第9話 部活①

 授業が終わり、放課後となれば、部活が始まる。

 静蘭学園1年生は部活動参加は強制になっている。そのため1年生は必ずどこかの部活に所属しなければならない。


 部員の人数や部活動の成績により、その年の部費も決まるため、部活動に参加している生徒たちは、それぞれが所属している部に招こうとして躍起になっている。 学園では、部活動の活動は積極的に行われ部活による推薦枠も存在する。


 静蘭で名門と言えば弓道部が有名だ。

 もちろん、運動部以外にも文化系の部活もある。


 俺は顧問を受け持っている部活もないため、自分の仕事に専念できる。


「明日の準備は終わってるし、特に報告することもない。少し、早いけど帰ろう」

 

 指を折って、今日やり残したことがないかを順番に確認する。荷物をもって車を停めてある駐車場へと向かうため校舎内を歩いていると――。


「ん?」


 声が聞こえてきた。

 声からして男と女の入り混じった複数の声。


 どこかと思ったが、そこには既に人ゴミができており、揉め事が起きていることが丸わかりだった。


「よかったら少しだけでも」

「結構ですって言ってるじゃないですか。私はバスケなんかには興味ありません」


 遠目から見ると、バスケのユニフォームに制服の女子生徒が何やら言い争いをしている。

 生徒間のもめ事であれば、教師として行かないわけにはいかない。

 近づいていくと俺の存在に気が付いた生徒たちが避けていくので、すんなりの人だかりの中心に出た。


「何があった?」

「チッ……」


 おいおい、仮にも教師に向かって舌打ちって、しかもバスケ部ではなく女子生徒の方がかましやがった。


「先生ですよね?」


 なんで疑問形なんだよ。


「一応な。何の揉め事だよ」

「この人たちが、マネージャーにならないかってしつこいんです。何とかしてください!」


 指さすのはそこにいるバスケ部の部員たち。

 事実なのか何も言わずに俺から視線を逸らす。


「私は弓道部と間違えてここに来たんです」

「ああ、弓道部の入部受付は反対の棟だ」

「――ッ知ってます!」

 

