(1)
《住宅エリア》
「……ちゃ……ってば!」
誰かが肩を掴んで揺らしている。少しずつ目を開けていくと、りょうさんがいた。
「タケルちゃん! 大丈夫?」
「え、あれ……」
いつの間にか、辺りは静かな町に戻っていた。あの少年や灰色の空間はどこにも見えない。
「俺……いつから寝てました?」
「分からないわ。あたしが戻ってきた時にはもう気を失っているように見えたから……ねぇ、そんなことより! ルリカちゃんが連れて行かれたの……っ」
「え? どういうことですか」
「いきなり沢山の人が来て……恐らく従業員だと思うわ。あっという間に連れて行かれちゃったの。一人じゃ何もできなくて……ごめんなさい」
「りょうさんは悪くないですよ。早く助けに行きましょう」
「でも、どこに行ったか分からないわよ」
その時、ピロリンリンと端末が鳴った。
「あれ? 問題はさっきので終わりじゃ……これは!」
あの子は硝子の城にいるはずよ。あそこが始まりの場所で、全ての終わりの場所だから。
あるべきものを、あるべき形へ。それが全てを導く鍵よ。
貴方なら大丈夫。どうかお願い。皆を助けてあげて。
誰からのメッセージだ? 俺を知っているかのような口ぶりだけど。
「硝子の城? そんな場所、地図に無いわよ」
「えっ? どうしましょう……誰かに聞いたら答えてくれますかね」
「やってみるしかないわ。もし教えてくれなかったら、殴ってでも突き止めてみせるから」
「あの……りょうさん」
「ん? なぁに」
「さっきの大丈夫でしたか?」
「……ええ、平気よ」
笑ったつもりだろうけど、何かを堪えているように見える。それを追求したかったけど、今聞いてもすぐに解決できる問題じゃなさそうだ。それよりもルリカを優先しなくちゃ。強い子ではあるけど、こんな方法で無理やり引き離されて、不安に思っていないはずがない。今度の誘拐は、お遊びとは違うんだ。
でも急にどうしたんだろう。嫌なことばかりが続いている。ここに来てしまったから? 問題が最後だから?
――俺達が招かれざる存在だから?
《住宅エリア マンション裏》
「お前のタイプはああいう人なのか」
「な、何言ってんだよ? いきなり何の話だ!」
「随分熱心に見ていたから、そうなんじゃないかと」
こいつは何を言っても、予想通りの答えが返ってくる。本当に分かりやすい。
「からかうなよ……お前が見張ろうって言ったんじゃねーか」
「はは。でもせっかくの遊園地なのに男と回った挙句、ずっと監視ってのも飽きてきたんじゃないか?」
「ま、まぁな。でも遊びに来た訳じゃないんだし、その辺は諦めてるっつーか」
「せめて可愛い女の子でもいれば良かったな。あの子は可愛いけど子供だし。俺の恋人を連れて来れば良かった」
「へ? あ? 今なんて……」
「あれ、言ってなかったっけ」
「うそうそうそうそ。いやお前ならいてもおかしくないけどさ。全然そんな素振り見せなかったじゃんか!」
携帯を取り出して、二人で写っている画像を見せる。
「おいおい、外人じゃないか」
「彼女は数年前に留学生として近所に引っ越してきたんだ。今はまた母国に帰ってる」
「金髪……スタイル……す、すげぇ美人」
本当にからかいがいのある奴だ。しょぼんと、うな垂れた顔を見ていると、笑いが隠せない。こんな雑な画像編集に引っかかるのはこいつぐらいだろう。
「あれ? お前携帯使えないはずじゃ……」
「あっ……」
「あっ! って何だよ。つーか今笑ってたな?」
「ぷっ……ははっ、いちいち面白い奴だな。さすがに騙されないと思って、ボツにしようとしてたのに。ま、俺はこんな画像を作れるぐらいには使いこなしてるよ。あの場では使えないとまで言った方が、信じてもらえると思ったからな。実際信用してただろ」
「な、なんかそんな風に言われるとイラッとすんな。あの時のお前はすげぇいい奴だったのに……返してほしい。って今画像を作ったって言ったか? おい!」
芸人並みにリアクションしてくれるので、そろそろチップをあげてもいいかもしれない。
「お前、俺で遊びすぎなんだよ……くっそー。他にも隠してることないだろうな? 篠宮」
演技をするのが隠していることになるのなら、俺はいくつの嘘をついたのだろう。反対に素の自分は、いくつの真実を伝えられたのか。
「初めにお前の名前を覚えていなかったのは本当だ」
「そ、そういうのは言わなくていいんだよ……」
不満そうに呟くと、再び顔を出して三人の方を覗いた。あちらからはこっちが死角になっていて、見えないはずだ。隣で同じように目で追いかける。
「あの三人クリアすると思うか?」
「うーん。順調に進んでるみたいだし、いけると思うけどなー」
「じゃあ賭けてみるか?」
「えっ」
森下の驚いたような目を見て、体の温度が少し下がった。今あいつが、自分に乗り移ってきたかのようだった。
「……自分でも驚いた。でもあいつとはそれなりに長く過ごしていたから、似た部分があるのかもしれない。不本意だけどな」
