第12話 買い出し
学生は合宿の準備だけでいいが、教師である俺は、合宿に当たっての父兄への連絡事項に、食材の買い出しなどなど、やることが山積みだ。
「とりあえず、申請書はこんなものでいいかな」
学生寮の申請書を書き終え、江上先生の元へと持っていく。
「江上先生、申請書をお願いします」
「はい。……特に問題はなさそうですね。では、がんばってください」
「初の引率ですから、今から緊張してますよ」
「ははは、そんなに力まなくても大丈夫ですよ」
「ハメを外す生徒はいると思いますが」
高校生という存在は、群れると何をするか分からないからなぁ。
実際、そんな行いをしてきた学生時代だった手前、学生の気持ちはよくわかる。
「夜間の脱走や女子寮側への潜入という事例が過去にありましたね」
学生寮は、男子棟と女子棟と2つに分かれており、食堂で繋がっている。そこさえ突破すれば女子寮なのだ。年頃の男子学生が、女子寮に興味を持たないわけがない。
「……気持ちは分からなくないですけど」
「まあ規則違反ですので見つけたら、対応をお願いします」
「わかりました」
◆
合宿を前日に控えた日に俺は、食材の買い出しに行かなければならなかった。
クラスの男子を荷物運びに連れて行こうと声を掛けるためHR終了後に、改めてクラスの扉を開けるが、そこに男子生徒の姿はなかった。
部活は、オリエンテーション合宿のある期間は部員の集まりも悪くなるので、基本休みである。
「あれ? 男子はどこに行った?」
「男子生徒なら『合宿の計画を練るぞー』って言ってどっか行っちゃいました」
「そうか……」
当てにしていた戦力に逃げられた。
それにしても計画って、何を考えているのか。
「歩先生、何かご用でしたか?」
「ん? ああ、明日の食材を買い出しに行くために、荷物運びを頼もうかと思ってたんだが……しょうがないか」
「なら、私がお手伝いします」
諦めて一人で買い出しに行こうとしていたところで、夏野さんが手伝いを名乗り出てくれた。
「ありがたいけど、大丈夫かな?」
「はい」
「あっ、ならアタシも行くー」
目敏い観月が楽しそうな気配を見つけたらしく、立候補する。
「それなら私もー」
「ウチもー」
「面白そー」
観月を皮切りに、次々と名乗り出る女子たち。
手伝いの申し出はありがたいが、俺の車にも乗れるのには限りがある。
ちなみの俺の車は5人乗りだ。教師となってからローンを組み買ったもので購入して一年経ったほどだ。
「なら、夏野さんのグループ手伝ってもらってもいいかな?」
最初に手伝いを名乗り出てくれた人を無碍にするわけにはいかない。
「やりぃ」
「
「頑張りまス」
「なら、駐車場へ行こうか」
女子生徒を引き連れ、駐車場へとたどり着き車の鍵を開ける。
「よっとさ、行こう歩ちゃん」
観月があっという間に車の助手席にすわり、ぽんぽんと運転席を叩く。
「あ、
「いやいや、事故に合ったとき一番危険なのは助手席なんだよ。アタシが犠牲になろうかなーって」
「なら私が犠牲になります」
「危ないのなら私が変わろう」
俺の運転が事故する前提で話をするのはどうなんだ。
さてはこの子ら少しはしゃいでるな。
「とりあえず、早く乗ってくれ」
既にシートベルトまで締めている観月に今更、降りるようにと言うのは無駄な労力だ。残りの三人を後部座席に誘導し、俺も運転席へと座る。
バックミラー越しに3人の様子を見るとどこかぎこちなくなる。年若い運転手は少し不安なのだろう。観月は俺の車に乗るのは初めてでないので、いつものテンションだ。
「歩ちゃん。どこ買い物行く? やっぱいつものスーパー?」
「いや、食材以外にも見ておきたいものもあるから駅側へ向かう」
駅側には大型ショッピングモールがあり、そこに行けば揃わないものはない。
屋上にはレジャー施設が設置されておりフットサル場もあるので週末など俺もそこそこを利用している。
◆
ショッピングモールに車を停める中に入ると、中は多くのでが賑わっている。
まずは食材から買い込むため、食材コーナーへと向かっていく。
「カレーの材料か。ここまで買い込むのは初めてだな」
カレー自体はよく作るがさすがに何十人単位は初めてだ。
「たくさんの食材を見るとわくわくするな」
「あー分かる」
料理をしている夏野さんと観月は迷うことなく食材コーナーを進んでいく。
さすがに食材は買い込むわけにはいかないので、玉ねぎなどの大量に必要となる野菜は運んでもらう予定だ。
今回、主に買いに来たのは菓子やレクリエーションで使用するからと、頼まれた備品だ。
「歩ちゃんカレーの辛さはどうする?」
「うーん」
高校生なら辛口を食べられるのか?
