第27話 教師の部屋で

「なんで、お前らが俺の部屋にいるんだ?」


 観月は陽太の迎えだろう。

 だが、桜咲さんとカレンがここにいることに理解が追いつかない。


「す、すいません。インターフォンが鳴ったので応対してしまいました。ずっと鳴り続けていたので、急な要件かと思って」


 夏野さん、その格好で応対したの? 

 つい視線を夏野さんの綺麗な細く長い脚に落としてしまう。

 下にショートパンツ履いてるって知ってるんだけど、俺のジャージが大きすぎてまるでズボンをはいていないように見える。


「ごめんな。インターフォンをの音が風呂にまで聞こえなくてさ」


 もし来客が男だったら大変だったな。夏野さんに申し訳なく思う。


「で、こいつらがいるのは?」


 指さすのは当然、いつの間にか部屋に上がり込んでいた3人だ。


「一応止めたんですけど。陽太くんの迎えに来たっていうから」


 観月は陽太の髪を拭きながら応える。


「今日、ウチに遊びに来てたの。昼ごはんから帰ってきたら玄関にある手紙を見つけて、ここに来たんですー」


 そう言ってひらひら~っと俺の書いた手紙を見せる。


「大家さんは?」

「今日は昼から仕事~」


 そうか、今日は仕事の日だったか。

 時間が上手く合わなかったらしい。


「なんで、桜咲さんとカレンを連れてくるんだよ」


 できれば、生徒と同じアパートに住んでいるなんてことは、おおやけにしたくはなかったんだけどな。ばらしやがって……。


「あの、歩先生……どうして観月がここに?」


 夏野さんが困惑しているので簡単に事情を説明することにした。


「陽太は観月の弟で、俺の部屋の下に住んでる」

「あ、どうりで見たことのある男の子だと。え、でも歩先生の家の下って……」


 まだ若干、混乱しているみたいだ。


「あんまり公にしないでくれると助かる」

「それは……わかりました」


 だよね。

 夏野さんはそう言ってくれると思ってた。


「私たちからも、聞きたいことがあります」


 桜咲さんが俺に対して質問する。


「なに?」

「どうして、夕葵が先生の部屋にいるんですか?」


 まあ、それは当然な疑問だよな。


「お風呂入ってー、服貸して、なにヤッてたの?」


 観月、含みある言い方するな。

 下心なんて微塵もないんだから、その凍てつくような視線は勘弁してほしい。あれか、アパートの住人から犯罪者が出ると困るからか。


「ジョギング途中で、雨に降られたんだよ。その時に夏野さんと会って服も濡れてたから貸した」

「ふーん……」

「なんだよ、さすがに濡れスケで家に帰すわけ行かないだろうが」

「濡れスケ?」

「あ、歩先生!」


 カレンが俺の言葉に首をかしげて、夏野さんは真っ赤になって俺の言葉を咎める。

 やば、余計なこと言った。


「サイッテー」

「先生……」


 案の定、観月と桜咲さんが俺を冷ややかな目で見る。


「すまん……夏野さん」

「い、いえ、服も貸してもらいましたので」


 ぎゅっと胸の辺りで俺のジャージを握る。

 そうなると俺の視線は胸に集まってしまったわけで……。


「ちょっと! どこ見てんの!」


 俺のジャージが俺が着たらありえない位置で隆起している、それを見てしまったことを観月に怒鳴られる。


「夕葵、アタシの部屋行こ! 服、貸してあげる」


 観月が夏野さんに自分の服を貸すと言うが、


「ちょっとサイズが合わない気が」

「ぐ……」


 観月は何か悔しそうに呻く。

 まあ確かにサイズは合わないだろうな……胸の。


 観月のTシャツを貸せば生地が伸びてしまいそうだし。

 夏野さんは、おそらく身長のことを言っているんだろうけど、観月の視線は夏野さんの胸に注がれている。

 何を悔しがっているかは明白だ。絶対、口には出さない。


「お姉ちゃん、お腹すいたー」


 陽太の言葉で用件を思い出した、昼飯の相談をするんだった。


「お前らは、飯どうした?」

「食べてきました」


