第14話 夕飯づくり

 オリエンテーション合宿の日が訪れた。

 土日を跨いで行われるこの合宿は、他クラスと合同で行われる。

 俺たち1組は8組と合同となっている。


 俺たち教員は、既に学生寮内に入り、今日の活動の最終確認を行っていた。


「では高城先生、水沢先生。今日はよろしくお願いしますね」


 そう俺に挨拶するのは、8組の担任である結崎先生だ。

 音楽教師であり合唱部の顧問。

 落ち着いたソプラノボイスの女性で、今回参加する教員の中では最年長だがまだ29歳で教師全体から見れば若い方だ。


「いやー男手があるとこっちも助かるわ、不審者がいたらよろしく!」


 そう言いながら、俺の肩をバンバン叩くのは女子体育教師であり8組の副担任である荒田先生だ。結構な強い力で叩くので、正直痛い。


「グッフ、俺じゃなくても荒田先生のレスリングで一瞬でしょう?」

「なんだと? か弱い私にそんなことをしろっていうのか?」


 か弱い?

 電車通勤の際に痴漢を捕まえてきた猛者が?

 そして現在も俺の肩をダンダンと叩き続けている方がですか……そろそろ肩が外れそうだ。


「でも、最近不審者が出るという話は聞きますので、用心するに越したことはないですよ」


 水沢先生が昨日報告に合ったことを神妙な顔で伝える。


「そうですね、戸締りはしっかりとしましょう」


 不審者の通達があったのはつい最近だ。

 ここ数日、学園を覗くような行為をしているという不審者情報を受けていた。

 連絡を受けて、ここ数日は警備も強化されているが、今日は土曜日で警備員も数は少ない。


「それで夜の見回りなんですけれど」

「ああ、それなら夜は僕が外を担当しますよ」

「私もな」


 いくら学園内といっても、女性のみの外の見回りは危険だ。そういう役目は俺が引き受ける。荒田先生は自分から見回りを希望された。それに男子といっても20名程度で多忙というわけではない。


