最後の抵抗

 少々、いや大分、厄介なことになった。エルの計らいのせいで、綾瀬に転生ゲームや僕の力のことがバレてしまった。さすがにあの状況では、ごまかせはしなかった。


 それから、僕と綾瀬はじっくりと話し合った。これからのことについて。僕は一部を伏せつつも、自分の能力と、転生ゲームにより半年後死んでしまうことを告げた。さすがに綾瀬の死を逃れるために参加したとは言えなかった。だってそんなの、かっこ悪いだろ?


 そして、綾瀬の返答は既に決まっていた。彼女は、なら私が死ぬ時期と一緒だね、と笑った。


 どうにもならないのか、と僕は訊いた。どうにもならないよ、と綾瀬は困ったような顔をした。それならせめて、全部試してからにしよう、と僕は提案した。最後まであがいてやろう、と。僕が綾瀬を殺すその時まで、待ってくれはしないかと。綾瀬は、しょうがないなあ、なんて言いながらうなずいてくれた。全く、自分の身体のことなのに。


 そして、二人で決めたのだ。別れの前に、できる限りを尽くして、全てを終わりにしようと。


 僕らはその日、心中の日程を決めたのだった。


 僕は半年後、死を迎える。これは決定事項だ。あんな超常の存在のゲーム、覆せるとは思えない。ならば僕にできることは、できる限りの治療を綾瀬にして、彼女の希望を見つけることだ。やっぱり僕は、好きな人には幸せで居て欲しいから。


 ……その幸せが本当に死にしかないのなら、僕の手でそれをもたらすのだ。



――僕の死まで、あと三ヶ月。


 季節はめぐり、いつの間にか残暑も消えて冷え込む日が多くなっていた。


 僕らがまず始めたのは、医者探しだった。別に冬川さんがダメってわけじゃない。精神科でできることは全てやったのだから、改めて他の科を回ってみようという話だ。


 綾瀬の抱える線維筋痛症には様々なアプローチから病状を改善しようとしている、所謂専門のスーパードクターが存在する。日本でも五人ほどしかいないが、それでも診てもらって損はないだろう。今までは綾瀬の気力がなかったために来訪することはなかったのだが。


 彼女は人生のほとんどを病院に捧げている。それに、次の冬に死ぬと決めている彼女にとって、それは徒労以外の何物でもなかったことだろう。だけど、付き合ってくれた。


 僕の治療ごっこのような旅行に、付き合ってくれた。僕らはとにかくあらゆることを試した。ほとんど何が書いてあるか分からない医学書も、冬川さんと共に読み込んだ。いくつもいくつも病院を巡った。そのほとんどでは、異常なしと答えられてしまったが。


 そのためのお金は、僕の貯金をほぼ使い込むことになったが、有意義な使い道と言えるだろう。


 世界中の線維筋痛症に関する事例も集めた。その中には、自殺によって病気が発覚したものもあった。とにかく症状も治療成功と言う例もあべこべで、まるで参考にはならなかった。だが、こんな手探りでも、未来に向かって頑張るというのは悪い気分じゃなかった。例えその未来が、死に繋がっていたとしても。



「綾瀬、この病院はどうだ? 最新鋭の医療器具がそろってるらしいぜ。お前の病気の治療に特化した病院だって」

「うーん……ちょっと遠いね。でも、大島さんが言うなら、行ってみるよ」


 その信頼は重たくはあっても、嬉しくないわけがなかった。幸い、その病院は車を走らせて一時間ほど走った場所にあり、通院も苦にはならなかった程度の場所だった。


「……痛い。なに、あのマッサージ器。怖すぎたんだけど……」

「なんか、工事現場のドリルと同じ原理とか言ってたね。僕、あの音聞いてるだけで身震いが……」


 二時間後、治療を終えた僕らはぐったりとしていた。赤外線がどうとか、このマッサージ器がどうだとか色々説明は受けたけれど、詳しくは分からなかった。とりあえず、今までしたことのないアプローチなのは確かだ。冬川さん曰く、そんな病院があることも知らなかったとのことだしな。