 カレンが俺の質問に応える。


 ……カレンに俺の家知られたかー。

 いや、知られて困るということはないけれど。

 なにか、言葉に言い表せない妙な感覚が俺の中にあった。だとしても単独で押しかけてくるということはないと思うけれど。


「俺はまだなんだよ。食べてもいいか? 陽太の分はあるか?」

「家にママが作ってくれたのがあるよ」

「ふーん。夏野さん、昼飯よかったら食べて行ってくれ、服が乾くのに時間かかるし」

「いいのでしょうか?」

「俺だけ食べるのは寝覚めが悪いからな。でも、あんまり期待はしないでくれ、男の手料理なんて簡単なもんだから」

「い、いえ! いただきます」


 よし、夏野さんの了承を得た所で。


「じゃあ、お前らは帰れ」


 シッシと観月たちを追い出そうとする。


「なんでー」

「飯食ったんだろ? 陽太にも昼ごはん食べさせてやれよ」

「陽太はみんなと一緒に食べたいよね」

「うん!」

「持ってくるから、ここで食べちゃダメ?」


 別にダメってことはないが、自分が食べてないのに目の前で飯食われたくないんじゃないか。そう思うのは俺だけか。


「まあ、みんながいいって言うなら構わないけど……」


 俺は立ち上がり、キッチンに立てかけてあるエプロンを身に付け調理場へ向かった。エプロンを使うのは着替えたばかりの服を汚したくないからだ。


 カシャッ――


「おい、誰だ写メったの」


 シャッター音が聞こえたので振り返るが全員が俺から視線を逸らす。

 ったく、あんまり人に言いふらすんじゃないぞ。


 ◆

 カレン


「なら、アタシは陽太の昼ごはん温めて持ってくる」


 観月が立ち上がりセンセの部屋を出ていきました。

 センセは料理中でずっとキッチンに注意が向いています。


 ――思わず撮っちゃいました。エプロンを着たセンセ……


「……ねえ、カレン。後でそれ、私にも頂戴」

「ハイ」


 涼香がこそっと私に内緒話で話しかけます。涼香が何を求めているかは確認せずともすぐにわかりました。


「あ、夏野さん。苦手な食べ物ってある? アレルギーとかは?」


 センセが冷蔵庫から食材を取り出しながら、夕葵さんに尋ねます。


「だ、大丈夫です。歩先生の作ったものなら、何でも食べれます」

「いや、そんな無理しなくてもいいからな。ホントに無い? 苦手な食べ物」

「あ、夕葵はウニが苦手です」

「だったら大丈夫だな、そんな高級なもん俺の家にはない」


 そう言って、センセはまたキッチンへと戻って行きます。

 私たちは何をするわけでもなく、ずっとセンセの姿を見ていました。


「何を作るんですか?」


 私が尋ねます。

 お腹が空いているわけではありませんが、何を作っているのかが気になってそんなことを尋ねてしまいました。


「ん? しらすと春キャベツの和風パスタ」


 そう言って、パスタを用意してある鍋に入れました。

 手の込んでない料理と言ってましたが結構、手の込んだ料理な気がします。


 センセは手慣れた様子で料理を作っています。

 夕葵さんに食べてもらうために……。

 そう思うと、どこか羨ましいです。


「少し食べるか?」

「いいのですか?」

「いいよ、ちょっと多めに作ればいいだけだし、桜咲さんは?」

「っ……頂きます」

「なら、観月の分も一応作るか……いらなかったら俺が食べればいいだけだし」


 ――やった。センセの料理が食べられます。


 そんなことで一喜一憂していますけれど。センセに何かしてもらえることが、こんなにも嬉しいです。


 改めて、センセの部屋を見渡します。

 センセの部屋……男の人の部屋になんて入ったことはありませんが、思っていた以上に散らかってはいませんでした。


 私の家みたいにハウスキーパーの人が居るわけがないので、自分で掃除しているのでしょう。

 特に女の人が出入りしている気配はなさそうです。


 センセの部屋で私の興味引いたのは本棚でした。


 ――センセでも漫画を読むんですね。

 

