第18話 見回り

 俺は事情を話すため警察署にまで顔を出していた。

 生まれて初めてパトカーに乗ったが存外、落ち着かないものだった。

 陽太が聞いた羨ましがるだろうが強面の警察官二人にサイドを固められれば嫌にでも威圧感が感じられる。


 覗きというのは現行犯でないと逮捕できないのがほとんどなのだそうだ。

 それを捕まえたことに警察官に賛辞を受けた。俺はただ単に警察に連絡しただけなのでこんなことを言われるのはむず痒い。


 そして、証言が終了し解放されたはいいが、送迎はないらしく歩いて学校まで帰ってきた。既に4月末であるため寒くもなく暑くもないのだが天気が少しばかり悪く帰ってくる寸前で少し雨に降られた。


「ただいま戻りました」

「おっかえりー」

「お疲れ様でした高城先生」


 教員が使用する部屋へ戻ってくると荒田先生と結崎先生が俺を迎えてくれる。水沢先生は見回りかな?


「男子生徒かと思ったらまさか本物の覗きだったとはね」

「とにかくお手柄だったよ!」


 バンバンと俺の背中を叩くが、俺の服が濡れていることに荒田先生が気が付いた。


「ん? なんか濡れてない?」

「ちょっと雨に降られました。なのでちょっとシャワーだけ浴びてきてもいいですか?」

「どうぞごゆっくり」


 一応、警察署にはスーツで行ったので改めてきていたジャージを鞄から引っ張り出した。男子たちは今のところ大人しくしている、寝たふりかもしれないが覗きが実際に捕まったことで、女子寮への潜入という馬鹿な真似はしていない様子でその方が俺も助かる。


 浴場は既に湯は抜かれているということだがシャワーさえ浴びれれば十分だ。もう一度浴場へと向かう。


 そして、扉を開けて脱衣所に入ると―――。


「……え?」

「……」


 水沢先生と鉢合わせした。

 幸か不幸か下着は着用している。

 だが逆に言えば下着は目にしてしまったということだ。

 華やかなフローラル柄プリントの下着が俺の目に焼き付いた。

 

「~~~っ~~~」

 

 当然、じっくり鑑賞できるわけがない。

 すうっと口が開く、その予備動作は次に何があるのかははっきりと分かった。


「すいません!」


 扉を閉じる前に見た水沢先生の顔は見たことが無いくらい真っ赤になり涙目だった。


 次の瞬間に寮内に絶叫が響き渡った。


 ◆


「で、弁明は?」

「本当にすいませんでした」


 俺は教員部屋で正座させられていた。

 水沢先生の叫び声を聞いた生徒たちも数人集まってきたがすぐに部屋へと戻される。

 良かったこんな姿は見られずに済んで。


 荒田先生がどこからか竹刀を持ち出し肩で担ぎながら俺を見降ろしている。水沢先生は恥ずかしくて俺の顔は見れないらしく結崎先生に慰められている。


「本当ワザとじゃないんです」

「ほう、海優の裸は見たくなかったと」


 その言い方卑怯じゃない?

 褒めたらセクハラ、見たくないと言ったら理不尽に叱られるし、信じてもらえないだろう。


「まさか覗きを捕まえた奴が覗きとは……」


 呆れたように荒田先生が俺を責める。


「ただ、本当にワザとではないと理解していただけると」

「裁きは被害者にしてもらおう」

「まあまあ、どうやら水沢先生も鍵を掛け忘れていたみたいだし、私たちもお風呂勧めちゃったでしょ。どっちにも非があるわよ」


 それを言われると弱いのか荒田先生は口を閉じる。


「水沢先生、本当にすいませんでした」

「い、いえ……私もつい女子寮だったときの気分でお風呂に入っちゃいました。できれば忘れて下さると」


 努力はしてみましょう。どうすればいいか分かりませんが。


「とりあえずあらためてシャワー浴び直してきます」

「は、はい……」


 ◆


 海優


「あ~だめ。恥ずかしくて高城先生の顔見れない」


 高城先生が改めてお風呂に向かったのを確認すると私は3人になったのを確認してぼやいた。


「まあ、これで距離が縮まったって思えばいいじゃない」


 それを言われると確かに意識してもらえるいいきっかけになったとは思うんだけれど。恥ずかしいのが優先される。

 

 結崎先生の言う通り、私は高城先生の事が気になっている。


「……というよりわざとじゃありませんか? 結崎先生?」

「鍵を掛け忘れたのはあなたの落ち度なのだけれど?」

「そうでした」

「なんにせよ、高城先生は競争率高いから多少は強引に行かないとダメね」

「やっぱり、ですか」

「そんなんだったらさ、今回のをきょう、じゃなくて詫びにどこか連れて行ってもらえばいいじゃん。もうすぐゴールデンウィークだし」


 今、脅迫って言いかけませんでしたか荒田先生?


