第10話 部活②

「良い匂いだな……」


 弓道部から離れると甘く、香ばしい匂いが鼻腔をかすめる。

 まだ17時を回った頃で夕飯にはまだ早いが小腹は減る時間帯だ。


「料理部か……」


 匂いの出所は家庭科室からだようだ。

 クッキーのような甘い匂いが廊下まで漂ってくる。


「腹減ってきたな」

「あれ? 歩ちゃん」

「先生とよべ」


 家庭科室からひょこっと顔を出したのはアパートの大家の娘であり、俺の生徒でもある観月だ。

 外見ギャルだが、幼い弟の面倒を見ているだけあって、家事は意外なことに万能なのである。


「良い匂いだな、何作ってるんだ?」

「ジンジャークッキー」


 生姜を入れたクッキーの一種で、クッキーの中でも伝統的なものである。よく人の形を模して作られることが多い。


「ちょっと味見してみる?」

「いいのか」

「うん。みんなー歩ちゃんが味見してくれるってー!!」


「えーホント!」

「やったぁ! さすがにこれだけ食べたら太っちゃうし」


 ちなみに我が校の料理部は結構な人数は所属している。

 さらに今回は新入生の見学もいるためか、いつもより人数が多い。この学校の料理部はその辺のお遊びクラブとはわけが違う。家庭科室には業務用っぽい設備が惜しげなく置いてあり設備が充実している。

 ここで本格的な料理を学んだり、実際にクッキーやバウンドケーキの販売なども行っている。


 バレンタインではチョコを作って販売しており、ハイエナ《非モテ男子》どもが料理部の女子が作ったチョコを目当てに購買へ押しかけいつの間にか他校の男子も紛れ、乱闘騒ぎが起きたそうだ。


