二魂一体

「どういう、とは?」


 乙女──からすの姉サンは小首を傾げて問い返した。少女はひばりのワンピースの硬い生地をじろじろと見た。ひばりが怯えて二三歩後ずさると、少女はふん、と鼻を鳴らした。


「古いスタイル……青小花のタフタ……やっぱり! この服、雲雀ひばりの姉サンの詩じゃないですか。こんな来たばっかりの奴に譲るなんて!」


「いいじゃない」


 烏の乙女は強気に言い放った。少女の素朴な眉が跳ね上がる。


「雲雀の姉サンの大好きな”シジツ”とやらに沿うならば、あの人の詩はアタシが貰うべきでしょう!」


 烏の乙女は頬を赤くして口を開いたが、少女の目が潤んでいるのを見て戸惑ったように口を閉じた。土色の瞳から涙が流れる。烏の乙女は諭すように言った。

 

「この詩は別よ、あんずちゃん。旅上……この詩がどんな詩か、知らないわけじゃないでしょう?」


 あんずは顔を滅茶苦茶にこすると、ため息を吐いて、小さく頷いた。


「とりあえずお座りなさい、ほら、ふたりとも」


 震えながらしゃくりあげているひばりと、赤く腫れた目でひばりを睨むあんずを隣同士に座らせて、烏の乙女は向かいに腰掛けた。


「誤解がないようにしましょうね。ひばりちゃん、こちらは抒情小曲集のがある。皆からは、あんず、と呼ばれているわ」


「ひばりって、それ、本名?」


 ひばりはふるふると首を振った。


「烏の、お姉さんがつけてくれた」


 あんずはダンッと机を叩いて立ち上がった。白く筋の浮き出た拳が震えている。


「姉サン……あなたという人は……っ!」


 烏の乙女は謎めいた微笑みを浮かべて続けた。


「あんずちゃん、こちらは月に吠えるのがある。生前はお洒落ができなかったそうだから、色々教えて差し上げてね」


「月に、吠える」


 あんずは呆気に取られたように座りこんだ。静かになった部屋の中にひばりのすすり泣く声だけが響く。


「月に吠える、とか、純情小曲集、とか……なんで、私怒られなきゃ、いけないの?」


「アタシが!」


 あんずは苛立つように怒鳴ったが、ひばりが怯える様を見て言葉を切った。深呼吸して座り直し、真正面からひばりを見つめる。


「怒ってるのは君にじゃないし……もう、怒ってないよ」


 あんずは乱れた髪を掻き上げると、懐から一冊の本を出した。白地に鶏や果物かごなどが描かれたはこに収められたそれをなぞりながら、あんずは言った。


「アンタがここへ来る前、一人の少女がいたの。その少女が着ていたのが、純情小曲集。純情小曲集のがあるは雲雀、と呼ばれていた」


 ひばりが「ひばり、」と繰り返すと、あんずは頷いた。


「そう、雲雀。アンタと同じ。雲雀の姉サンがいなくなって直ぐにきた少女がひばり、だなんて呼ばれていたら、誰だって怒ると思うね。特にアタシは、姉サンの親友……だったから」


「じゃあ、私たちも、親友になるの?」


 ひばりの言葉に、あんずは気色ばんだ。


「どうしてそうなるのさ」


「お姉さんは、私とあんずちゃんに仲良くしてほしくて、ひばりと呼ぶことにしたんでしょ?」


 突然話を振られた烏の乙女はびくりと肩を震わせて、


「……そうよ」


 その返答に、あんずは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……アタシたちの間では、親友という言葉は使わない。二魂一体の友、と言うの。詩の上での二魂一体。わかった?」


 ひばりは神妙に頷いた。


「私とあんずは、ニコンイッタイ。詩の上での……」

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