転生ゲーム

「もう落ちついたのん?」

「……ああ、まだぬいぐるみが喋っていることには慣れないですけど」


 一体どれだけの時間が過ぎただろう。いや、そもそもこの空間に時間という概念はあるのだろうか。


 ソイツからはただただ呆然と突っ立っていただけのように見えたことだろう。しかし、その内では例えようもない感情の濁流があった。


 ただ、一度落ち着いてみればなんてことはない。距離感も分からないほどの白一色の部屋にぬいぐるみが置いてあるだけだ。場違いにファンシーな、カエルのような外見をした灰色のぬいぐるみ。


 それでいて目はくりんとまん丸で妙にチャーミングな印象も受ける。鈴を鳴らすような可愛らしい声も相まってカエルの着ぐるみを被った女の子と話しているような錯覚も覚える。


「それじゃ、話を進めるとするの。こういう事務的なのはミネルカ好きじゃないの」

「異世界に行けるって話か……ですか?」

「ミネルカはとっても偉いけど、敬語は不要なの。二人きりなんだし、無礼講なの」


 言われて、恋塚の姿がどこにもないことに気づいた。あたりを見渡す僕をミネルカとやらは不思議そうに見ていた。


「ミネルカを呼んだのは、君だけなの」

「僕が選ばれたとでも?」

「確かにミネルカは相手を選ぶけど、今回は君しかいなかったの。意味が分からないことを言うのはやめるの。いいからミネルカに仕事をさせるの」


 すう、と息を吸って、そういえばカエルって肺呼吸なのだろうか、ミネルカは瞬きもせずに続けた。


「望むままに次の生を目指すなら、この町にいる悪魔を殺すの。これはそう、来世の運命を決める転生ゲームなの」


 どうしようか。早速ついていけなくなってきたぞ。天使、異世界と続いて今度は悪魔か。僕はいつの間にそんなファンタジーな世界に迷い込んだのだろうか。


「それができたなら君の思い通りの世界に生まれ変わらせてあげるの。過去、未来、ゲームみたいな世界、恋愛至上主義の国……。どこでも、なの」


 それは……人類の夢といっても過言ではないことだ。誰にもが一度は夢見て、諦めていくそのものではないか。いつしか僕はすっかりミネルカの話に聞き入っていた。


「ミネルカは転生を司る神なのん。仕事を手伝ってくれたら特典として記憶や意識も思いのままなの。さらに好きな力を一つだけ授けてあげるの。大盤振る舞いなの。これこそが神なの」


 どこかうっとりとした様子のミネルカ。心なしか瞳も潤んでいるように見える。まあそれでもカエルだが。


「好きな力っていうのは?」

「山を絶つほどの腕力、自然現象を自在に操る力、人の心を思い通りに動かす力。なんでもなの。信用できないなら、お試しに何か一つ授けてあげるの」


 そう言って先っぽがくるんと丸まった指先で僕を払うように振る。すると光が僕の体を取り巻いて全身を包み込み……不思議な温もりを残したまま消えていった。


「……別に、変わった感じはないけれど」

「ん、あれ……。さては君、もう既に特殊能力を持ってるの。一人に二つは与えられないの」


 言われてギクリとした。確かに僕には人とは違う力を持っている。他人の傷を自分に移して治すことができるという、不便な力だが。


「ズルなの。チートなの。貴様みたいな特別な人間に用はないの」

「ま、待ってくれよ。僕だってこの力には飽き飽きしてるんだ。もし君の言うことが本当なら、この力を消して新しい何かを得ることもできるってことか?」

「……。先に力を与えることはできないの。でも君が一度死んで生まれ変わる時なら、可能なの」


 これは。なんという僥倖だろうか。こんなものがなければと思っていた忌まわしい力。それが取り払われるという。いや、でも待て。


「僕が死んだ後じゃ、意味がないんだよ……」

「どうしてなの?」

「そりゃ、僕は今を変えたいからさ。自分が死んだ後のことなんて考えてられない」

「相変わらず人間は短い生をちまちまと大事にするの。でも、その力はとても根強いものなの。きっとこのまま死んでもまた同じ力を持って生まれてくるの。それでもいいのん?」


