2012.10.31 銀河④ 05

「はい、もしもし」


『声裏がってるけど、大丈夫? そっちもやばい感じなの、やっぱり?』


「あれ? カレンさん?」


 カレンからの着信だとわかり、ひと安心した。頭が冷えたら、そもそも未来とは連絡先を交換していなかったと思い至る。にしても、カレンからの連絡というのも珍しい。初めてではないのか。


『多分だけどさ、あんたの揉め事のせいでさ、うちの店にも迷惑かかってんだけど。変な連中がいるんだよ。どうしてくれるの?』


「それって、どんな連中?」


『みんなお揃いで、スーツ姿の黒服にサングラスよ』


「ハローウィンのコスプレで流行ってるんじゃないですか? おれの近くにもいますよ。同じような格好した奴らが」


 銀河は冗談を口にすることで、本心の焦りを隠した。

 どうやって銀河のことを連中が探し当てたのかはわからない。案外、銀河の墓を用意していた別働隊が、偶然みつけただけかもしれない。

 なんにせよ、銀河の人生はもう終わってしまったのかもしれない。

 走れば、すぐにつめられる距離に敵がいる。

 いましがた自分で走って経験した距離だからこそ、諦めがついた。


「――」


 口を開いたが、銀河はなにも言えぬまま閉じていた。


『トリックオアトリート』


「なんすか、いきなり? カレンさんのイタズラならご褒美なので、お菓子あげませんよ」


『元カレがピロートークで言ってたんだけどさ。お菓子をくれなきゃイタズラするぞって訳は間違いなんだって。知ってた?』


「へー。興味ないですね」


『そう言わずにきいてよ。なんでもさ――ここで選択を間違えれば、お前を不幸にするぞ――みたいな脅し文句なんだってさ』


 嘘か誠かわからない話を信じている乙女の答えが気になって、銀河はたずねてしまう。


「トリックオアトリート?」


『あんたに言われるまでもなく、あたしの腹は決まってる。それよりも、あんたはどうなの? 楓ちゃんに会わないまま、不幸を受け入れるつもり?』


「なんで楓?」


『楓ちゃんは、銀河が嫌ってる稀有な相手だからよ』


「レアじゃないですよ。だっておれ、基本的に男は嫌いですから」


『男は好きじゃないってだけでしょ』


「ええ。抱けませんからね。ゲイじゃないし」


『それを言ったら、銀河は抱けるだけで女も好きじゃないでしょ』


「そりゃまぁ、恋愛感情は基本的にないですよ。あ? 傷つきましたか?」


『安心して、あたしにもないから』


「傷つくなぁ」


『嘘つけ。なんとも思ってないからこそ、あんだけセフレばっかり作れるのよ』


「もう説教やめてくれませんか。マジでこのあと怖い目にあうかもしれないんですよ。最後は優しくしてくださいよ」


『あんたが招いた結果でしょ。だからこそ、最高に嫌がらせしてやんないと』


「おれの知ってるカレンさんじゃないみたいだ」


『あんたがあたしの何を知ってるって言うのよ?』


「体を重ねた間柄ですよ。わかることもありますよ」


『なるほどね。一理あるかも。命の危機が目の前にあるくせに、どっか冷静でいられるあんたのことを理解できてるのは、そのせいかも。客商売やってるから、色んな人を見てきたけど、あんたほど自分自身を嫌ってる人間は見たことがないわ』


 グサリと刺さる。

 電話の向こう側にいるのは、カレンの声色を使うもうひとりの自分ではないかと疑うほどに、理解力がある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る