俺はカレーはあまり辛いものは得意ではないので、いつも中辛くらいだ。でも大学の奴等はカレーは辛口を注文していたしな。
「とりあえず中辛と辛口の2つ作ろう」
カレールゥを棚から取り出し籠の中へ入れていく。余ったら余ったで男子生徒らが喰うだろう。
全ての材料を籠の中に入れ終えると、このままレジへと進んでいく。
レジ袋いっぱいに入っている食材は、やはり一人では持てそうにはなかったのでついてきてもらって助かった。
荷物を車へ積み終えると、もう一度車の鍵を閉める。
「あれ? 帰んないの?」
観月は小首を傾げながら、俺を見る。
「手伝ってくれたんだ。アイスくらいは、奢ってやろうと思ってな」
女の子に重いものを持たせたのだ。これくらいは別にいいだろう。
「えっ、いいの?」
観月は既に乗り気だが、ほかの3人はどこか遠慮しがちだ。
「私あまり役に立てませんでしたし」
「桜咲さんに同じです」
「……」
桜咲さんとカレンはそう言い、苦笑する。
夏野さんは性格からあまり良しとしていないのだろう。
「十分に手伝ってもらったよ。それともアイスじゃない方がいいか? あ、一応ほかの奴等には内緒な。俺たちだけの秘密だ」
「じゃあ、その口止め料ということでミリオンアイスクリームで」
観月の奴ここぞとばかりに、モール内にある高いアイス店を要求しやがった。
「……いいぞ。ほら行こうか」
「ならお言葉に甘えて」
「ありがとうございます」
「頂きます」
もう一度モール内に戻りミリオンアイスクリームの店を目指す。
普通のコンビニとかで打っているアイスより値は張るがその分、味はいい。
季節ごとに期間限定のメニューに、他の店やコンビニでは、絶対に味わえない特殊なフレーバーを使用している。
今の時期は春であり、それらしいアイスが置いてある。それを目当てかミリオンアイスは今日も行列を作っている。
各々が食べたいアイスを注文し、会計を済ませテーブルに座る。やはり、甘味物なだけに店にいるのは女性ばかりだ。
「
「期間限定のストロベリーチェリークリーム、うん。アタリだよ」
「期間限定ってはずれがあるから困るよね、まえにジンギスカン味ってあったけど。それ食べた?」
「あれは強烈だったね。馬に蹴られたような衝撃的な味だった」
「羊じゃないの?」
「なんというか甘いと辛いが見事に調和しないの」
味を思い出したのか観月が、うええっといった顔になる。
その顔を見て、ほかの子たちも笑い出す。
「桜咲さん、よかったら少し食べる?」
「いいの? ちょっと食べて見たかったんだ。なら私のも」
「美雪さん、よかったら私たちも交換してみよう」
「ハイ!」
互いのアイスをスプーンですくい交換する。合宿前に十分仲良くなったようだ。そんな彼女たちを微笑ましく見ていると
「なぁに歩ちゃん、そんなに欲しいの?」
俺がアイスを欲しがっていると思っているのか、観月が俺にそう尋ねてくる。俺は、もう既にアイスを食べ終えて、みんなが食べ終えるのを待っていただけだ。
「違うよ」
「しょうがないなぁ。はい!」
「ふがっ」
いきなりアイスを乗せたスプーンを口の中に放り込まれ、変な声が出た。イチゴの甘みとチェリーの酸味が見事のマッチしているが……お前な。
「美味しいでしょ?」
「「「……………」」」
他の3人が唖然とこちらを見ている。
少なくとも教師と生徒の距離感ではない。
放り込まれたアイスの感想など言わず、バシッと観月にチョップを食らわせる。
「いたっ」
「早く食え」
観月から視線を逸らし、先ほどの事などなかったかのように振る舞う。
◆
涼香
ああっ!
