第23話 その違いは

 今週も学校が始まった。

 今週さえ乗り切ればゴールデンウィークとなり、まとまった休日を得ることができる。

 既に曜日は木曜日だ。あと少し、あと少しで貴重な長期休暇を得ることができるので生徒たちの様子はどこか浮ついているようだった。


「センセ、おはようございます!」

「うお!」


 廊下を歩いていた俺にほとんど抱き着くように俺の腕をつかむのは、やはりというか、カレンだった。

 銀色の髪からバニラのような甘い匂いがする。

 そして、ブレザー越しでも分かる女性特有の軟らかな肢体に俺は少なからず動揺した。


 俺の動揺に気が付かないのかカレンは嬉しそうに俺の顔を見上げている。


「離れなさい!」

「ハイ!」


 俺が止めるとカレンはおとなしく俺の腕を放す。

 カレンとの関係はというと正直、俺が一方的に意識してしまっている状態だ。

 主に警戒という意味合いで。


 なぜなら、俺を見つけるたびに嬉しそうな顔をして、人目をはばからずハグして来ようとするのだ。

 今の所、周囲の人たちは「まあ外国の人だから」という目で見ているが、彼女の気持ちを知っている俺としては気が気でない。


「デレデレすんなっ!」

「痛っ!」


 おい、観月! わき腹をつねるな。

 カレンの後ろを歩いていた観月がギリギリと脇をつねってくる。


「おはようございます」


 その光景を見ていた桜咲さんは冷たい目で俺を見ていたがすぐに視線を逸らし去っていく。


「お前ら随分と仲良くなったんだな」


 つねられたわき腹を押さえながら観月に尋ねる。

 どうやらここまで一緒に来ていたようだ。


「うーん。友人兼、ライバルってところ?」


 ライバル? 

 とても学力じゃあ観月はかなわないはずだが。

 いったい何のライバルなのやら。まあ顔だけなら認めてもいいだろう。あくまで顔だけ。


 ◆


「午後から身体検査あるから準備しておいてくれ。じゃあ、授業はこれで終わるぞ」


 今日は、身体検査の日だ。

 一緒に健康診断も行われるため、午後を時間をすべて使い行われる。


 終業のチャイムが響く中で、いつもの光景が見えないことに、俺は違和感を覚えた。

 教室を見渡せば、いつもなら午前の授業が終わった途端に弁当を食べ始める奴がご飯を食べず、机に突っ伏したりして動かない者。かといってお菓子を食べ始める者もいない。


 外を見れば


「ヘイ、パース!!」

「もっと! もっと早く、私は風になる!」


 他クラスの生徒が体育の授業は既に終わっているにも関わらず、食事を摂らずに激しい運動を始めている者もいた。


 俺はなぜ女子たちがこんな行動をしているのかにすぐに検討が付いた。


「言っておくが、あと数時間で体重測定があるから、無駄な抵抗ダイエットはやめておけ」

「「「「…………」」」」


 どうやら俺の言葉は聞こえていないらしい、聞こえないフリかもしれないが。


「別に一食や二食抜いただけで体重は変わらんよ」


 はっはっはっと、わざとらしく笑いながら女子たちをからかう。


 男子たちもそれに便乗して笑い始める。

 男からすれば特に何の問題もない行事だからか、いつも通りに弁当を広げて食事をしている。


 抵抗ダイエットしている女子からすれば忌々しい光景だろう。


「私たちの努力を笑うのであればダイエットに協力してよね?」

「ちょうどサンドバック欲しかったんだよねー」

「減量、げんりょー」

 

 一見、ニコニコしている彼女らだが、雰囲気が笑っていなかった。

 目も口も笑っているが、逆に空気が張り詰めたような感覚に包まれる。


 弁当を広げ座っている男子は動けず、クラスの女子たちに囲まれる。

 良かったな、女子に囲まれるというお前らがあこがれるシチュエーションじゃないか。


 女子率の高いこの学園で、女子に逆らうということは死と同義である。

 俺は生贄を差し出し、すぐさま教室から離脱した。

 後方から男子たちの悲痛な叫び声が聞こえてくるのは、ほぼ同時だった。


 昼食を摂り終え、午後になり、俺ともう1人の教師は一緒に校舎を見回っていた。


「……まあ、今日くらいは何もないと思いますけどね」

「そういうのをフラグっていうんだよぉ」


 だるそうに俺の言葉に反応するのが座間先生である。

 俺と同じ社会科科目の担当の教師で俺と一緒に2年の社会科を担当している。

 校則などもさほどうるさく注意せず、生徒からは結構、好意的な印象が多い。実際は注意するのが面倒だからだろう。


「ってゆうか勤務中にゲームですか」

「いいじゃないの。野郎と二人で校舎を散歩なんてこれくらいしてないとやっとれんよ。お、カイ●ューきた」


 まだ、そのゲームやってるんですか。

 