 そこには私の知っているような漫画もあれば呼んだことのない漫画もありました。妙な親近感を覚えて笑みがこぼれてしまいました。

 タイトルをこっそりと覚えておきましょう。センセと話をできるきっかけになるかもしれません。


 ◆


 パスタと春キャベツが茹で上がってザルへと移して水気をきる。

 醤油、オリーブオイルとバターを加えて味を調えて、あとはシラス・海苔・大葉を混ぜて完成だ。本当に簡単な男の料理だ。


『得意料理はパスタです~』なんていう女性には騙されない方がいい。パスタ料理なんてものは炒飯に並ぶ男の料理だ。


 人数も多いので、普段は使っていない大皿にパスタを移して自分の食べる分だけを取り皿に移すスタイルにした。


「お待ちどうさま」


 リビングのテーブルにパスタを置いた時に、観月も陽太の昼食を温めて持ってきた。陽太の食事はどうやらオムライスのようだ。


「うわ、量多くない?」

「お前の分もあるんだよ」

「ほっほーう、アタシの分が無かったら、文句の一つとでも思ってたんだけど、中々、気が利きますなぁ。あ、ジュース貰っていい?」

「ついでに、取り皿とフォーク持ってきてくれ」

「はいよ~。コップは?」

「さすがに人数分はないから、こっちにある紙コップ使う」


 観月なら俺の部屋の台所事情にも詳しい。

 どこに何があるかは、自分の家のようにわかっている。


「「「……………」」」


 じっと俺の方を見ている。


「ん? どうした?」


「いえ」

「なんでもないです」


 観月が両手にフォークと取り皿を持ってきて、脇にペットボトルの飲み物を抱えてテーブルの上に置く、俺は俺で紙コップを準備してジュースを注いでいく。


「うし、なら……いただきます」

「「「「「いただきます」」」」」


 俺の部屋らしくない、賑やかな食事が始まった。


「あ、美味しい」


 夏野さんが口元を押さえて感想を言ってくれる。ポロリと出たような口調だったため、本心であることが窺えた。

 一応、今回は夏野さんに合わせて和風にしてみたのだが、口に合ったみたいで何よりだ。


「ならよかった。七味いれるとまた味が変わって美味いぞ」

「なら少しだけ」

「あ~陽太、口まわりべとべと。歩ちゃん、ティッシュもらってもいい?」

「好きに使え」


 観月は陽太の面倒を見っぱなしだ。陽太は陽太で大家さんの手作りオムライスを美味しそうに頬張っている。


「ムウ、美味しいです……けど」

「なんか複雑だよね、もうちょっと料理の練習しないと」


 テーブルに置かれていたパスタをあっという間に平らげしまった。



 食事を終え後片付けとなる。

 後片付けには、観月が付き合ってくれることになった。

 夏野さんも手伝いを申し出たのだが、そこまでキッチンは広くない。代わりに陽太の面倒を見てもらうことにした。


 俺が食器を洗って、観月が俺の渡した食器を棚へと戻していく。


「ゴールデンウィーク初日から、なんか賑やかだな」

「いいじゃん、賑やかなの嫌いじゃないでしょ?」

「そうだけど。生徒が教師の家に上がり込むのはどうかと思うが」

「今更って感じがするけど」

「お前はな」

「……もしかして怒ってる?」

「別にそこまでは」

「ん、よかった」


 たまにこういう風に俺を窺うような不安な声で話しかけてくるち、どこかへ行ってしまいそうで強く怒れない。

 というよりもそこまで怒るような案件じゃない。俺が部屋に入れなければいいだけの話だし。


「それにしても珍しいな。観月が友達を家に呼ぶなんて」


 思えば観月が友達を家に呼ぶのは初めてな気がする。

 家の上階がアパートである以上、大騒ぎをするわけにはいかないし、なにより陽太のこともあって家に人を招かないことが多い。

 観月にしては、珍しい行為に俺は少し驚いていた。


「陽太は遊びに行くって知ってたし、ママも仕事って言ってたからね~……それにそこまで騒がしいメンバーじゃ無いし」


 ふと一瞬、観月の顔が曇る。

 おそらく、中学の時の事を思い出したのだろう。俺はそれなりに付き合いのあるので観月の中学時代にどんな連中とつるんでいたかを知っている。あり大抵に言えばよくありがちな不良グループの連中だ。


 あの連中がまともに進学したかもどうか怪しい。真面目が馬鹿を見ると本気で信じているような人間ばかりだった。


 観月も最初はそのグループと付き合っていたのだが、徐々にその連中に付いて行くのが疲れたらしく、一悶着あったが、それから真面目に勉強して静蘭に進学したのだ。


「……確かにそうだな」

「よっし、片付け終了!」


 後片付けを終えた俺と観月はリビングに戻る。


 この後は、全員で観月の部屋へと行くそうだ。

 俺も洗濯とかをしたかったので丁度良かった。さすがに女生徒の前で下着とかを干すわけにはいかないからな。


 陽太は俺の部屋で預かるということになった。


「じゃあ夏野さんは、帰るころに俺の部屋に寄ってくれ、その頃には服も乾いていると思うから」

「はい」


 それぞれ別れの言葉を告げて俺の部屋から出て行った。

 陽太もよく寝ているし、たまっている洗濯物を済ませることにした。

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