「身体の調子はどう?」

「触って確かめてみる?」


 なんてね、と綾瀬は舌を出して上目遣いに僕を見る。わざわざ腰をかがめてそうするくらいだから、きっとわざとだ。


 僕の能力を明かした後、綾瀬はしばしこういう態度を取るようになった。


「ああ、そうしようか」


 僕はその冗談に乗っかって、わざといやらしい手つきで彼女の腕を撫でてみせた。もちろん、服越しなので痛みが伝わるわけもない。


「あっ……」


 そのむき出しの手先にそっと手を重ねる。こうしてみると、身長こそ綾瀬の方が高いものの、手の大きさは僕の方が上だった。


 僕をからかうそぶりは見せるくせに、実際に触れると彼女はなんとも言いがたい、申し訳なさそうな表情を浮かべるのだ。これはこれでやりづらい。


「……なんか、筋肉がちぎれちゃいそうな痛みだね。これって今まではなかったろ?」

「うんー……。強烈なマッサージを受けたからかな。揉み返しってやつかも」


 普通のマッサージでも起こりうることだ。これも治療のためなら、仕方ないのかもしれない。だが、それよりもそんな痛みを受け入れてくれていることが僕は嬉しかった。


「えひひっ」


 その時、綾瀬が妙な笑い声を上げた。


「どうした?」

「ううん。なーんでもない。いやあ、まさか私が今更治療に前向きになるなんて、って思ったの」


 そういえば。綾瀬はもうすっかり治療は諦めて死を選んだはずだった。それを押しとどめたのが僕で、その綾瀬を諦めたのも、また僕だ。そして今度は、心中を決めた僕と綾瀬二人で新しい治療法を探しているなんて……。確かにちょっと笑える話かもしれない。


「人間、追い込まれないと必死になれないもんなんだな」

「ね。あと四ヶ月、ん、三ヶ月? 分かんないけど、そんなもんだもんね。死ぬくらいなら、死ぬ気でやったるわー! って思えちゃう」


 帰りの運転中、綾瀬はいつまでもにやにやと僕の顔を見つめていた。気になって事故でも起こしたらどうするつもりなんだか。


「ねえ、大島さん。どっか連れてってよ」

「どっかって、どこだよ。もう結構な時間だぜ?」


 そうは言ってもまだ六時かそこらではあるのだが。これから飯でも行くとしたら、帰りは随分遅くなってしまう。


「いーじゃん。たくさん病院巡りも頑張ったんだから。せっかく車椅子もあるしさ」


 そう、綾瀬はもう車椅子で補助してやらなければ歩けないほどの痛みを抱えていた。綾瀬は気候のせいだよー、なんて軽い調子で言っていたが、直接痛みを吸い取っている僕にそのごまかしは通用しない。確実に綾瀬の病状は悪化していた。


 しかし、だからこそ気分転換をしたいという綾瀬の言葉も分からないわけではない。病院に行っては寝て、また病院では気が滅入ることだろうしな。


「よし、今日は僕が奢ってやるよ」

「やったー! でも大島さん、お金持ってるの?」

「大人を馬鹿にすんな。バイト代くらいはもらってるさ」


 それが空元気であることは、二人とも分かっていた。分かった上で、そんな茶番を続けている。それは決して悪い気分ではなかった。まるで何かの劇を演じているかのようで、心が躍った。


「何が食べたい? リクエストにはなんでも応えてやるよ」

「んー。それじゃあね、私……お酒が飲みたい」


 おっと、それは予想外だった。


「だって私、成人を待たずに死んじゃうんだもん。最期にお酒くらい飲んでみたいよ」

「……そんな欲があるなら、成人まで生きてみりゃいいじゃないか」

「でもその時には、もう大島さんはいないんでしょ? それじゃ、意味がないよ」


 ……。僕は何も言えなくなってしまった。それに、彼女の言うことならなんでも叶えてあげたいという気持ちは本当だ。


「この不良め」

「大島さんのせいだかんね。一回くらい私も悪いことしてみたっていいでしょ?」


 まあ……僕の部屋で飲み過ぎないように注意していれば別にそれくらいはいいかな。彼女の言うとおり、僕らにはもう時間がないのだから。


 車を無理矢理右折レーンに走らせ、僕は病院に向かって走り始めた。


「途中で酒屋にでも寄るか……好きなもの買って良いぞ」

「やたっ! 大島さん、話が分かるね」

「みんなには内緒だぜ? あと、遅くなるって親御さんにちゃんと言うこと」


 僕の言葉に、綾瀬は若干顔を歪ませた。


「別に何も言われないと思うよ。あの人、私のこと爆弾か何かだと思ってるから。外泊したって、怒られないよ」


 親をあの人だなんて呼ぶ彼女の気持ちは、全く分からなかった。そこで、そもそも僕には親がいた記憶がほとんどないことを思い出し、考えるのをやめた。


「何が美味しいのかも分かんないし、大島さん適当に見繕ってよ」

「僕、酒には強いんだよね。知識面じゃなくて肝臓的な意味で。女の子でも飲めそうなものかあ……」

「おっと、馬鹿にするんじゃないよ。私、学校のアルコール検査では酒に強いって出たんだから」


 むん、と胸を張る綾瀬に僕は苦笑して、ノンアルコールからちょっと刺激の強いものまでそろえてみよう、と密かに思った。

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