「けれど、そういうのって卑怯では」

「甘い、甘いわ~……そんなんじゃ取られるわよ。婚期逃してる女性を甘く見てるわね」

「それって結崎先生の事ですか?」

「………(ビキッ)私は彼氏がいます。結婚までもう秒読みよ。もう三十……今年中には必ず、籍は入れさせるわ」


 結崎先生が燃えている。

 それはもう、今年こそはやってやると言わんばかりに。


「荒田先生にすら彼氏いるくらいなのよ。しかも年下の!」

「ええ!? 荒田先生、彼氏いるんですか!?」

「いたら悪い!?」


 意外だった。

 今は男になんて興味ないなんて感じだったのに。ちなみに荒田先生の年齢はまだ27歳と私より2つばかり上なだけだ。


「どんな人ですか?」

「それが教えてくれないのよ」

「写真はないんですか」

「それも駄目だって~ここまで来ると、いよいよいるのかも怪しくなってきたわね。ボーイフレンド(仮)みたいな感じで2次元?」

「同じ次元にいるよ! 写真もある。けれどダメ」

「なんでよ~」

「……とられるかもしれないから」


 うわ、荒田先生がものすごくかわいく見える。

 ここには恋人のいる結崎先生と片思い中の私だ。そんな事は起きるわけないのに。


「なら、職業は何してらっしゃるんですか?」

「それくらいならいいでしょ」

「……パティシエ…」


 ますます意外だった。

 食べ物は食べられればいいと言う先生が繊細なお菓子を扱うパティシエの人と付き合っているなんて。


「って、私らの事はどうでもいいんだよ。とりあえず、アンタはその男不慣れなところ何とかしな」

「そう言われても、女子校ばっかりで男性との距離感がうまくつかめないんです」


 はあ、苦手なものを避けてきた結果こんなことになってんるんだろうな。


 私は男性という生き物が苦手だ。

 歳離れた兄がいるのだが何というか、デリカシーがないと言うのか乱暴というかできる限り一緒の空間に居たくはない。その延長線上で男性という生き物が苦手なのだ。


 小学校から大学まで全て女子校を選択してきたくらいだ。静蘭だってわざわざ家を出てまで寮暮らしを選択したくらいで……あ、そういえばこの寮って


 ◆


 2度目の風呂から上がった俺は女性教員部屋へ顔を出しある提案をされた。


「俺も女子寮を見回るんですか?」


 本来であれば女性教諭の仕事だが俺も同行するということには抵抗があったのだが。


「水沢先生ね。幽霊とかそういうの苦手らしいのよ」

「すいません、昔にこの寮で聞いた怖い話を思い出しちゃって」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら上目づかいで怯えながら俺を見る水沢先生は何とも可愛らしい。


「……かまいませんよ。早速行きますか?」

「はい、お願いします」


 疲れているだろうという結崎先生の気遣いから俺と水沢先生は先に寮内の見回りをさせてもらうことにした。


 ガシッ!

 

