第34話 フットサル同好会
俺がフットサル同好会の顧問になった経緯としては、
「じゃあ、今日はここまで、気を付けて帰るように」
帰りのHRが終了し、生徒たちもそれぞれの時間を過ごしだす。
俺も明日の授業の準備があるので、いつものように社会科教員室へむかうため教室のドアの方向に身体を向けた時だった。
ガラリと教室の扉が開くと1人の男子生徒が入ってきた。
「失礼します、高城先生。今、お時間よろしいでしょうか」
「ん? 藤堂か」
突然の訪問者に生徒たちは、興味半分でこちらに視線を送る。
わざわざ他クラスの担任に頼み事とはなんだろうかと一瞬思案したが、俺はすぐに何のことか思い至った。
「あの、これ! 読んでください!」
そう言って渡されたのは手紙だった。綺麗な便箋に俺の名前が書いてある。
手紙を俺に差し出す際にはわざわざ、頭を下げ、両手を添えて俺に渡す。
まるで初々しい乙女がラブレターを渡すように見える。いや、目の前にいるのは褐色肌の体格のいい男子なんだけど。
「きゃー!!」「え、え、マジ!」「ちょっと、写メ取らないと!」「リアルBL!?」
実際、女子生徒にはそう見えたらしく大声で騒ぎ始めたり、他クラスへと報告しに行く奴らもいたので、あっという間に教室に人だかりができた。特に目を輝かせて、手にメモ用紙まで持っているのは
いつまでも藤堂に頭を下げさせるわけにはいかないので、俺は手紙を受け取る。
その瞬間に大きな歓声が上がる。
この学校、思っていた以上に文芸部のお仲間多くない?
「お返事はいつでも結構です。では失礼します!」
藤堂は言いたいことだけを言って教室から去ってしまう。
俺には事前に藤堂からこの手紙の内容の事を知らされていたので、特に驚きはなかったけれど、この渡され方にはびっくりだよ。
藤堂が居なくなると、今度は俺に視線が集まる。
特に文芸部の視線が、ねちっこいというかなんというか。
「先生! 返事どうするの!?」
「2つ以上の意味で禁断の恋じゃん!」
「2人がどうやってそういう経緯になったのか、ぜひ、お話を!」
きゃあきゃあと色めき立つ女生徒たち。
青い顔をして俺から視線を逸らす男子生徒。
とりあえず、俺は藤堂から渡され便箋を開いてさっと目を通す。
「ええ!? ここで開けるの!?」「藤堂君、かわいそう……」「もっと彼の気持ちを大事にしてあげてよ!」
そう言う割に、食い入るように見に来るお前らはなんなの?
「お前らが期待するもんじゃないからな!」
そう言って、藤堂からの手紙を公開する。
「きゃー!」と言いながら眼は背けない。そして、一番最初の題に注目し一人の女生徒が読み上げた。
「……フットサル同好会、入部希望者表?」
フットサル同好会を作りたいということで顧問を引き受けてくれないかと、以前に藤堂から相談を受けていた。
まず部を設立するには人数が必要だと伝え、メンバーを集めてくるようにと条件を出したのだ。内容が分かると女子たちはつまならなさそうに離れていった。
◆
ああ、とそういえばそんなことがあったなと生徒たちは思い出す。
あれから俺は、部設立を見てもらうために教頭に頭を下げ、許可をもらったのだ。ただ、少し面倒なことも起きているのだけれど。
「えー、それじゃあ、勝ち目ないじゃん!」
すでに女子たちは男子を諦観の眼で見ている。かわいそうに。
「俺に頼りきりの時点で勝ち目なんかない。今日から練習始めるけど、来たかったら来ていいぞ。それに部員も随時、募集中だ」
俺は男子生徒に向かってそう呼びかける。
部員と言ってもまだ5人程度でギリギリ試合ができるというくらいだ。本格的に練習をするならもう少し人数が欲しい。
「はーい、じゃあマネージャー募集してますか?」
1人の女生徒の質問に周囲がにわかに騒ぎ出す。
