第52話 三者面談 観月

「………では先生。失礼します」

「失礼しました~」


 先ほど、相沢の三者面談が終わった。

 まあ、よく校内で馬鹿をやってはいるが成績が特に悪いというわけでもないので、すぐに終わるかと思いきや、親御さんの話が長いこと長いこと。

 息子の生活態度を聞かれたかと思い応えようとしたが、向こうに話の主導権を握られ予定の時間を大幅にオーバーしてしまった。最後から2番目ということもあり、体力的にもけっこう疲れてきた。空も少し暗くなってきた。


「うわ、延長しちゃったよ」


 休憩をする間もなく、俺は教室の外へ出て長らく待機させてしまった女生徒とその親御さんを扉を開けて出迎えた。


「……遅い~~」


 俺に文句を言う生徒は観月だった。

 大家さんの仕事の都合上一番最後を希望していた。

 しかし、こういう面談が時間通りに進むわけがなく、かなりの時間を待たせてしまったようだった。


「……大家さん、スイマセン」

「いいのよ」


 本来の予定ならなもう終わっている時間帯だ。

 陽太は町の図書館に預けてあると聞いているがだいぶ待たせてしまっていたのだろう。

 大家さんの心遣いに感謝し、席に座ってもらう。


「ではよろしくお願いします」

「クスッ」


 三者面談を始める前に挨拶をすると大家さんがクスリと笑いだした。


「ああ、ゴメンね。でもなんか変な感じね。歩ちゃんとこういう風に話すのは」

「それは俺もですよ」


 何というか気恥ずかしさがある。それは向こうも同じようだ。


「まずは、そうですね。成績の事から行きましょうか」

「えー……」

「お願いね」


 露骨に観月が嫌そうになるが、大家さんは反対に身を乗り出して聞く。カンニングの件についてはもうすでに伝えてあるためこれ以上掘り返すようなことはしない。そもそもやっていないのにこれ以上何を言えと言うのか。俺は今回のテストの結果を伝える。


「沢詩さんは……だいぶ成績が上がってますね。本当に今回はよく頑張ったと思います」

「へー、頑張ったのね」

「えへへ~」


 大家さんは嬉しそうに観月を見ると恥ずかしそうに笑っていた。


「けど、この夏休みも油断しないように、落ちる時はあっという間だからね」


 特に成績が上がった直後なんていうのは、調子に乗りやすい。

 だからといって、この時期にモチベーションを上げ過ぎると燃え尽きてしまうので自分の中でメリハリをつけペースを見つけることが大切だ。


「わかってるよ~」

「ならよろしい」


 どこか膨れたように唇をとがらせて俺の話を聞く。

 まあ親と先生から家にいても勉強しろと常に言われるような環境なんだから、ここでも同じように言われるのは嫌だろう。


「で、進路希望調査で白紙で提出されたんだけど。行きたい大学とかはないのか?」


 以前からもそれとなく聞いてはいるのだが希望の大学などは特にないと答えられる。そろそろ目標の大学を決めておいた方がいい時期だ。だが、白紙で提出されたものだから大学や専門学校のパンフレットなどは用意していない。


「ん~……最近になってからちょっと考えているところがあるかな」

「あらそうなの?」


 大家さんもそれは知らなかったようだ。


「うん……笑わない?」

「笑うわけないだろ」


 どの大学に進もうがそれはその子が選んだ自分の進路だ。笑うわけがない。


「ちょ、調理師の免許を取ろうかなって思ってるから、調理系の専門学校に進みたい、かな」

「へぇ……いいじゃないか」

「ええ、いいと思うわ」


 笑うどころか自分の得意分野をしっかりと分かっている進路を選んだので、むしろ感心した。


「でも、他の子たちは大学とかそう言うの目指しているから。ちょっといいづらくて」


 なるほど、確かにほかの子たちはとりあえず大学に進学と考えている子達が多い。人と異なる意見を言うのには少し勇気がいる物だ。


「しっかりとした夢を持っているんだ。いいと思うよ」

「えへへ~」

「けど、それなら栄養学科とか生活科学科とかある大学を目指してもいいと思うわよ。大学なら、履歴書にも書けるし無認可の学校は履歴書に学歴として記入することはできないから」


 大家さんのアドバイスに観月は僅かに考え込むような仕草をする。本来ならそのアドバイスは俺がするべきなんだが完全にお株を奪われた。


「なら、自宅から通える大学ってないかなぁ?」

「んー……ここにある資料だけだと。結構、難関な所が多いな」

「どこ?」


 観月が興味本位で聞いてくるので俺はパンフレットを取り出して観月の前に出してやる。


「まあ、1つとしては律修館大学」

「ここって、歩ちゃんが通ってたとこ……」

「ああ、学部に栄養学科がある。けど、ちょっと今の観月の成績じゃあな……」

「私も難しいと思うわ」


 俺と大家さんは首を傾げてしまう。

 自分が通っていた大学を名門などというのは自惚れているみたいだが、今の成績と照らし合わせてみるとやはり首をかしげざるを得ない。校内のテストで平均点ギリギリでは正直かなり厳しい。俺だって、死に物狂いで勉強したからなー。


