2012.10.31 有④ 01

 目の前に並べられた料理に圧倒されて、有は生唾を飲んだ。

 その音が聞こえたのか、正面に座っているあずきが手を伸ばして制止する。


「我慢して有くん。箸をつけたらダメだからね。こんなの注文してないから」


「はい、わかりました。店員さんに確認とってからってことですね」


 厨房の奥から、両手に料理を持った女性従業員が出てきた。一直線に有たちのテーブルに近づいてくると、彼女は不思議そうに首を傾げる。


「どうしたのよ。遠慮せずに食べてよ」


「でもですね」


 反論しようとしたあずきの出鼻をくじくように、従業員はあずきの前に料理を並べていく。持っていた料理の皿でいままで見えていなかったが、エプロンには『カレン』とカタカナで書かれた名札がついている。


「口答えする前に、食べなって。さめたら味が落ちるでしょ。それは、料理人に対する侮辱よ。女子高生だから、最低なことしても許されると思ってんじゃないわよ」


「女子高生がそんな特権持ってるとは思ってませんよ。単にですね、注文してないお料理が運ばれてるので、戸惑ってるだけです」


「あれ? 連れの男の子には説明したわよ。うちの店を守ってくれたお礼を運ぶって話したんだけどね」


 連れの男とは、勇次のことだろう。ただ、店を守ったとはなんだろう。


「詳しく説明をしてもらってもいいですか――あれ、あずきさん食べるんですか?」


「うん。理解したから。喧嘩したんでしょ、バカが」


 なるほどと有も納得する。勇次ができる人助けというのは、喧嘩を中心したものだと相場が決まっている。


「察しがいいね。いやさ、変な連中をあの高校生が全部追い払ってくれたんだ。君らが来る前、大変だったんだよ。料理を注文したのに、びびって帰る客がいたぐらいだし。客だけならまだしも、スタッフで逃げ出す奴もいるから、結局、休み返上して働いてるし、散々よ、散々」


 もしかしたらと、有の勘が働く。びびって帰った客が注文した料理が、いま目の前に並んでいるのではないか。破棄するぐらいならば、お礼と称して勇次らに振舞おうと。


「それで、勇次は怪我してませんか?」


「料理の感想よりも、彼氏が気になるんだね。あつい、あつい。夏場の厨房並にあつい」


「そんなんじゃありませんから。彼氏とかじゃないし」


「いやー、初々しいねぇ。ちなみに、彼女さんが食べてるの、精力がつく料理よ。いっぱい食べときな」


「ちょっと、子供の前でなに言ってるんですか。やめてください」


「いやいや、この年齢だと意味わからないから、大丈夫でしょ」


 期待に添えなくてごめんなさい。さっきまでアダルトビデオを探していた身ので、なんとなくわかります。とはいえ、知らないふりをする。黙って、目の前の料理を食べる。


「なんやこれ、うまっ」


 生の感情が、有の口からついて出た。

 それだけのことで、女性二人の眉が柔らかい形になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る