2012.10.31 有③ 06

「あずきさんに指一本でも触れたら、中谷勇次が黙ってないですよ」


「あ? どっかで聞いた名前だな。誰だった、それ」


「チンピラです」


「どこにいるんだ、そんなやつ?」


「AVコーナーですよ」


 答えた瞬間、有がもたれかかっている柱が震えた気がした。その原因に、あずきは気づいたのか、勝ちを確信したように微笑む。


「ちがうよ、監督くん」

 あずきは天井を指さす。「あのバカは、上にいる」


 間抜けな顔で、全員が上を向く。

 成人男性をゆうにこえる高さのレンタル棚を乗り越えて、アダルトコーナーから、勇次が飛んできた。


 なるほど。

 勇次が柱を蹴って、壁を駆け上っていたから柱が揺れたのか。


 着地場所をドラキュラの体に選んだだけで、彼は悶絶して倒れていった。


「で? あとは、お前だけなの?」


「なんだてめぇ。曲芸披露して調子のってんじゃねぇぞ、クォラァツ」


 相方をやられたフランケンは、戸惑いを怒りで誤魔化したように見えた。


「うっせ。大声出す前に、質問に答えろって。他に仲間いるのか、いないのか?」


「外にいるぜ。何十人もな。お前、今日、死んだぞ」


「嘘っぽいけど、まぁいいや。全員、連れてこいよ。半殺しにしてやるから」


 脅し文句の途中で、勇次はあくびをした。

 何十人相手でも問題なく倒せるのだろう。


「強がってんじゃねぇぞ。後悔させてやるからな、ちょっと待ってろよ、おい」


 言いながら、仲間を放置してフランケンは走り去っていく。


「しかし、何十人もいるのか。運動したあとの飯はうまいから、楽しみだな」


「てか、あいつの嘘じゃないの。本当は、そいつを置いて逃げただけなのかも」


 勇次とあずきは悠長に話している。高校生ってこうなのか。それとも、この二人の日常が異常なだけなのか。とにかく、有は気が気でなかった。


「本当でも嘘でも、どっちでもいいでしょ。とにかく、ここから離れるべきです」


「いや、嘘だったら困るって。いまはまだ腹減ってねぇんだ。あずきが飯を奢ってくれるんだったら、腹減らしてから食いたいし」


「ちょっと待って、いつあたしが奢るって約束したの?」


「それで、助けた貸し借りなしにしてやろうって言ってんだよ。わるかない条件だろ?」


「納得はいかない。でも、あたしも食べたいものあるから、行こっか」


 あずきが先を歩きだしたので、勇次も続く。有の説得はいまいち効果なかったのに、あずきには素直についていくようだ。

 歩きながら、勇次は持っていたDVDを手近な棚に置いた。

 一番上になっている商品のタイトルだけは見えた。


『可憐な女子高生の割り切り放課後総集編』


 これにスカイフィッシュがうつりこんでいたのかは不明だ。

 案外、勇次の性的趣味で選ばれただけかもしれない。

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