 それは嫌かもしれない。意識も記憶もないのなら僕には関係ない話だが、来世の誰かが僕と同じ目に遭うというのはなんというか、忍びない話だ。


 ん、待て待て。そういえば前に転生について綾瀬と話をしたことがあったな……。確か綾瀬はそれを望んでいたはずだ。死後、という形にはなるがある意味で彼女を救うにはうってつけの方法なんじゃないのか。もう死ぬその日まで決めている彼女には。


 ……。それは、まさしく悪魔めいたひらめきでもあった。言外に、今の綾瀬を見捨てると言っているのと同じだからだ。しかし、僕は既に一度彼女を見捨てた……彼女が苦しむ病の治療から逃げ出した身だ。今更恥じることもないのかもしれない。だが……。


 まあ、試しに訊いてみることにしよう。


「なあ、その転生って奴のチャンスは、何も自分に使わなくてもいいのか?」

「……」


 僕の問いに対する答えは沈黙だった。ミネルカは大きな頭を左右にゆっくりと振り、どこか寂しそうな眼をして言った。


「人間の業とは、深いものなの。そんなに苦しめたい誰かがいるなんて、生きづらいにも程があるの。誰を地獄に送り込みたいというの?」


 いや、別にそんなつもりはなかったのだけれど……。けどそうか、そんな使い道もあるのか。


「敢えて答えるなら、答えは可なの。ミネルカの望みは悪魔の討伐だけ。あとは手に入れた権利をどうしようと人間の自由なの」

「ならまあ、高校生活に支障がない程度にやってやるよ」

「えっ」


 ミネルカが何か不思議そうにしながら、といってもカエルなので表情は変わらないが、声をあげた。


「だって漠然と悪魔を殺せって言われても……。僕、残念ながらエクソシストじゃないんだよね」

「大丈夫なの。見つけ方くらいは教えてやるの。悪魔は死期が近づいた人間に近寄り、その魂を奪う瞬間、羽を広げるの」


 ……。しばらく待ってみたが、話はそれまでのようだった。


「話にならないよ、それじゃあ」

「どうしてなの? 人間は、異物を見つけるのは得意のはずなの。そして、ここに来られるということは、貴様も異物であるということなの。異物同士つぶし合うの」

「そのゲームとやらには参加条件があるってわけだ」

「この場所に関する噂が流れていることくらい知っているの。その全てを相手するほどミネルカは暇じゃないの。ミネルカが相手するのは、そのままじゃ来世に支障を来すほど強い未練を持っている者だけなの。これは言わば救済サービスなの。生き損なって、無念に死んで悪魔の餌になるくらいなら、希望を胸に持って死ぬべきなの」


 大層なことを言っているが、死ぬことには変わりないんじゃないか。それにしても生き損ないとは、妙に上手い言い方をするな。死に損ないの派生か。


「来世があることが希望だって?」

「人間が前に進むのを止める時は生に絶望した時。例え死であっても希望を持つべきなの。なら倒れるとしても前のめりに死ぬべき存在なの」

「そういう勘違いした自己啓発本みたいなことはいいからさ、ほら」


 ほれほれ、とこまねくように手を振る。もっと情報をよこせという意思表示のつもりだ。それが通じたのかどうか、しばらくミネルカは頭を悩ませていた。


「悪魔は……」

「悪魔は?」

「美しいの」


 しばし、僕らの間に沈黙が流れる。僕は、そこに確かに神とやらと人間の差を垣間見たような気がした。


「人間だって蛆虫なりに死を恐れる生き物。でも死に美しさを求める奇異なる種族でもあるの。悪魔はそこを巧妙に利用して、できるだけ死に近づけようと、それはまるで宝石のように輝く美貌を持っているの。ミネルカの仕事を奪う、ふてえ奴なの」


 なるほど、と思ってしまうのは無理な話だろうか。だけど僕は妙に納得できてしまった。黒い襤褸を纏った死神に首を刈られるより、可愛い女の子の腕の中で死ぬほうがそれはいいだろう。要するに、来世云々はこのミネルカの管轄で、そこを荒らす存在を探し出して殺せ、というわけだ。その特典として、思い描く来世を手に入れることができる、と。


