2012.10.31 銀河④ 03
「私はこんな形で、この町に戻ってくるつもりはなかった。川島疾風との再会はそれなりの舞台でと決めてた。本当にうまくいかないわ。あたしがレース中に事故を起こしたせいで、待つのも難しくなってしまったからね」
川島疾風とおもわず実名を出すほどに、未来は興奮している。
「難儀ですよね。ひとりきりじゃ叶えられない夢ってのは」
「しかも、戻ってきたら、疾風は朱美と別れてたし。なんなのよ、もう。だったら、プロになれ――」
話している途中で、未来はタイヤを回転させて走り出した。
信号が青にかわっている。
嘘だろ。話している途中でスタートするか、普通。そういう雰囲気ではなかっただろ。
完全にスタートで出遅れた。
急いで銀河も走り出す。
階段を段数飛ばしで駆け下りながら、未来よりも短い距離を進む。
スポーツテストで全種目平均以上の評価を得た銀河が、トップスピードになる。辺りを見回せる冷静さが、銀河に舌打ちをさせる。車椅子用の道で下っている未来の後ろ姿は、どんどん小さくなる。
いや、待てって。やばい。自転車並の速度は出ている。
勝てるわけが、ない。
必死になって走っているのが、途端にバカらしくなる。これは、ハンデを貰っていても、負けていたかもしれない。
だから、無理だ、無理。
やーめた。
本気になれたのは短い時間だった。ゆっくりとペースダウンして、歩きはじめる。そういう性格なのだ。ナンパだって引き際が肝心。泥臭いのは、モテないからしょうに合わない。
息切れもせずに無駄だとあきらめる。
何事に対しても、このスタンスだったら苦しまないのに、銀河も久我家の人間だ。叔母の久我朱美のように、夢みたいなことが起きるのではないかと、どこかで期待する部分が残っている。
セックスにおいて、銀河は生でやったことが一度もない。
最後の砦みたいなものだ。
もしかしたら、誰かと生でやれば世界が変わるかもしれないと考えている。
あるいは、未来が世界を変えてくれる相手だったのかもしれない。だとしたら、この勝負はどんな汚い手を使っても勝たなければならなかった。
失敗した。
そんな風に考えると、いままでだって、すぐに抱けなくて引き下がった相手が大勢いる。その中に、世界を変えてくれる運命の人がいたかもしれないのだ。
数々の美人が頭の中に浮かんでは消えていく。
久我朱美、空野聖里菜、あとは、えっと。
階段を歩いて下りながら、墓参りに来ている女性を視界の端でとらえる。清楚系の美人だ。名前はわかる。中谷家の墓の前で手を合わせているのだから、中谷オマンコさん。
声をかけてみようかと考えていると、頭の中で批判する声が響いた。朱美や聖里菜と比べて、ルックスも性格も落ちる女の声で『ギンギン!』と叫んでくる。
轟楓。
頭の片隅に居座っている。
『ギンギン、今日は学校来ないの?』
どうでもいい女を抱いているときにも頭の中で存在を主張するうざいやつ。
『ギンギンは、やっぱり他の男子とちがうよね。最高かよ』
やったこともないのに、銀河の中に居場所を作るな。
『じゃあね、また明日。ギンギン』
そういう関係になりたいと思ったことも、一度としてないんだよ。
『ギンギンに本気なの。なにされてもいいの!』
でも。
もしも、あいつと初めて生でやったとして、世界が変わったらどうしよう。
有り得ないとは限らない。
確かめておかないと、死ぬ直前になって後悔するかもしれない。
そうだよ。
死ぬ間際に楓のことなんざ考えたくないので、抱いておくべきだ。
進行方向で大きな音がして、銀河は楓を一瞬で忘れた。
『ギンギン――』
うるせぇ。
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