「……律修館かぁ」


 だが、観月はやや前向きにパンフレットを見ている。

 チラリと俺を見る。俺の反応を窺っているのだろうか。


「……夏休みにオープンキャンパスに行ってみるか?」


 オープンキャンパス行くだけなら、特に問題もないだろう。

 まだここで決定というわけでもない。

 なにより、目標を高く持つことは悪いことじゃあないし、まだまだこれからだ。それに、1年ほどの勉強で静蘭に合格した観月だ。現状、わずかながら可能性も感じられないこともない。


「うん」

「なら、これからもっと頑張りなさい。俺もできるだけのことはするから」


 大学のパンフレットを観月に渡して、あとは生活態度の事等を伝える。


「服装や髪のことは校則を犯していないからいいとして、先生方を”ちゃん”付けで呼ぶのをやめたおいたほうがいいかな。特に俺以外の先生には」


 すっごく今更だけど。


「観月……」


 大家さんが観月を呆れたような目で見る。


「ええー今更じゃない?」

「今更っていうか、半ば諦めていると思うぞ」


 俺だって一応、注意はしている。

 他の先生方は何も言わないし、俺と似たような心境なのかもしれない。


「授業中とかはちゃんと「先生」って呼んでるよ」

「俺の時は授業中も“歩ちゃん”だろうが」


 おかげで観月以外にも俺のこと歩ちゃんとか歩くんと呼ぶ生徒がいるくらいだ。

 完全になめられてる。


 ――……でも、こいつが俺をそういう風に呼ぶから生徒と打ち解けるのには、そこまで時間はかからなかったんだよな。


「とにかく、できるだけ気を付ける事」

「はぁ~い」

「それと夏の学力強化合宿に参加するのか?」


 学力強化合宿とは文字通り、各教科に別れて行われる2泊3日の勉強合宿だ。8月の前半に避暑地でいつもとは違った環境と仲間と学び合うことで、互いにいい刺激を分かち合う。毎年、強制というわけではなく自由参加になっている。


「勉強に集中できる環境が欲しいなら参加した方がいいと思う。それに参加者には対策プリントが配布されるから、休み明けのテスト対策にもなる」

「う~ん。ちょっと考えてもいいかな?」

「いいぞ、夏休みが始まる前に教えてくれれば大丈夫だ」


 あとは、大家さんに渡すプリントをまとめて渡して今日の面談は終了となった。


「はい、これで面談を終わります」

「「ありがとうございました」」


 挨拶を終えると観月はグッと身体を伸ばし固まったからだをほぐす。本来なら胸を逸らすような動きで局部が強調されるはずなのだが、その気配は微塵もないので安心だ。


「お疲れさま。見送りはできないのでそのままおかえりください」

「なら、そうさせてもらうわね。歩ちゃん、夕飯はどうする?」

「今日はまだ仕事が残っているので、終わらせてから外食で済ませようかと思ってます」


 1人で外食というのも久しぶりだ。ちょっと楽しみだったりする。


「とか言って、またミズちゃんとご飯食べに行くんじゃないの?」

「……なんで水沢先生が出てくるんだよ」

「しーらなーい」


 言葉を残して観月は教室を出ていく。


「あの娘ったら。じゃあ、私たちは帰るわね」

「ええ、今日はありがとうございました」


 大家さんたちを見送り俺は教室の後片付けを始める。


 ◆

 観月


 アタシとママは車で陽太を預かってもらっている託児所へと向かっている途中だった。


「……観月って将来ちゃんと考えていたのね」

「まあね。ちゃんと資格を取って働いた方が無難でしょ」


 ママはどことなく嬉しそうにアタシの話を聞いてくれる。

 4年前ならこんな風に会話することもできなかった。あのままだったらいったいどうなっていたんだろう。


「……別に1人暮らししてもいいのよ? 無理に難しい大学を受けなくてもそれくらいのお金ならあの人が残してくれてるから」

「……アタシが一人暮らしなんてしたくないだけ」


 あの家での生活がアタシは気に入っている。

 これは本当の話だけど建前でもある。


「まあ、歩ちゃんがいるから出ていきたくないかぁ」

「~~っ~~」


 わかってるなら言わないでほしいなぁ! そのニヤニヤした顔も腹立つ!


「でも、律修館大学を目指すのなら、今までじゃダメだからね?」

「……受けてもいいの?」

「まだそこまでの学力ないでしょ。しっかり歩ちゃんに教わりなさい! あわよくばそのまま押し倒してもらいなさい」

「何言ってんの!?」


 娘に淫行勧めるな!

 というより、歩ちゃんはまだまだアタシの事なんて異性として意識している様子もないし……考えるだけで悲しくなってきた。


「胸の大きさがすべてじゃないのよ。例えエグレていたって……」

「エグレてないから! 大体、この遺伝子Bカップはママのでしょ!!」

「はあ!? アンタよりはあるから!!」

「妊娠して大きくなって垂れてきただけでしょ!」

「垂れとらんわぁあああああ!!」


 互いに痛いところを突き続ける醜い争いは、陽太が預けられている託児所に着くまで続いた。


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