「よろしくお願いします」

「はい」


 ◆


 集合時間は昼からであり、各自昼食を食べ終えてからの集合となっている。

 そろそろ集合時間となり、学生たちもちらほらと集まり始めた。


 泊まり込みのイベントということもあってか、生徒たちはいつも以上に元気だ。俺たちの呼びかけによりようやく収拾がつき、結崎先生の言葉に耳を傾ける。


「今日と明日と2日よろしくね。1組と8組はこれから授業や文化祭とかでいろいろ一緒になることが多いと思うから、親交を深めましょう」


 まずは簡単な自己紹介の場を設ける。

 テーブルには菓子やジュースが立食形式で置かれており各自好きなように菓子を食べ談笑を楽しんでいる。


 俺はそれらを遠巻きに見守りつつ、菓子でも食べようかと思い立ち上がると


「高城先生ー」

「ん?」


 呼ばれた方を振り返ると、8組の女子生徒が俺の方へと集まってきた。


「どうした?」

「えへへ~少し話がしたくて」


 さりげなく腕を掴まれ、その場から逃げられないように拘束される。

 やめてくれ。口うるさい教諭に見つかったら騒がれるんだぞ。だが、力づくで振りほどくわけにもいかないのでこのままだ。


「先生って俳優の上代かみしろ わたるに似てるよね」

「そうそう! 初めて見た時からそう思ってた!」


 俺と話がしたいと言う割には、勝手に話し始める女子生徒たちに愛想笑いで返し返答する。


「……よく似てるっていわれるんだよね」

「やだ先生ってば、自意識過剰~!」


 ハハハと姦しい声がさらに騒がしくなり、俺の周囲を賑わその騒ぎにほかの女生徒も集まってくる。


「先生ってどこ住んでんの?」

「プライベートな情報は教えない」


 え~っと不満の声が挙がるが教えた途端に突撃してくる可能性だってある。

 実際、突撃してきた生徒観月もいるくらいだし。

 できるだけプライベートな情報は伏せておきたい。


 その後も、彼女の事や過去の恋愛歴を聞かれるがすべて、、はぐらかして答える。


「先生って休日とかって何してるの?」


 まあ、これくらいの情報ならいいだろう。


「そうだな。よく大学のときの仲間とフットサルとかやってるかな」

「あっ去年の球技大会、凄かったもんね~」

「そうそう、嫌味なサッカー部の先輩もあんぐりとしてたし」


 まだまだ周囲の騒がしいのは、治まってくれそうにない。


「「「「「チッ」」」」」


 そして男性生徒からの視線がものすごく痛い、銃声のような舌打ちの音が至る所から聞こえてくる。だったらお前らも行動しようよ。


「あ、そういえばゴリ田が顧問やっているサッカー部で辞めさせられた子もいるらしいよ」


 ゴリ田とは剛田先生の生徒間でのあだ名だ。

 初めてそのあだ名を聞いた時にすぐに剛田先生を連想できてしまったのは秘密だ。いや、今はそれよりも


「やめさせられた?」


 その話題を出した生徒に詳細を尋ねる。

 学園はどこかの部に所属しなければならないと校則でも定められているため幽霊部員も暗黙の了解として認められている。

 そもそも部員の数に応じて部費も増える、退部させられるというのはよほどのことがなければならない。


「うん。ほらサッカー部の入部テストだっけ? あれで実力不足だって判断された人はサッカー部にはいられないんだって」

「それに2、3年生も同じようにテストして何人か辞めさせられたみたい」

「ほら、8組の男子にもいるよ。ほらあそこにだって」


 そう言う女子の視線の先には1人の男子生徒がいた。

 俺はそちらの方へと歩みを進めていく。


「高城先生?」

「8組の……すまん名前は?」

「藤堂です。なにか?」


 おそらくサッカーで日焼けしたであろう肌は健康そうで快活な印象を受けるが、表情はどこか寂しげだ。


「サッカー部、辞めさせられたって聞いて」

「ああ、なんというか彼女がいるんですけど、今年から恋愛禁止ってことになって監督……剛田先生に退部しろって言われてしまって」


 ハハハと笑うが、心の底から笑えていない。

 確かに運動部で強豪校だと恋愛禁止ということは聞いたことがあるが、今年からいきなりそんな制度を始めるなんて。


「とにかく5月までに新しくはいる部活を決めないといけないんですけど、いままでサッカーしかやってこなかったので、何をやったらいいか分からないんです」

「彼女って学園の生徒?」

「他校の生徒で何というか幼馴染なんです。サッカーと同じくらいの付き合いで、向こうもちょっと気にしちゃってるんですよね」

「俺から剛田先生に言おうか?」

