、もうちょっとあったら、歩ちゃんは……。


 慎ましやかな自分の胸に手を当ててそんなことを考える。


 アタシも新しい水着は欲しい……ちょっとは…ちょっとは大きくなっていたからねっ!


 その後も、アタシ達は水着を見ては悩んでいた。身体の前で合わせるだけでまだ誰も試着はしていない。


「みんなで水着を選びあいませんか?」

「あ、それ面白そう」


 カレンの提案に涼香が乗り気だ。アタシも賛成。


「なら、私の水着は涼香かカレンが選んでくれ」

「なんでアタシに選ばせないの?」

「さっきから観月が選ぶ水着は全部露出が多いんだ! 私には耐えられない!」


 一応、どれも夕葵に合うような水着を選んでみたんだけどなー。どうやらお気に召さなかったみたい。


 一回くらい試着してもいいのに見たり、身体の前に合わせるだけですぐにやめていた。最終決定権は夕葵にあるから仕方がないけど。


「そんなに言うんなら、涼香たちが選んだ水着は一度は必ず見せてよね」

「いいだろう。なら、私は観月の水着を選ぶ」


 正直……なんていうかすごくダッサイの水着を着させられそうで怖い。夕葵、流行ものとかに疎そうだもん。


「なら、アタシは涼香の選ぶね」

「私はカレンのを選ぶから、カレンは夕葵のを選んであげて」

「ハイ!」


 それぞれが水着を選ぶ相手を決めて、アタシ達は水着を選び始めた。


 ――涼香か。スタイルもいいし、なんでも似合いそうだしなー。


 勉強とかでもお世話になっているし、とびきり可愛い水着を選んであげよう。

 なにより可愛い子の服を選ぶのはやっぱり楽しい。


 ◆


 俺と歩波は昼食を摂り終えて俺と歩波は水着コーナーへと向かっていた。布団は荷物になるので一番先に購入して車に積み込んだ。


 今俺の両手には歩波の服が入った袋がある。

 俺1人なら午前中に全ての買い物が終わっている。


 なぜ女という生き物は買い物に時間かかるのだろうか。小さなショップでも2時間くらい平気でいることができたりする。今までの経験上、このことに何か言えば「兄さんにはわっかんないかなー」と鼻で笑われるので何も言わないでおく。なら、感想とか俺に求めるなよ。


 買わないのに居座るのは店員さんからすればいい迷惑ではないだろうか。

 もちろんこのことを言ったら不機嫌になるので何も言わない。こればっかりは女性にしかわからない心理だ。


「わー、やっぱり。大きいモールだからたくさん種類あるね。どれにしようか迷っちゃう。おにいはどれが似合うと思う?」


 歩波がキラキラした目で見ている女性の水着コーナーがメインになっているのか女性客が多くいる。男性の水着コーナーなんて店の隅に設置されている。


「……なあ、俺はここで待っていてもいいか?」


 服の事を考えれば水着を選ぶだけで長く時間がかかるのが簡単に予想できる。

 なにより、女性物の服や水着やらが並んでいる中に入るのは恥ずかしい。女性水着コーナーは当然ながら、女性客が多い。男性客は彼氏である数人程度だ。


「そういうの、デートの時とかに言っちゃだめだからね」

「はいはい」


 ここで待っていようかと近くの椅子に座ろうとするが、まだ歩波は納得いかなさそうだ。


「……一緒に歩く妹が恥ずかしい恰好していたらどうするの?」


 ――…………恥ずかしい水着ってなんだ? 


 あれか、値段はバカ高いのに布面積が少ないヤツか。


 ………いかん、いかんぞ。妹と言ってもほかの人から見れば普通の女だ。

 いったいどんな輩が声をかけてくるか分からない。コイツもちょっと自分の事を褒められたらホイホイつきていきそうで怖い。

 

 待機していようという気持ちが幾分か揺れた。


「……というよりも、男の俺が女性水着売り場に入ってもいいのか?」

「すいませ~ん。ここって男性って入ってもいいですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「オッケーだって」


