2012.10.31 疾風③ 05

 高校の入学式の日に、疾風はヒッチハイクしていた少女を助手席に乗せた。

 そこから、何度リピートして助手席に同じ女性を座らせただろう。

 美少女が美女に変化していくのを運転席から見届けさせてもらった。


 朱美と出会ったとき、雨だったのを覚えている。

 雨に濡れるのがいやで、疾風は父親の車を運転して学校に向かっていた。

 疾風が幼い頃に、父はスポーツカーを新車で購入した。ガキだった疾風に、チューニングの計画を嬉しそうに話していた。

 だが、仕事の都合で父は、家にほとんど帰ってこれなくなり、車の改造は絵空事で終わった。


 幼い疾風は、父との約束を守り、月に一度か二度、車のエンジンをかけていた。

 やがて身長が伸びてきて、ペダルやステアリングに手足がしっくりくるようになった。そのとき、疾風はあの父親の息子なのだと、いやがおうでも自覚した。


 好奇心を抑えきれず、車で家から一番近くの自動販売機にジュースを買いに行った。慣れてくると、どんどん遠出をしはじめる。中学を卒業する前に、疾風はマニュアル車の運転を覚えていた。

 高校入学式の日の早朝、疾風は車の中で眠っていた。

 場所は、近所の山の登り口近くのバス停にもなっている駐車場だ。制服に着替える前に、睡魔に負けて、うとうとしていた。


 窓を叩く雨が激しくなったと思い、目を覚ます。

 傘をさした女の子が窓をノックしていた。

 黒い長髪に、白色の細いリボンが結われていた。窓を開けると、彼女ははにかむような笑顔でこう言った。


『この制服の高校わかる? そこの近く通ったりするんだったら、乗せてよ?』


 ヒッチハイクなんて、反則だ。

 こんな出会いがあるのかと、痺れた。


 思い出が美化されているというのもあるだろう。

 それを差し引いても、インパクトが強すぎた。助手席に乗せる以外の選択肢なんて存在しない。これから通う高校の女子に圧倒された。

 この大胆さ、綺麗さ、色っぽさ、同い年ではないな。上級生だろう。

 やべぇぞ、高校生活って。おら、ワクワクすっぞ。


 ドライバーの興奮とは裏腹に、車はガタガタと振動した。半クラ中にエンストしたぐらいだ。

 車が停車しても、運転手自身は半クラ状態の車みたいに、ガタガタと震えていた。

 美人に免疫がない疾風は、ろくに話もできぬまま、学校の近くで美少女をおろした。名前をきいておけば良かったと後悔しながら、いそいそと制服に着替えて登校した。


 遅刻することなく教室に入る。

 なにげなく教室を見回すと、隣の席を見た瞬間に固まった。さきほどのヒッチハイク美少女と会釈する。

 思いがけない再会。面くらいながらも、いまさらながらに自己紹介をする。


『川島疾風? 速そうな名前だけど、赤は止まれだからね。あたしは久我朱美。今朝のあれ、ありがとう。かっこよかったよ』


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