 製作者が誰か分かる売り方というのもズルい。さらに値段も割り増しているのにもかかわらず、完売である。


 それぞれが作ったクッキーを俺の前に差し出してくるので結構な量だ。


「……さすがにこんなには」

「まあまあ、まずは一口♪」


 人型のクッキーが口の中に放り込まれる。

 生姜の香りと味が味覚を刺激する。


 だが、教師にあーんとかするんじゃない、そういうのは弟か彼氏にしてやれ。


「……美味いな。うん、すごく美味い」

「へへ、でっしょ~」


 悔しいが料理の腕だけは認めるしかない。


 観月の母である大家さんはバリバリのキャリアウーマンである。

 旦那さんは俺が越してきたばかりの頃に亡くなっている。


 母子家庭となったため、陽太が歩くことができるくらいになってから仕事に復帰したのはいいが、出張の多い仕事のため夜はあまりいないことが多い。


 その事情を知った俺は、観月と幼い陽太をよく俺の家に預かっていた。

 大家さんが作り置きしてくれた料理を一緒に食べていたが、その内に観月も料理をし始めたのだ。

 料理部に入ったのは大家さんの負担を軽減したいことや新しい料理を学んで陽太に温かいご飯を食べさせたいからだろう。


「あー観月! なに1人だけ良い思いしてんのよ」

「いやー、ついね」

「先生! 私たちのもお願いします!」


 その後、新入生を含めて試食会を行うことになった。


「……ごちそうさん」

「「「「お粗末様でしたー」」」」


 試食会も終わり、後片付けを始める。

 入部しようかと思っている子達は料理部の後片付けを手伝う。


「はい、お茶」

「さんきゅ」


 美味しかったがさすがに口の中が乾いていた、丁度いいタイミングで観月がペットボトルの飲料水を勧めてくれた。


「美味しかったでしょ」


 口の中のパサつきはリセットされるが、あの甘い余韻はまだ口の中に残っている。


「だな……」

「今度、作ってあげようか?」

「……あのな。あまり教師の家に遊びに来るな」


 周囲の人間な聞こえないように小声で俺がそう答えると観月は面白くなさそうに頬を膨らませる。


「陽太は良くてアタシはダメなんだー」

「年齢と性別と立場を考るように」

「ふーんだ」


 拗ねた口調で観月は後片付けに戻って行った。

 まったく、いつまでも子供ってわけじゃないんだから。


 部員に礼を伝えると家庭科室から離れていった。


 ◆


 そのまま帰ろうと思っていたのだが、予想外に長居してしまった。だが、そのおかげでしなければならないことを思い出した。


 学生と同じように教師にも予習復習は必要になってくる。教科書が改訂されれば自分が今まで覚えていた知識が通用しないことだってある。常勉強の毎日である。

 昨日、予習をしていて不明確な部分があったため調べたいのだ。だが必要な図書を借りようと思っていたがちょうどその刊だけが現在貸出し中であった。


 幸いにも必要な図書を借りることを思い出し図書館へと足を運ぶ。


 静蘭学園の図書館は2階建て建物で貯蔵されている図書は娯楽のためのライトノベルから受験生のためにも参考書なども置いている。


 図書館の中では文芸部も活動している。

 文芸部と言っても、名前だけを所属させただけの幽霊部員の方が多い。


 図書館内からは本をめくる音と、シャーペンを走らせる音ぐらいしか館内から聞こえない。

 図書館内で部屋を区切りスペースを設けてあり、文芸部の正式部員は、その一室を使用している。


 ドアから見えるメンバーの眼は真剣そのものだ。ガラス越しからでもそのやる気は伝わってくる。集団の中にはカレンの姿があった。


 そうか彼女、文芸部だったのか。

 文芸部は結構人数が多い。大体30人くらいはいるんじゃないだろうか。俺のクラスの女子も何人かいるみたいだ。


 あ、笑った。


 だがそれは普通の笑顔ではなく、「ふへへ」という言葉を体現した笑み。

 あれは昨日、本屋でBLについて語っていた時の顔だ。

 よく見ればほかの女子たちも似たような顔をしている。


 俺は、直ぐにあの集団がどういう存在なのかを察した。


 カレンもあの趣味は知られたくなかったようだから、あまり干渉しない方がいいだろう。部屋の外から見れば本を片手に議論しているように見えるのだが……ん?


「うわー……」


 俺は気が付いてしまった。

 今、文芸部の子たちが持っている本の中には、俺が借りたかった本であることを。

 あの一室に踏み込まなければならないという事実に頭を抱える。


 どう声をかければいいのだろうか。

 僅かに悩むがうだうだ言っていられない。文芸部が活動している部屋の扉をノックし扉を開けると、ガタガタと中にいた女子たちが一斉に動き始めた。


 その内の一人が、俺の視界をさ遮るかのようにインターセプト。


 ここまで3秒にも満たない。


「はぁい! 先生どうかなさいましたかーい!?」


 動揺しているせいか、テンションがおかしい。

 女子生徒は肩で息をしながら入口の縁にガッと脚をかけ俺を部屋に入れないようにする。やはりあの趣味は他人には秘密なのか。おそらく今室内で隠蔽工作が行われているのだろう。

 というよりこの時の彼女たちの心情って男子が見られたくない本(エロ本)を隠すのと似たような心境なのだろうか。


 とりあえず用件だけでも済ませよう。


「いや、君たちの使っている本を借りたいんだが」

「え!? あの本をですか!?」


 「信じられない」と言わんばかりに文芸部員が眼を大きく見開いて、俺を見る。

 他の部員も同じような眼をしている中、カレンだけは違った。まあ既に俺にカミングアウトしてるし。


「センセ、何かご用でしょうカ」

「いや、そこにある本を借りたいんだ」


 俺が指さすのは積まれている本の中にある参考書だ。


「使ってるんなら今日は諦めるけど」

「すぐにお持ちします!」


 そういうとカレンは机から一冊の本を持ってきた。


 ちょっと肌色が多めの漫画になってて、男同士の絡みが多めで。特定の女子が好んで読みそうな1冊を。


「『BL(ボーイズラブ)でわかる~以下略)』じゃない!」

「ええ、こっち勉強しに来たんじゃないですか!?」

「そっちの勉強じゃない! そこの彼女が持っている本を貸してくれ!」


 そう伝えるとカレンはしぶしぶながらか、求めていた本を持ってきてくれた。


「ゴホンッ」


 騒ぎすぎたから司書の人(女性)の咳払いで注意を受ける。


 とりあえず扉を閉めて、部屋の音が外に漏れないようにする。

 あー、すぐに退散したかったんだけどな。


「カレン、文芸部ってやっぱりそういう部なの」

「ハイ! 静蘭学園30年の歴史を誇る伝統ある文芸部です」


 30年! そんな前からあるのこの部!? 


「よく注意受けないね」

「決してやましいものではありませんから」


 嘘だ。

 昨日誰にも言わないでくれって、号泣していたのに。

 俺を前に他の女子たちは少々気まずそうだ。カレンは既に開き直っているから平気なのだろう。


「この部は師匠が在学中に作ったんですよ」

「ああ、さいですか」


 あの店長は、本当に色々な所に種をまいてきている人らしい。

 っていうかあまり距離を詰めないで、身体を密着させようとしないで。今のご時世結構うるさいんだから。


「あ、あの先生?」

「ん? どうした?」


 文芸部の女子の1人が少しおどおどしながら話しかけてくる。3年の女子生徒でどうやらこの部の部長らしい。

 これ幸いにと俺はその子に向き合う。


「先生はその……気持ち悪いって思わないんですか?」


 ああ、そういうことか。

 昨日のカレンと同じだ。

 自分の趣味が普通の人と異なることを自覚しているから、気持ち悪がられると思っているのだろう。


「別に気にしないから。節度さえ守ってくれればそれでいい」

「ホントですか?」

「ああ」

「顧問になってくれるんですか?」

「なんでだよ」


 え、なんで顧問に勧誘されてんの俺? 