先生にあーんなんて、羨ましすぎる。
先生も本気で叱るようなことはせず軽いチョップをする。
なんだか少女マンガみたいなじゃれ合いがものすごく羨ましい。
――私もあんなふうに。
そう思うと私は行動に移していた。
「先生、よかったら私のもどうですか?」
「え?」
私は、スプーンでレモネードアイスを一口分掬うと先生の前に差し出していた。先生も僅かに驚いているが、すぐに気を取り直す。
「いや、さすがにな。気持ちだけもらっておくよ」
教師という立場だから断られた。
だめだめ、何を言ってるの。
告白までしたじゃない。ここで引いていたら、いつまでたってもただの生徒のまま!
「そうおっしゃらずに!」
「あが!」
ちょっと、無理矢理だけれど、先生にあーんさせることができた。えへへ、やった。
「………桜咲……」
あ、さん付けがなくなった。というよりちょっと怖い?
先生って普段は生徒をさん付けで呼ぶけれど、素はそっちなんですよね。親しい生徒は呼び捨てにしてますし。
チョップが来るかと思ったけれどその気配はない。
私には、なにもないまま終わっちゃった。
私にだってしてくれてもいいのに。
◆
カレン
あ~んなんて初めて生で見ました。あれやる人ってマンガじゃなくても本当にいるんですね。
――……私も……
ちょうど先生の顔は二人から視線を逸らしているので、こちらを向いてスマホをいじっています。
そっと、そ~っとバニラアイスを先生の口元へと運んでいきます。
すこし、あとすこしで………
「………カレン?」
あ、バレマシタ。
「教師をからかうな」
「あ、いたっ」
デコピンが飛んできました。うぅ……失敗しちゃいました。
でもこういうじゃれ合いは少し得した気分です。
ベキッ
あ、夏野さんのスプーンが折れました。
◆
破廉恥な……
自分でも顔が赤くなるのが分かる。
先生も先生だ。なんでそんなに顔を赤くしているんだ。
美雪さんからのあーんは嬉しかった?
ベキッ
イラッとしたらつい手に力がこもってスプーンが割れてしまった。
こんな男子みたいなことをしているから女らしくなれない。少し自分が情けなくなってくる。
私のグループは皆、かわいらしい子ばかりだ。
涼香は言うまでもなく、校内の5本の指に入る美人だし、学校外の男子からも告白されたこともある。
沢詩さんは、男女共に人気があり、友人も多い。少しスカートが短かったり制服を着崩したりしているが、寧ろ彼女の魅力を引き出している。
美雪さんは、日本人にはない綺麗な銀髪に白い肌、守ってあげたくなるような外見が本当に可愛らしい。
それに比べて私は普通の女子よりも背も高くて、目付きも悪くて、女子にまで告白される始末。
――……羨ましい。
スプーンも折れてしまって、新しいのを貰ってこないといけない。
でも、行列を並んでいる間に溶けてしまう。せっかく先生が買って下さったアイスなのに。
「はぁ……」
「夏野さん」
いけない、溜息なんて見させられてはこの空気が台無しだ。
「はい。なんでしょうか」
「俺のでよかったら、使うか?」
そうおっしゃって、さっきまで先生が使っていたスプーンを私の元へ差し出した。私は思わず先生の方を見てしまった。
――そ、それって間接キス……
「あ、でもやっぱり男が口を付けたのなんて、嫌だよな」
「い、いえ! 使わせていただきます」
先生が次の言葉を告げる前に、渡されたスプーンを使い、自分の残ったグリーンティーアイスを食べていく。顔がにやけていないだろうか。
食べたアイスの味はほとんど感じられなかった。
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