「う、うぅ~~」


 水沢先生は皺が寄らんばかりに俺の服を握りしめて離さない。

 本当に幽霊とかそういうのダメなんだな。


「あの、もしよかったら俺だけで行きましょうか?」

「そ、そんなのはダメです! 私だって教師ですから一緒に行きます」


 教師としての責任感からか決して帰ろうとはしない。多分、俺一人で見まわった方が圧倒的に早い。けれどこの状況は肝試しみたいで少し面白い。


 本来なら男子寮女子寮と役割分担されているはずなのだが一緒に男子寮を周りその後に女子寮を周る予定だ。

 寮は4階建てで1~3階は寮を利用している学生のためにあてがわれており、俺たちが利用しているのは4階だ。


 1~3階のすべての扉が施錠されているのを確認し寮内を周っていく。水沢先生はずっと俺の服を掴んだままだ。


「よし、3階は全部施錠されてますね、次は4階ですね」

「い、いよいよですか」


 どうやら4階が怪談の舞台となっているらしく水沢先生の握る手にさらに力がこもる。


 いかん。いかんですよ。

 水沢先生の柔らかい身体が俺にわずかに押し付けられて俺は内心動揺する。


「~~っ~~とにかく上に行きましょう!」

「は、はい!」


 そして4階に来ると妙な違和感を感じる。肌に感じる少し冷たい風に不自然なほど暗い廊下。


「きゃあ! いま冷たい風がっ」

「窓が空いるからでしょうね」

「な、なんででしょうね!」


 水沢先生も異変に気が付いたようで上ずった声で俺の問いに返答する。


 まあ大方、男子どもが俺を驚かせようとしてやっていることだろう。


「とりあえず窓を閉めましょう」


 律儀に窓全てが空いているため閉めるのは面倒だ。


「きゃあ!」

「どうしました!?」

「なにかヌルってしたものが……」


 ベタすぎる……。

 ぬるっとした物の正体を確かめるために水沢先生の手を持っている懐中電灯で照らすと何ともベタなことに血糊が付着していた。こんなんでビビる奴……


「きゃああああああああああああ!! 血いいいいいいい!!」


 居たよ。

 バタバタと手を動かし手に着いたものを振り払おうとするが、それだけでは落ちないだろう。


「落ち着いてください。多分、男子が俺たちを驚かそうとしてるんですよ」

「え、あ……なんなんですか~もぉ……」


 悪戯だと分かりほっとしたのかムッとしている水沢先生を見て思わず笑いそうになるがそれを堪える。手を洗うために洗面台へと水沢先生を引っ張っていく。


「ここで手を洗ってください」

「もう、見つけたら叱ってやるんだから!」


 怒っているのだろうがあまり迫力はなく可愛らしいだけだ。


「すいません。お待たせしました」

「次はドア施錠の確認に行きましょう」


 これから先、扉の施錠を確認するために扉を開けたと同時に……と俺なら考えるが水沢先生には黙っておこう。


 だってその方が面白いし。


 4階は施錠の確認というよりも生徒が就寝しているかの確認だ。

 あいつらが絶対寝ているわけがない。

 問題は何が来るかだ。


 まずは1組の男子が眠っている部屋の扉を開けるが何も起きない。眠っている人を起こすわけにはいかないので覗き込むまで確認はしない。


「みんな寝ているみたいですね」


 そう言いながらも俺にしっかりと捕まっているのでこそりと俺の耳元でささやく。ヤバい、距離が近い。


「……そうですね。なら次の部屋へ」

「はい、お説教はまた明日にします」


 そう言って踵を返して部屋から出ようとすると


「きゃああああああああああああああああああああ!!!」


 突然、水沢先生が叫び声をあげると膝が折れ、その場で崩れ落ちた。


「水沢先生!」


 危うく床に落下しそうになった水沢先生を支えて肩をゆするが反応はない。


「水沢先生! しっかりして下さい! どうしたんですか!」


 どうやら気を失っているようだ。何があったんだ?


「あの~どうかしましたか」


 水沢先生の絶叫で男子生徒たちがこの部屋に集まってくる。良く見れば口元に血糊など俺たちを驚かすための恰好をしている。


「なんか知らんが突然気絶した」

「すいません。それ俺の所為です」


 そう言うとベッドの下から一人の生徒が申し訳なさそうに這い出てきた。


「驚かそうと思って目の前にある足を掴んだんですけど、先生を間違えちゃって」


 なるほど、要するに俺を驚かそうと思っていたがよりにもよってこういうのがダメな水沢先生が被害者となってしまったというわけか。


 水沢先生をゆすってみるがとても起きそうにない。まさか気絶までするとは。


「水沢先生、大丈夫ですか?」

「明日謝っとけ、俺は先生を教員部屋まで送るから」


 そう言うと水沢先生を抱え立ち上がる。


「ナチュラルに“お姫様抱っこ”だと!」

「運搬者の腕力が被運搬者の重量より強くなければならない、負担の大きい持ち上げ方をさり気なくチョイスした。これがリア充か!」


 お前ら本当に反省する気ある? 

 おんぶだったら胸が背中に当たるし、米俵のような持ち方は少なくとも女性を運ぶ運び方ではない。いくら軽い女性でも結構キツイが仕方がないんだよ。もちろん本人には言わないけれど。

 

「そんな分析はいいからとっとと片付け」

 

 とりあえず男子たちに後片付けを命じて俺は部屋から出て行った。


 落とさないように水沢先生をしっかりと抱えできるだけ揺らさないように慎重に運んでいく。さすがに階段は辛かったので腕にさらに力がこもる。


「おかえ、り」

「……どうしたのそれ」


 そう言って荒田先生が俺に抱えられている水沢先生を写メを撮る。先にすることそれですか。


 直ぐに敷いてある布団に水沢先生をおろし、かいつまんで事情を説明する。


「……それで気絶って」

「弱点、意外に多いな~」


 呆れたように2人は水沢先生を見つめる。

 というよりさっき撮った写メ水沢先生には見せませんよね?


「でもこれじゃあ女子寮の見回りは無理ね」

「ですね」


 申し訳ないが結崎先生と荒田先生のお二人にお任せすることになる。


「じゃあ今から高城先生行ってきなよ」

「いやいや男性教師が女子寮へ単独見回りなんて、ちょっとまずくないですか」

「んだよ、変なことするつもりか?」

「しませんよ!」

「だったら行って来な」


 ええ~そんなのでいいの?

 まあこの時間なら消灯されているし生徒との接触はないはずだ。さっと見回って返ってこよう。

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