「あ、なら私も私も!」
「私も今の部活だって幽霊部員だし」
「なんなら~、先生の個人マネージャーになってもいいよ」
そう言って集まってくるが部員5人よりもマネージャーの数が多いとは如何なものか。
俺が部活の勧誘をしたせいで誰がマネージャーをやるか決める方に話がシフトし始めた。このままでは迷走して話が進まないかと思われたときに。
「静かに。今は球技大会のメンバーを決めるのが目的だ」
学級委員である夏野さんがこの場をまとめてくれた。
「歩先生もです。今は勧誘は控えてください」
注意する夏野さんに俺は何も言えなかった。
今回ばかりは調子に乗った俺が悪い。
俺も部活でサッカーができると内心、浮かれていたみたいだった。
◆
放課後、球技大会まで時間もない。
一応、俺たちはフットサル同好会という立場にあるので不甲斐無い試合はできない。
更衣室でジャージに着替えを済ませ、スパイクに履き替えグラウンドに向かうと既に同好会のメンバーが顔を揃えていた。
当然、部費などはまだもらえるわけがなく、ボールは自分たちが持っている物を使用する。他の用具とかは俺がサッカー部が使っていない道具を使わせてもらう。
いつもならサッカー部が占領しているグラウンドだが、その一部を貸してもらい俺たちが使用してもいいことになった。
本来、フットサルは屋内で行われる物だが、体育館はバレーやバスケなどで既に埋まっているのもあり使用許可は下りなかった。
このことに対して剛田先生は不服そうで、少し揉めたのだが、お上の鶴の一声により週に数回だけだが使用権を手に入れたのだ。元々、サッカー部グラウンドの独占はあまりよく思われていなかったのもある。
「おーい、揃っているかー」
俺が声をかけるとアップを中断してダッシュで俺の元へと集まってくる。
「はい。今日からよろしくお願いします!」
この同好会、部長は提案した藤堂を部長に据えている。
メンバーは元々サッカー経験者ばかりだ。
学年は2.3年生が中心で、藤堂の話ではサッカー部で実力不足と判断された者や、藤堂のように規則を守れずに、やむなく部を去ったものもいる。
「球技大会まで時間もないから、早速始めよう」
そこから、藤堂たちの練習を見させてもらった。
どうやら、1ヶ月前に退部になった後でもボールには触っていたらしく、ブランクは感じさせられない。
特に藤堂はこの中でも群を抜いて上手い。
ポジションは
他のメンバーも十分なレベルだ。彼らを退部にした剛田先生の気がしれない。ホントに大会を勝つ気あるのか?
練習が始まってから「次は何をやろう?」と考えていたのでは、時間が無駄にしてしまうので予め決めておいた練習を行う。
走り込みなどの基礎練習をしているとサッカー部のボールが俺たちのスペースまで転がってきた。それを止めてやる。
「すいません、高城先生」
以前と同じように、ボールを飛ばしてきたサッカー部の3年生が俺に謝罪する。
「ん、ほれパス」
そう言って彼の足もとまでボールを蹴飛ばす。
彼も動じることなく俺のパスを受け取る。だが彼はサッカー部に戻ることなく俺たちの練習をじっと見ている。
「……楽しそうですね」
羨ましそうにつぶやいた。
けれども藤堂たちが楽しそうに練習しているのは客観的に見てもその通りだ。
「楽しいって感じられるのはモチベーションの違いかもな」
「モチベーションですか?」
「ああ、全員が同じ目標を掲げて頑張っていればそれが部活動の理想だろう。けれど、今のサッカー部はそうは見えない。純粋にサッカーを楽しみたいって奴もいれば、本気で全国大会に行きたいって奴もいる、一番酷いのはちょっとうまい奴らがそれを鼻にかけてほかを見下して、練習で手を抜いてるからだろうな。そんなのだったらチームもちぐはぐになる」