 ◆


 観月


 昼休みが終わってアタシ達は教室で着替えていた。

 ここで体操服に着替えて、自分たちで行える簡単な計測を行うことになっている。

 

 ちくしょー……今日が身体測定の日だって覚えてたなら昨日、あんなにファミレスでスイーツを食べたりはしなかったのに! 


 涼香もお腹の辺りを押さえて顔が青ざめている。

 そりゃあ、3人とも同じくらいの量を食べてるからね。甘いものはいくらでも入るもんね。


 昨日はファミレスで歩ちゃんの話で盛り上がった。

 同じ人を好きなのだが、好きになったときはそれぞれ異なる。

 アタシが見ている歩ちゃんと、涼香とカレンが見ている歩ちゃんは違う。

 自分の知らない歩ちゃんを知っているようで嫉妬してちょっとやけ食いっぽくなった。


 パフェ、クレープ、ケーキ……昨日、何カロリー摂取したのか考えたくもない。


 ふにっと自分のお腹の肉を摘まむ、……摘まめてしまった!! 

 

 ――ヤバい、ヤバい、ヤバいよぉ!


 なんで寂しい胸囲に脂肪が付かずに、こんなところばかりにに脂肪がつくの! ホント脂肪と埃は無駄にたまっていく。痩せてく時は胸から痩せてくし。


「スリーサイズ互いに測りあって、シートに記載してねー」


 隣の席の人とスリーサイズの計測を行う、さすがに全部は脱いだりはせず、体操着の上からだ。

 アタシの隣となると――


「観月、測ってもらってもいい?」


 なんで涼香なんだぁー!!

 体操服の上からでも分かる。いい身体してるやん。


 こんなかわいい子にアタシは、メジャーを当てなければならないのか。


「じゃあ測るね」

「……昨日、食べ過ぎたから……お手柔らかに」

「大丈夫。分かってるから」


 互いに慰め合い、アタシ達は計測を終えていく。

 記録の記されたシートを去年のと見比べる。


 バストは……プラス1cm……。


 なんだろう、軽く死にたい気分になってくる。

 ちっくしょー……なんだか泣けてきたよ……。

 

「さて、今日のメインイベントに移りましょう」


 クラスメイトの女子がざっと動き出し、1人の女子を取り囲む。そうだ、このイベントを忘れていた。


「? なんだ?」


 夕葵だ。


「夏野さん……私たちずっと気になっていたの」

「うちのクラス……いや我が校を代表する夏野さんの気になるバスト。クラス全員ではからせていただきます…!!」

「え……なんで、私だけ……」

「いいでしょ女同士よ。減るモノじゃないわ。というより、むしろよこしなさい」

「なんだ。みんな目が怖いぞ……涼香!?」

「ごめん、夕葵……前に「また大きくなった」でぼやいてたわよね……だから観念してね」


 涼香が夕葵の後ろに回り込み、羽交い絞めにする。


「観月! 今のうちに測って!!」

「よし!」


 もちろん。この流れに乗らないアタシではない。

 メジャーを伸ばしバストに当てる。


「観月! 変なところに触れるな!」

「だったら動かない! さてさて……えっ!?」


 ――あれ? ウソでしょ……伸ばしておいた長さが足りない!?


 メジャーをさらに引出し、胸部に当てると自分との戦闘力の違いに愕然とした。


 スリーサイズを記載し涼香のホールドから解放された夕葵にわたす。

 やべー字が震えてた。上も下も完璧だよ。


 巨乳と対照的な細い腰に、程良い太さの長い脚が目を惹く、グラマーな肢体を併せ持った体形には嫉妬を覚えても仕方がない。


「うわ、また大きくなってる」


 ンだとこらー!!