 俺が指摘すると顔を真っ赤にして食って掛かる。

 どうやら棟を間違えてバスケ部の勧誘の所に出くわしたのだろう。

 声を掛けられている女子は何とも気の強そうな女子生徒だ。


「私は悪くないので! その人たちから話を聞いておいてください」

「それは分かったが、君は君で言葉遣いを学ぶべきだ。そんな態度じゃあどこの部でも居場所がなくなるぞ」

「私の勝手です」


 そう言い残すと足音を大きく鳴らしながらとこの場から立ち去ってしまった。

 何というか気難しそうな女子だな。


「はぁ……お前らも強引な勧誘は禁止だぞ」

「すいません。バスケ部の人数がギリギリで焦ってしまって」

「マネージャーは部員の数に入らないだろう」

「そうですけど……可愛いマネージャーが欲しかったんです!」


 欲望丸出しなこと言いやがった。

 確かに顔は可愛かったが、あれは面倒を起こすタイプだぞ。


「実際にバスケでも披露してきたらどうだ。校庭のバスケットゴールが空いてたぞ」

「いいんですか? 指定以外の場所での勧誘はあまりよくないって」

「息抜きでやってるってことにすればいいだろ」


 別にデモンストレーションを禁止する項目はない。

 実際に体験させる部活もある。

 サッカー部なんてピッチほとんど使って部員テストなんてものをやっているくらいだ。


「なら、行こうぜ!」


 部長の合図でバスケットボールを手に持ち校庭へと走って行った。


 だが、あの先ほどの女子生徒がどうにも気になる。変な意味じゃなく胸騒ぎ的な。


「……一応、弓道部も見ておくか」


 そのまま弓道部が活動している弓道場まで歩いていくと遠くからあの女子生徒の声が聞こえてきた。


「きゃあああああああ! お姉さまーー!!」


 さっきとは随分声色が違うが、声からして間違いない。他にも女生徒の歓声が聞こえてくる。


 弓道部でお姉さまと呼ばれるべき存在は、何となくイメージできた。

 弓道場の外にまでギャラリーが集まっていた。男女共用の部活なのだが見学者のほとんどが女生徒だ。


 少しだけ様子を見ると、弓を放ち残身の姿勢をとっている夏野さんが居た。

 先ほどのは彼女に向けての歓声だったのだ。歓声を受けても彼女の凛々しい顔はまだ解かれていない。


 全国大会で好成績を収めるほどの実力に、あの容姿だ。

 雑誌への取材がいくつかあったはずで、学校ではファンクラブまで存在しているとかしていないとか。


 残身の姿勢を解き、緊張感を解くように小さく息を吐く夏野さんは、ゆっくりと弓を下げた。その隙を見計らって周囲の女生徒が彼女の周りに集まり始った。


「やっぱり夏野さん凄い!」

「さすが夕葵ゆずきだね。全弾命中させるなんて」


 集まっているのは同級生と先輩だろう。皆が夏野さんを称賛している。


「ありがとう。けど少し浮ついたかな」

「そういえば、クラスの子に聞いたんだけど。クラス委員になったんだって?」

「はい」

「大丈夫? クラス委員って、先生から雑用とか押し付けられるんじゃない。部活に支障はでないかな」

「歩先生はそのあたりは気を使ってくれます。それに私がやりたいって引き受けたんです。もし何かあればそれは私の責任です」


 だからと言って、無理はしてほしくないのだけれど。


「あ、高城先生」

「え?」


 目敏い女子部員が俺の存在に気が付いた。

 少し様子を見たら離れようと思っていたのだが、なにも声をかけずに出ていくのはちょっと失礼だ。


「どうかされましたか?」

「いや、何か盛り上がっているな~って思って、様子を見に来ただけ」


 適当にここに来た理由を誤魔化す。

 さすがに女子生徒を追ってきたなんて言えない。そして、その間に夏野さんもこちらへと向かってきた。


「あの先生、クラス委員の仕事でしょうか」


 俺の気のせいだろうか、少し嬉しそうに尋ねる。


「いや仕事はないよ。ただ様子見に来ただけだから」

「そうですか……」


 今度は残念がる。

 かといって仕事を押し付けるわけにもいかない。


 どうやら先ほどの女子生徒は夏野さんのファンらしい。

 なぜなら、俺のことをすっごい目で睨んでいるから。けれど、夏野さんの前でなら暴走することはないだろう。


「また何かあったらお願いするから。部活、頑張って」

「あ、はい!」


 別れの挨拶を切り出すとこの場から離れた。


 ◆


 夕葵ゆずき


 あ、行ってしまった。

 もう少しここにいてくれてもいいのに。

 もしかして私のこと気にかけてくれたのだろうか。


 そうだとしたら嬉しい。


 今日は先輩たちに頼まれて、デモンストレーションを行っていた。

 弓道場には思った以上に多くの人が集まっていた。


 さすがに弓を引いている間は皆静かだがその後が少し騒がしい。まだほかの人が弓を引いているのもお構いなしだ。少し礼儀に欠ける行為にため息をついた。


「あ、あの夏野先輩!」


 少し休憩しようと思っていた私に声をかけるのは先ほど歓声を上げていた女子の1人だ。


「あのタオルよかったら使ってください」

「ありがとう」


 悪い子たちではないのだろうな。

 ただ素人であるから弓道の礼儀を知らないだけだ。

 タオルを受け取ると私はふと思った。


 ――汗臭くなかっただろうか……


 気が付き自分の袴の匂いを確かめるが、自分の匂いは自分にはわかりにくい。

 でも、これは洗濯したばかりだし……ああでも、今日は少し緊張していつもより汗かいていたかもしれない。


 先生にそう思われていたらどうすればいいか分からない。

 タオルに顔をうずめ、動揺していることを周囲に悟られないようにする。


 ああ、せっかく今日は料理を食べてもらえて、美味しいって言ってもらえたのに。


 思えば今日は先生と過ごす多くの時間があった。

 一緒にご飯を食べることができたのはまさに僥倖だった。あれならほかの生徒にも怪しまれない。


「夏野さん?」


 あ、いけない。

 少し呆けすぎていたみたいだ。


 先輩の呼ぶ声で我に返り再び弓を構える。


 そんなときでも、今日は先生の顔が脳裏をよぎる。

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