 俺の僅かながらの抵抗はむなしく終わった。


「ああ~! これ可愛い! でも、もうちょっと大人っぽくても……」


 そう言って、少しきわどいビキニタイプの水着へと手を伸ばした。


「ビキニは却下だ」


 そんな下着みたいな恰好外でさせられません。


「え~なんで~」


 文句は言いながら一応俺の忠告は聞いてくれているようで、ビキニタイプの水着は戻していく。


「じゃあ、これは?」


 そう言って、歩波が手に取り俺に見せたのはさわやかな水色の水着だ。

 どうやらフレアタイプの水着らしくフリルがバストの部分をしっかりと覆い視線から守ってくれそうだ。


「……それならいい、それにするのか?」

「うーん、ちょっと試着してくる」


 そう言って俺を連れて試着室の方へと向かった。

 試着室にはカップルらしき男女がおり、彼女がファッションショーを披露し、彼女の水着を見てテンションが上がっている。この空間の男がいるだけで随分と気が楽になる。


「じゃあ、試着してくるから待ってて」

「あいよ」


 俺は歩波が水着を試着しているまで待機していることになった。

 女性の試着というのは何とも時間がかかる。

 待っている間は俺としては結構暇だ。だが、こんなところでスマホを触るわけにもいかない。盗撮だと疑われかねないからな。


「みんな、着替えたー?」

「~~~っ~~カレンッ、なんて水着選ぶんだっ!」

「そう言う夕葵だって、さすがにこれはないでしょ! ダサすぎる超えてこんなの着てたらイタイ奴だよ!」

「ムゥ……」


 ――………………………なんか、ものすごく聞いたことのある声と名前が聞こえてきたような気が。


「なら、見せ合いっこしよっか」


 ――うん、やっぱりあるわ!


 離脱を試みようとするが、それよりも先に試着室の扉が一斉に3つ開いた。


「観月ってやっぱりこういうの選ぶの上手だよねー」

「……いっそ殺してくれ……」

「夕葵、覚えてなさい……」


 やっぱりか……。

 水着姿で外に出てきた彼女たちが視界におさまった。


 まずは涼香さん。

 腰にパレオを巻いた白いワンピース。彼女らしい清楚な印象の水着だ。パレオの隙間からチラリと覗く白い脚がどこか扇情的でとてもきれいだった。


 次は夕葵さん。

 黒色のビキニだが、紐を首の前で交差させた後、首の後ろで結んだりひっかけて固定している。そのタイプビキニは水着はどうしても視線が水着の間からのぞく胸の谷間に視線が集まる。


 そして、最後に観月

 ………何とも地味な紺色の水着を着ている。つーか、それスク水じゃん。なんでそんなもの着てるんだ? いや、体型的には合ってるけれど。


 彼女らは幸いにもまだ俺の事には気が付いていないようで、先ほどの彼氏たちも見とれている、怒った彼女に耳を掴まれ試着室からつまみ出される。それと一緒にこっそりと試着室から出ようとしたときだった。


「おにいー、ゴメン。これちょっとバスト合わないー。サイズ違いの奴持ってきてー」


 歩波が俺の事を呼び外へと出てきた。

 なんでよりによってこのタイミングなんだよ!


「………高城先生?」

「…………」

「あ、歩ちゃん……」


 三者三様で俺がいることに気が付いたようだった。

 最悪だ、最悪のタイミングだ。


 徐々に彼女たちの顔は真っ赤になっていく。

 普段は隠れている白い肌もうっすらと赤く染まり、その羞恥心の程度が俺には十分に伝わってきた。


「ねえ、聞いてる?」


 空気の読めない妹が俺の袖をクイッと引っ張る。

 さて、俺はどうすればいいんだろうか。


「きゃああああ!! ま、待ってくださいっ!」


 悲鳴が聞こえてきた。

 そちらに視線を送ると扉が音と立ててゆっくりと開いていた。

 多分、着替えている途中に肘か何かがぶつかって扉が開いてしまったんだろうな。


 カレンが前だけを片方の手で胸隠しもう片方の出て、ドアノブを追いかけて扉に手を伸ばしていた。


 カレンの水着はバック・クロス・ストラップの水着――つまり首や背中でストラップを結ぶ水着だ。

 きっと背中の紐が上手く結べなかったんだろうな。下はまだ水着を着ていないのか下着姿のままだ。


 水着よりも露出の多い恰好に、俺は思わず目を奪われてしまった。


「「「「見るなっ(いでください)!!!」」」」


 4人の声が聞こえた次の瞬間――


 歩波が俺の持っていた紙袋を奪い、顔面を叩き視界を奪う。紙袋の角が顔面に当たってめちゃくちゃ痛い!!


 「痛い」を言う暇もなく、おそらく観月が俺にボディブローを食らわせ、一瞬悶絶する。


 腹部を殴られた痛みで俺が前倒れになったタイミングを見計らい夕葵さんと涼香さんが、俺の頭を押さえつけ顔を上げられなくした。

 

 なんで、この子らこんなに連携がうまいんだろうか。


 その後、覗きと間違え入ってきた店員に事情を説明するのにものすごく時間を費やした。

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