「それだけか?」

「うるさいの。万能の神とは言っても全知の神じゃないの。分かってたらさっさとぶち殺して来るの」


 怒り出したぞ。神だなんだと言っても中身は見た目通り子供なのだろうか。


「つまるところ、僕は羽の生えた美しいものを探し出せばいいわけだ。それがどこにいるか分からないし、いつ出会えるのかも分からないけど、だ」

「そういうことなの」


 話は終わった。いや、話にならないという意味では始まってすらいないのだが。あまりのバカバカしさに、さっきの思いつきなんて消し飛んでしまった。


「じゃあいいや、さっさと僕を元の世界に帰してくれ」

「受けてくれるのん?」

「別に達成できなくても罰則なんかないんだろ? だったらまあ受けるさ」


 道端で小銭が落ちていたら拾う、くらいの気持ちでやればいいんだろう。簡単な話だ。実のところ、僕はいつの間にか、この話に興味を失っていた。もしかしたら今の生を疎んでいる綾瀬に希望を与えられるかもしれないとは思ったが、これでは話にならない。


「いや、見つけ出せなかった者には地獄の苦しみを受けてもらうの」

「……なんだって?」

「本当に地獄へ落とすというわけじゃないの。というかそんなものそもそも存在しないの。少なくともミネルカは知らないの。ただ他の人間よりもひどい死に方をしてもらうというだけのことなの。それはもう、壮絶なの」


 そんな罰ゲームがあってたまるか、という思いだった。だが、同時にその制約がこの馬鹿げた話の信憑性を裏付けているとも感じた。

それを聞いた瞬間、何か熱い衝動めいた何かが腹の底から沸きあがるのを感じた。


 昔からの悪い癖だ。なるべく怒気も不満も隠すようにしているが、時折それが爆発してしまう。人からはよく短気だと言われるが、口が止まらないのだから仕方ないとしか言いようがない。


「いいじゃないか、達成できれば今の生を捨てて転生、達成できなくても死ぬわけだ。あるかどうかも分からない異世界より、拷問されて殺されるって未来のほうがよっぽど現実味があるぜ。はは、これ実は危ない人達の作った殺し屋ゲームなんじゃないのか?」

「……」

「いつもそうだ。この世は不条理ばかりだ。何故なんて問いは聞いちゃくれない。真っ暗闇の中、救いの一本の糸を見つけ出したかと思えば上りきる寸前で糸を切られる。こんなオカルト話にまでそんな道理が通っているとは思わなかったよ」


 笑える。これには笑った。今日は笑顔の多い良い日だ。


「それで、返答は?」


 ミネルカの言葉に、もちろん僕は大きく頷いた。意識せずに頬がつり上がるのを感じる。


「ノーだ。こんなゲームを持ちかけるお前こそが悪魔だろう。ほら悪魔を見つけた。とっとと僕を元の場所に帰せ。話は終わりだよ」

「……そうなの。じゃあもう君に用はないの。もし気が変わったら、ミネルカを呼ぶといいの。そんな君も、このゲームの参加資格を持った一人なの。じゃあ、ばいばいなの」




 瞬きの間に、僕は数分前までいた丘に戻ってきていた。静寂の空間から戻ってきたからか、葉のこすれる音や風のうなり声が妙に大きく聞こえた。


「おい、オッサン。どうしたんだよ、ボーっとして」

「……ああ、恋塚」

「まさか本当に異世界にでも行ってたの?」


 はは、と軽い笑い声をあげる恋塚の台詞に、僕はついさっきまでいた不思議な空間を思った。


「いや……、夢でも見てたみたいだ。どうせならベッドで見るべきだった」

「なんだよ。眠くなったのか? 体力ないなー、オッサンは」

「オッサンだからね。子供は寝る時間だなんていうけど逆だよな。年を取るごとに夜に弱くなっていくよ」


 僕の言葉に恋塚はまた大きく笑った。そこでようやく僕は現実に帰ってきたんだと実感できた。思わず頬が綻ぶ。


 もうあの死のゲームのことは忘れてしまおう。そしてこの一風変わった新しい友人と共に新しい学園生活を満喫するのだ。

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