「だ、大丈夫です。それに、最近のサッカー部って付いていけないんですよ」


 練習にかと思ったが、いつもの練習風景を見ていてもさほどきつい練習とは思えない。


「あ、練習じゃなくて剛田先生の方針です。自分の都合道理に動く選手しか使わないんです」


 藤堂曰く、モラルを保つためにサッカー部には、いくつもの厳しい規律があるのだという。違反した者は試合にも出られず最悪、藤堂のように退部に追い込まれるのだとか。

 完全に剛田先生の独裁政権である。


「そうか……ボール蹴りたくなったら、ショッピングモールの屋上のフットサル場へきて、俺もよくそこでフットサルやってるから」

「ありがとうございます」


 今の話だと、ほかにも辞めさせられた部員もいそうだ。


 ◆


「では各自班に分かれて作業を始めてください」


 交流会や宿泊用の荷物を部屋に運んでいると、時間はあっという間に過ぎ夕方となった。


 結崎先生の指示によって夕飯の準備が始まった。

 なにをやっても、早々失敗しなさそうなカレーだ。多少の失敗はカレーの刺激的なスパイスの味が大抵の食材に打ち勝ってくれる。


 生徒たちの作業を見守っていると


「ちょっと男子! こんなに細かく材料切ってどうすんのよ!」

「仕方ないだろやったことねえんだから、そっちだって変わんないだろ」


 手の中にあるじゃがいもは、身より皮の方が量が多い。

 思っていた以上に料理の出来ない生徒が多かったらしい。


「皮むきはピーラーを使え、それか切ってから皮を剥け」

「高城先生~男子が使い物になりません」

「みんなの腕前もさほど変わらないから。こうやってるんだよ」


 ピーラーを使わず、ジャガイモの皮むきを披露すると周囲から歓声が上がる。


 その中には荒田先生も混じっていた。


「なんで荒田先生もここにいるんですか?」

「ワタシ、リョウリ、デキナイ」


 片言で言い訳されますが、なんとなくそんな気はしてました。


 だって、いつもあなたの昼食は、生卵をロッキーのように飲んでますものね。もしくは酒のつまみ。そして机の上に当たり前のように置いてある競馬新聞はどうかと思いますが。


 水沢先生も向こうで鍋の湯を溢れ出させ、あたふたしており戦力としてはあまりあてにならない。


 結崎先生と俺はでなんとか生徒たちの料理を指導していく。

 生徒の食材の仕込みの段階から目が離せないそんな中――


「おぉ~さすが料理部」

「ふふーん、これくらいは当然だよ」


 一部別の意味で賑やかな所があり、そこを覗き見る。


 男子の歓声の中心にいるのは観月だった。

 料理部や家庭で磨かれた腕を振るっているそうだ。ギャルが家庭的な一面を見せているギャップが可愛らしい。


 けれど得意気に包丁を扱っているが、こういう時に決まって――


「いたっ」

「あ、馬鹿!」


 何ともベタな事をしやがる。

 観月の手を握り見ると切った指からジワリと血が滲み始めている。


「ったく、ちょっと沢詩こっちにこい消毒するから」

「あわわ~」


 そのまま手を握り寮内に戻り、救急箱を取り出し消毒をぶっかけて絆創膏を指に巻いてやる。


「調子に乗るからだ阿呆」

「むぅ、せっかくいい感じだったのに」

「お前は、昔から調子に乗り出すと何かしらヘマをやらかすんだよ。いい加減学習しろ」


 思い返せばそういうことも多々あった。

 小学校から知っていればそれだけこいつとの間には思い出がある。最初は生徒になるんて思わなかったけど。


「えへへ~」


 にんまりとした顔が俺の前にある。というより俺の手いつの間に握ってるんだ。


「何笑ってんだ?」

「だって私の事分かってくれてるんだな~って」


「そりゃそうだろ、お前は俺の生徒第一号なんだからな」


 何を言い出すんだか観月ほど付き合いのある生徒がここにいるわけがないんだ。


 ある意味――



「観月は俺の中ではずっと特別な生徒だよ」



 っと……何やらものすごく恥ずかしいことを口走ってしまった気がする。

 観月の顔を見ずに立ち上がる。


「今日は水仕事するなよ、先に戻る」


 ◆


 観月


「馬鹿~~なんてこと言うのよ……」


 “特別な生徒”……女性として見られていないのは分かっているが、なんだかものすごく嬉しい。

 ヤバい。自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。口元もにやけが止まらない。今寮内には誰もいないはずだが顔を見られなくて顔を伏せる。