 というより、さっきまでの気持ち悪がられたくないという不安はどこへ行った。


「「「「「ええ~~……」」」」」

「なんで「ええ~」なんだよ。こっちが言いたいよ」

「だって貴重なんですよ? 私たちに理解のある男の人。好きなんじゃないんですか?」


 カレンが平気で話しているのを見て、警戒心が解かれたらしい。


「ないよ。男が男同士の恋愛もの見て楽しめるわけないだろ。それに理解はしてない、別に読もうとは思わないから」

「それは仮定ですよね? だったら、ぜひこの本を読んでみてください」

「いや、結構。っておい! 俺の鞄に忍ばせようとするな」


 油断も隙もねえ。

 こいつら俺をそちらの側へ引きずり込もうとしてくる。

 なんで女子って好きか嫌いかの二択で迫ろうとするかな。


「じゃあ、この本借りてもいいんだな」

「はい。新しいネタを探そうとしてただけなんで」


 歴史の偉人になんてことを。 


「……あまり大きな声で話さないようにな、司書の人。怒ると怖いぞ」

「大丈夫です。あの人も同志ですから」


 さりげなく衝撃的な事実を突き付けられる。


 借りたい参考書を貸し出し手続きを取っている間、司書の人を直視できなかった。


 ◆


 なんだか、ものすごく疲れた。


 図書館は駐車場とは反対側にある。


「何やってんだ! お前ら! もっと走れ!」


 サッカー部の顧問である剛田先生の怒号が響き渡る。

 静蘭学園は共学となってからまだ10年も経っていないがそれなりに強い。


 共学初年度にそこそこの選手が入学してきたのと、前監督の指導の賜物だろう。

 前監督は監督から既に一線を退いていたが、こちらの就職して共学となった際に再度就任したそうだ。

 現在は引退しており今では剛田先生に引き継がれている。剛田先生も高校まではサッカーをやっていたらしい。


 俺自身高校までサッカーをやっていたことから、高校サッカーには興味がある。今でも大学のメンバーでフットサルを行っていたりする。


 サッカー部が活躍しているのを横目に見つつ、駐車場を目指す。

 

 そのうちに、コントロールを誤ったボールがこちらへと飛んでくる。


 考える前に身体が勝手に動き出す。


 胸でトラップすれば服が汚れるため、足を伸ばし受け止める。

 暴れるボールを軽くリフティングをしてから転がし、自分の支配下に置く。足にはここいい感触があった。


「先生、すいません!」


 サッカー部の部員が俺に頭を下げる。


「いや、この通り大丈夫だ」


 足元に転がっているボールや先ほどのトラップを見ているはずだから、何ともないのはわかっているだろうに。


「……でも、やっぱり先生ってサッカーものすごく上手いですね。球技大会の時にみんな話してました」


 昨年の球技大会ではフットサルが催され、俺は人数が足りないからということで選手として参加することになった。

 そこから、俺はサッカーが上手いという扱いになった。サッカーは小学生の時からずっとやってきたので、人並み以上にはできると自負している。


 一度、サッカー部がコーチを頼みに来たこともあったが、そのときは教師となってまだ日も浅いため断ったのだ。


「はぁ、やっぱり先生に教わりたいな」

「そう言うなよ、剛田先生だってサッカーやってたって聞いてるし、素人じゃないんだ」

「けど、あまり意味のある練習が無い気がするんですよね。剛田先生になってからゲームばっかりで基礎練習ができないというか」


 サッカーの本質である「止める」「蹴る」「運ぶ」が出来きないと確かにゲームにはならないだろう。現にパスが疎かになり俺の元にあるのだ。


「なら、自分でやるしかないな。特に基礎練習なんてどこでもできる。あとみんな顎が上がってる。あれじゃあ終盤、体力が持たない。サッカーの根本は走れることだ」


 俺も現役の時はひたすら走らされたものだ。

 高校までも走って登校していたし。教科書? もちろん、学校に置いていましたよ。


「じゃあ、俺はこれで」

「はい」


 そう言って、俺は車へ彼は練習へと戻っていく。

 たかが高校生の部活「所詮お遊びだと」と侮る人もいるだろう。

 だがその3年間に選手は全力を尽くす。俺と彼らではモチベーションが異なる。さすがに遊び半分でボールに触れている俺があそこに混ざるのは少々気が引けた。


 ◆


 観月 


「いや~先生が食べてくれて助かった~」

「だよね~」

「それに美味しいって言ってくれたし」


 なんでだろう。少しモヤモヤする。


 ――……ああそっか。歩ちゃんがアタシ以外の料理を「おいしい」っていうのが面白くないんだ。


 思えば1年の時も似たような感情があった。

 私だけの先生が、いつの間にかみんなの先生になっていたんだ。

 なんだが私の特別じゃなくなって、距離が開いた気がした。


 ――とられたくない。


 アタシって意外と独占欲強いんだなぁ。


 今年のバレンタインだってチョコ作ってあげたのに。

 

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