サッカー部を見れば全国を掲げているのは剛田先生だけだ。それも一方的に押しかけている感じだ。自分の気まぐれで練習メニューを決めているようで効率がいいとは言えない。
一方で俺たちはサッカーを楽しむことに重点を置いている。
誰かに評価してほしいわけじゃなくて、ただ単に自分のためにボールを蹴っている。
見る人が見れば“遊んでいる”と思われてもおかしくはない。
だが、俺たちはそれでいいのだ。
「何してる! 早く来い!」
剛田先生の怒声が響いてくる。どうやら俺と話している間に休憩時間が終わり、呼び出しがあったようだ。
「あ、監督が呼んでいますので行きます」
「ああ、遊びたくなったらいつでもいいから顔出してくれ」
別に引き抜き目的じゃない。
彼の疲れた顔を見たらそう言いたくなった。
ちょうど空が暗くなり始めたころに俺たちは練習を切り上げることにした。俺は今日はボールに触れず、練習風景だけを見させてもらった。
器具を片付け、休憩していると――
「はーい。お疲れ様でしたー」
観月の声に反応しそちらを振り向く。
そこには観月だけではなく、料理部の女子数人が俺たちの元へやってきた。
「なんか用か?」
スポーツドリンクを口から離して尋ねる。
「差し入れ持ってきたんだよー」
その言葉を聞き、フットサル同好会のメンバーが「おおっ」と嬉しそうな声を挙げる。タッパーを開けるとレモンのはちみつ漬けが入っていた。
「食っていいのか?」
「もちろん」
ここでお預けしたら鬼畜だろうな。
タッパーに入っている切り分けられたレモンをフットサルのメンバーが摘まみ口の中に入れていく。
「どう?」
「どうって、レモンのはちみつ漬け感想を求めるなよ、誰にでも作れるだろ」
いや、美味いことは美味いけどさ。
他のメンバーは「美味い」と言いながら料理部の子たちに礼を言っている。料理部の子達もまんざらではなさそうだ。
「あー、せっかく作ってきたのにそう言うこというんだー。わざわざアタシ達が余ったレモンで賞味期限ぎりぎりの蜂蜜を使って作ったのにー」
「残飯処理じゃねえか」
クシシと観月が意地悪く笑う。
「これからは、たまーに差し入れに来てあげるよ」
「ありがたいが、料理部の子たちはいいのか?」
「そんな手の込んだ物は作る気はないし。なんでもそっちに彼氏がいるみたい」
観月の視線の先には彼女からタオルを受け取っているフットサルのメンバーがいる。彼がそうなのだろう。
「……なんかいいよねー。好きな人に料理作ってあげるのって」
観月が羨ましそうに2人に視線を送る。
2人はまだ付き合って間もないのか、目を合わせるだけで赤くなり、初々しい。
「青春の1ページって感じだな」
「歩ちゃん……おじさん臭い」
「……」
しかたないだろ。
事実、俺の青春時代なんか、もうとっくに終わってんだよ。
「ん、ごちそうさん。全員礼を言うように」
「「「「「ありがとうございましたー!!」」」」」
料理部の子たちに礼を言うと、フットサル同好会の初日が終わろうとしていたのだが……。
「高城先生!」
呼ばれた方を振り返るとショートカットの女子生徒が俺を呼んだみたいだ。
かわいらしい顔にはまだ幼さが残っている、恐らく今年入学した1年生だろう。
「ん、どうかしたか?」
声を出そうとするがうまく出ないのか「あの」「えっと……」とどもるのでなかなか話が進まない。そうしている間に部活帰りの生徒たちが俺たちに注目しだした。フットサル同好会のみんなもわざわざこちらに戻ってきた。
そして、やや間をあけてから意を決したように動き出した。
「これ受け取ってください!」
その子が俺に手紙を差し出した。
「へ?」
「なっ……」
俺が呆けた声をだし、観月が驚くような声を出す。
周囲も似たようなリアクションだ。
――これって、あれか……?