今でもすぐ脳裏に浮かぶ。あの時のことは自分にも予想外で、当然森下もまだ傷は癒えていないだろう。
「ごめん……」
「いやお前は悪くないよ」
その空気を断ち切りたくて、少し前から感じていた違和感を口にする。
「クリアするかしないかは一旦置いといて、異変に気づかないか」
「えぇ? なんのことだ」
身を乗り出して、町の方を見た。正解に辿りつけなさそうな顔をしている。
「人が明らかに減ってるだろ」
「うっそ……本当に?」
「俺も初めは半信半疑だったよ。広いから散らばってるだけだって。……でも、今までの道を思い出してみろ。問題を解いている人間なら必ず通る道、そこを歩く人数が明らかに少ない。問題はたったの五個だ。知らない環境に連れてこられて、いきなりチュートリアルを無視する人間がそんなに多いとは思いにくい」
「えぇー? 詰まってるだけじゃねーの。別にこれだけ色んな施設があれば好きなとこ行っちゃってもおかしくないけどな。まぁーでも、ここにいるのがあいつらと俺達だけってのはちょっと変かも。そう言われてみると、確かに全然他の人とすれ違ってないな」
息子といっても奴が何をしているのか、結局ここは何なのか、何も知らなかった。例の学校が偽物で、遊園地の一部だとはなんとなく聞いていただけで、こんな世界が広がっているとは思わなかった。もう立場は招待された客と変わらない。
「勘違いかもしれないけど、客が消えているとすると……」
「あいつらと同じようになった可能性が高いって?」
頷いて答える。
生徒達、箱の中へ落ちていった同級生は、ジョーカーと同じ存在に変えられたのだと思う。結局残ったのは俺と森下だけで、あの場にいた他の生徒も連れ去られてしまった。ジョーカーよりも簡単に作れる機械は、ここの従業員として使われている。ここまで来る間にも、恐らく彼らから作られたのではないかと思う機械がいくつか見つかった。
ジョーカーが言っていたお礼とはつまり、ここで永遠を生きられるということだ。遊園地の内部にいることが既に褒美になっている。彼らは何も知らないまま、学校から必死に出ようとしていた。
「消えている理由は恐らく、リタイアになったからだ」
「リタイア? 問題を間違えたりしたってことか?」
「俺達が入った時にいた人間をクリア後に見ることはなかった。単に時間がかかってるだけかもしれないけど、ちょっとおかしいだろ。中で何かあったと考えるのが自然だ。他の客と会わないようにしてあるから想像することしかできないけど、問題がある以上間違いも存在するからな。リタイアというものに分類される人が出てきてもおかしくない」
「うーん、でもそんな酷いことするかぁ? リタイアなんかされたら、もうここに来たいとか思わなくなるけどな。リピーター客ってのが大事なんだろ?」
「まぁな、普通の遊園地ならそうだ。でもここは……そもそも帰れるか分からない」
「こっわ」
「俺は少しだけ裏道に心当たりがあるけど、確実に安全だという保証はできない。お前を帰せるようには頑張ってみるつもりだけど……んー、このままクリアを目指してもあまり進展がなさそうに思えるな。また新しいゲームが続けられるのかもしれない。ただ遊んでるだけじゃ、秘密は暴けない」
森下の方を見ると、得意げな表情をしていた。
「つまり、わざと負けてみるってことだな? 正攻法じゃなくて裏技を利用する感じ。お前ゲームやる時はめっちゃ攻略見てそうだもんな。最初から宝箱全部探しに行くだろ」
「何の話だ。俺は一通り何も見ずにやるぞ。二週目からは見るけど……。で、やってみるか? 何が起きるか分からないけど」
「ああ、乗ってやるよ。やめるって言っても、どうせお前一人でやっちゃいそうだからな」
「はは、まぁな」
「でもリタイアの方法ってどうやるんだ? できないーって言えばいいのか?」
「単純に間違えればいいんじゃないか」
「とりあえずやってみるか」
立ち上がると、上に向かって手を振った。
「リタイアリタイアー降参だーもう分かんねぇ! お手上げだー」
ぶんぶん雑に手を振っていたけど、何も起こらない。
「やっぱり問題の場所にいることが最低条件なのかもしれない。ここはどう見たって違うし。観察は終わりにして、行ってみるか」
マンションから出ると、いつの間にか彼らはいなくなっていた。先に行ってしまったのだろうか。
「あれ……」
森下が止まった。どうしたんだと目を向けると、そこにはあいつが立っていた。
「ジョーカー……?」
その顔は、あの時と同じだ。優しくて少し悲しそうな笑み。思わず見つめていると、背を向けてどこかへ歩き出してしまった。何かに取り憑かれたように、一心不乱にジョーカーを追いかける。
角に曲がったと思ったら、突然フッと姿が消えてしまった。森下と顔を見合わせる前に、黒い穴が足元に現れた。
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