 ――特別……特別か~


「沢詩さん」

「ふわっ!!」


 顔を伏せていたから気が付かなかった。

 顔を上げれば桜咲さんが心配そうにアタシを覗き込んでいた。びっくりした~みんな、外で料理していると思ってた。


「桜咲さんいたの?」

「うん、ちょっと忘れ物しちゃって」


 そう言って桜咲さんは手にしているスマホを見せる。

 たしかに、手元にないと不安だよね。それに写真だって取りたいし。


「沢詩さんはどうしたの?」

「ちょっと失敗しちゃって」


 こっちは包丁で切った指を見せる。


「そっか、もう戻れそう?」

「うん」


 アタシは立ち上がり外の調理場へと戻って行った。


 ◆


 涼香


 スマホを忘れてしまった。

 現代っ子だからか手元にないと些か不安になる。

 先生に許可を貰って部屋から取ってきて、みんなの所に戻ろうとして食堂を通りかかろうとしたときだった。


 高城先生の声ともう1人女子生徒の声が聞こえて思わず立ち止まる。


 そっと覗きこむように食堂を見ると、そこには先生が沢詩さんの手に触れて何かしているようだった。


 沢詩さんの手を握って治療する先生の顔は、どこか私たちに向ける表情とは違ったものだ。もっと親しい人に向ける顔で、沢詩さんも嬉しそうに先生を見ていた。


 そして聞いてしまった。


『観月は俺の中ではずっと特別な生徒だよ』


 ――え………どういう意味?


 それに観月さんのあの反応って……そういうことだよね。


 ちくっ


 自分の胸の中が少し痛む。

 これがどういう感情なのかくらいはわかっている。


 ………負けたくない。

 私が最初に先生に想いを伝えたんだから。


 ◆


「うめえ、うめえよぉ……」

「あれ? なんか辛いのにしょっぱいぜ、このカレー」


 そりゃ泣いていればしょっぱくなるだろう。

 斉藤よ、君のカレーがしょっぱいのは鼻水が混じっているからだ。


 女子の手料理という物はそうも喜ばしいものなのか、そこには男子の手も加わっているし、むせび泣きながらカレーを頬張る男子はちょっと引く。女子は既に距離を置きドン引き状態である。


 教員が座っている卓では、ほかの先生方も美味しそうにカレーを頬張っている。


「手料理ってやっぱりいいな」

「そう言ってあなたはコンビニ弁当ばかりじゃない。少しは自分で料理を覚えたら?」

「いや~この前、珍しく包丁取り出したら、錆びてて使い物にならなくてさ」

「あなたが使える調理器具って、やかんと電子レンジくらいだものね」

「最近はトースターの使い方は覚えたぞ」

「自慢することじゃないわ」


 結崎先生が荒田先生の話に呆れている。

 どうやら2人はプライベートでも仲が良いようだ。


「そういえば高城先生は、料理お上手なんですね」

「俺ですか?」

「だってカレーを作るときに手慣れた様子だったじゃないですか」


 水沢先生が俺に話題を振る。

 料理が上手いというか、弟妹との生活や一人暮らしの中で自然と身に付けた技術なのだが。

 毎日コンビニは嫌だし自分で好きなものを作ることができるし、なにより店で食べるよりはるかに安価だ。

 今では苦にならない程度にはなれてきている。


「ひとり暮らしを6年もしていれば誰でも「あ゛?」すいません、なんでもないです」


 荒田先生の眼光が俺を射貫き、最後まで言うのを止められる。


「でも、こうやって大勢で食べるのはやっぱりいいですね。私も合宿したのを思い出します。あの時のカレーは酷かったなぁ」


 水沢先生は当時の思い出を振り返って、懐かしそうにカレーを口に運んでいく。


「そういえば水沢先生はここのOGだったんですよね」

「ええ、私の時もカレーだったんですけどひどい出来で……」

「そこまでですか」

「具材は生、お米はおかゆで……お母さんのありがたみを思い知りました」

「……そうですか」


 水沢先生の言うお母さんのありがたみ――

 俺や弟妹はおふくろの味という物を知らない。

 知っているとすれば祖母の味だ。


 祖母も死期を悟っていたのか、一番下の妹が養父母に預け、俺が就職するのを見届けてから亡くなった。

 弟は学生の身でありながら俺より稼いでいる、妹はちょうど俺が担当している教え子たちと同じ高校2年生だ。


 祖母と一緒に住んでいた家は既に手放してしまい、俺たち3人には一緒に暮らせる家は今はないのだ。妹の引き取り先は、昔から親交のある家なのでそこへ行くのもなんだか、躊躇われる。最近、3人で食事をしたのは俺が退院した日くらいだ。


「ごちそうさまでした」


 だから1人でない食事というものは特別に感じられる。


 今日の夕飯は非常に満足いくものだった。


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