「入部届です! 本当は部員募集のポスターを見た時に出したかったんですけど、遅くなってしまいましたが、まだ大丈夫でしょうか!?」
――………あっぶねえ! 変な勘違いするところだった。
ここで断ってたら自意識過剰な痛い奴になりかけた。
それどころか、生徒に妙な期待をしている教師という社会的な立場も地に堕ちるところだった。
「……入部届?」
観月は確認するように女子生徒が行った言葉を呟く。うん、俺もそう聞こえたわ。
そんな動揺を表に出さず、俺は彼女が差し出した入部届を受け取り中身を見て僅かに驚く。
「……マネージャーじゃなくて、部員希望で間違いない?」
「はい!」
静蘭には女子サッカー部はない。
女子でサッカーをやるのは別に珍しいわけではないが、男ばかりのこの部に女子の入部者が現れたのに驚いた。
周囲の野次馬は期待していた展開と異なったと思い離れていく。
勝手な奴らだな。
「ダメでしょうか?」
どこか窺うような様子で俺を見る。
「いや、入部希望者は大歓迎だ」
「ッ……ありがとうございます!」
「名前は、
「はい」
「俺たちの部は毎日グラウンドが使える訳じゃないんだ。週に3回くらいなんだけど」
「大丈夫です。これからよろしくお願いします!」
ぺこりと可愛らしくお辞儀をして入部届を預かり、俺は教員室へと戻って行った。
◆
カレン
――ふう、遅くなってしまいました。
今日は文芸部の活動の一環で図書館の蔵書の手伝いをしていました。
図書館の一室を私たちが使っているのでこれくらいの手伝いは慣れていたはずなのですが今日は、パソコンの調子が悪くて時間がかかってしまいました。
「ようやく、おわったねー」
今回、作業を手伝ってくれた涼香さんも疲れた様子で私に同意を求めます。
本当なら文芸部の活動は運動部よりも遅くなることはないのです。帰宅のためにグラウンドの横道を通って校門前で迎えを待ちます。
けれど、今日はその横道に人だかりができていました。
「なんだろうね?」
「あ、センセ」
人だかりの中にセンセを見つけました。その隣には観月がいます。
私が見た時には女子生徒から何やら手紙を受け取っているところでした。その手紙を渡すときに周囲から歓声が上がります。前に男子生徒がセンセに手紙を渡していましたが、今回の相手は女子生徒です。
――もしかしてあれって……
「ねえ、カレン……」
涼香さんも同じような思考に至ったのか少し、狼狽えた声で私に声を掛けます。私も似たような不安に襲われました。
けれど……
「入部届です! 本当は部員募集のポスターを見た時に出したかったんですけど、遅くなってしまいましたが、まだ大丈夫でしょうか!?」
「……入部届?」
そう聞こえてから、理解するまでに少し時間がかかりました。
どうやら、フットサル同好会の入部希望者だったらしいです。
ほっと涼香と私は小さく息を吐きました。
そのあとセンセは入部を了承してその場から離れていきました。
「はあ、よかった~」
涼香はセンセが見えなくなるともう一度息を吐きました。
でも息つきたくなる気持ちは私も分かります。
そんな不安を私たちに与えた女の子の周りに友人らしき人たちが集まり、騒ぎ出します。
「よかったねー。遥~」
「両親にサッカーは中学までって言われてたんだってね」
「うん、女子サッカー部のないところに受験して、ダメもとで男子サッカー部に入部希望出したんだけどやっぱり、断られちゃったから。フットサル同好会ができたのは助かったよ」
クラスの人みたいに、センセ目当てというわけじゃないようですけど。
「それにね、あの高城選手と一緒にサッカーができるなんて夢みたい!」
……なにやら、聞き捨てならない言葉が聞こえてきました。
「高城選手って、あの人先生だよ?」
「高校時代はすごい選手なんだってば! 絶対プロに行くかと思ったんだけど、どのクラブにも所属してなくて。こんなところで教師やってるなんて思わなかったよ!」
先生の事を語る様子は熱がこもってました。
けれど、その熱は私たちとはどこか違う純粋な憧れの様なもののように思えます。
「そんなにすごかったの?」
「うん、あの人の高校はね……」
「はいはい。遥にサッカー語らせると長くなるから
「今日中に帰れなくなるわよ」
そんな会話をしながら1年生の子たちは離れていきました。
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