 記録を見ていた夕葵の言葉を聞いて、皆がその記録に注目する。


「ちょっと見せて……嘘……」

「現実にこんな数字が?」

「し、信じたくなかった」


 その数値を見るたびに女子たちは項垂れていく。


 ◆


「はい、159cm」

「もう一度だ、もう一度測ってくれ! 次は160cmあるはずだから!」


 ねえよ。

 いったい何をすれば身長がいきなり1cmも伸びるんだよ。

 

 2年の男子たちは体育館で上半身半裸となり身体検査を受けている。

 上半身半裸なのは健康診断も兼ねているからだ。


「おい! 5組の田中、Cカップだってよ!」


「マジかよ……」


「あ、あれがCカップのパイ乙!」


 視線の先にあるのは釣鐘型の見事な胸部。

 その頂点にあるほんのりと桜色をしている。


 無論、ここに女子生徒はいない、太った男子の胸を見て興奮するな。


 そんな俺の心の突っ込みをよそに田中の周りに男子たちが、はぁはぁと息を荒げ興奮しながら田中に近づいていく。


「た、田中!」

「ん~…なあ~に?」


 太った男子らしく間延びした声で、相沢の呼びかけに振り返る。


「さ、触らせてもらってもいいか?」


 やめてくれ、そんな光景見たくない! どこまで女に。否、乳に飢えてるんだよ。


「いいよ~」


 了承するんじゃねえよ! 

 おい、他の男子も相沢の後ろに並ぶな。


「はぁはぁ……ゴク……いくぞ…」


 血走った目で、手をワキワキさせながら田中の胸に手を伸ばしていく。その手つきやめろ。


「おい、相沢! ほんとにファーストタッチが男でいいのか!」

「考え直せ!」


 おお、どうやら正気を保った男子が相沢を止めに入る。

 俺は関わりたくないから遠目に見ているだけだ、ほかの先生方も同様なようだ。


 相沢は静止に入った男子たちを振り払い、拳を握り語り始める。


「バッカヤロー! Cカップだぞ、日本人の平均カップ数にしてもっとも芸能人に多いと言われるカップだ。つまりこれを触るってことは………芸能人のおっぱいを触るってことなんだよ!!」


 アホの理論じゃねえか! 


「馬鹿はお前だ!」


 いいぞ。道を踏み外す前に止めてやれ。


「俺が触るに決まってんだろう!」


 なんでだよ。


「ふざけんな俺が先だ!」


 徐々に賛同する馬鹿が増えていく。

 5組の田中君の前に、幾人もの野郎どもが集まり言い争いを始める。この世界で最も見にくい言い争いだ。だが、その不毛な言い争いは抗争直前の空気に近い。いつ拳が出るかひやひやした。


「やめて! 僕のために争わないで!」


 お前田中は自分に酔ってんじゃねえよ!

 

 そろそろ収拾がつかなくなりそうなので、他の教員たちと頷き合い馬鹿どもの鎮圧に当たった。


 上半身半裸の男子どもを羽交い絞めにするのは、正直に言って気持ち悪かった。


「藤堂とその辺の男子! こいつらの顔面一発ずつ引っぱたいてやってくれ!」

「ええ!?」


 男子たちの中で正気を保っている藤堂たちに俺は呼びかけた。

 おそらく彼らは彼女持ちだろう。


「うがああああああああああああ!! サワラセロぉぉぉおおおおお!!!!」


「正気に戻してやってくれ!」

「わ、わかりました!」


 ………

 ……………

 …………………


「いいかぁお前ら、確かにお前らは性に多感な高校生だ。だがな節操という物を思えろぉ」


 座間先生がかったるそうに説教を述べる。座間先生の説教というものは初めて聞いたがなんとも緩い。


 こういうのはやはり年長者の言葉の方がよく響く。勤務中にゲームやってる不良教師だけど。


「男と女の乳。同じ乳でも全く違う。どれくらい違うかというと花沢 (い●のくーーーん)と花澤(超絶癒しボイス)くらい違う」


 その比較は分かる人は限られるのでは、あと説教の論点違ってませんか?


「「「……………………」」」


 ほら、あまり響いていないようですし……。


「うあわああああああああああああああ!! 俺たちは、俺たちは何を!!」

「うろぉぉぉええええ……」


 先ほどの沈黙は嵐の前の静けさだったらしい。


 男子たちには十分よく伝わったようで、自分たちが一体何をしようとしていたのか、その恐ろしさに自分を抱きしめて怯える。


 しばらく狂乱する男子生徒たち。

 その後、十分反省したようで彼らはおとなしく身体検査を受けたのであった。

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