人魚姫の歌声
エリアの左側、木に囲まれたジャングルのようなところに、五階ぐらいの建物があった。一応窓はあるけど真っ黒で、中の様子は見えない。
「なになにー、ここもプールなの?」
「海とかプールって、結構体力持っていかれるよねぇ……」
「俺は少し休ませてもらうぞ」
「えー、ゆーやんも入んなきゃ意味ないじゃん!」
ずっと三人でいたからか、四人も増えると賑やかだ。それでも微妙に前列と後列に分かれてしまっている。両隣りは相変わらずの二人だった。
さっきのことは、秘密にしておこうとルリカと決めた。言ったところで困らせるだけだろうし、こちらとしても上手く説明ができそうにない。何か起こるのだとしたら、本来イレギュラーなはずの自分達だ。だからその時まで黙っていよう。余計な心配をかけたくない。
「番台……?」
ガラス製の自動ドアが開くと、懐かしさを感じる光景が広がっていた。
今ではもう使われてなさそうな番台と木の靴箱。上から男女と書かれたのれんが垂れ下がっている。靴箱は開くけど、靴を脱げ等は書かれていなかった。
のれんもただ飾っているだけのようで、男女に別れる必要はないみたいだ。すでに向こう側が見えてるし。もちろん脱衣所ではない。でも気持ち的にはなんとなく落ちつかなくて、男の方を通って入った。
むわっと熱気が顔に伝わってくる。まず目に飛び込んでくるのは、気持ちよさそうに笹を食べているパンダ。リアルではなくデフォルメの、むにゅっと可愛らしい感じだ。もしかしてここのオリジナルキャラクターだろうか。お土産コーナーに沢山いそう。
そのパンダがゴツゴツとした石のお椀みたいなものに入っていて、湯気がそこから出ている。その中は湯が張っていて、触ると暖かかった。入り口の感じからして、銭湯ということでいいのだろうか。まぁビーチから続いているから、温水プールという認識でもいいか。
壁際には竹が飾られている。部屋は全体的にアジアンなデザインだ。
「あ、説明がありますよ」
「一階がパンダ風呂、二階が女神? 三階が王宮、四階がギャンブル、五階がゲームセンター」
「バラエティ豊かですね」
「うーん、行ってみないと分からないなぁ」
とりあえずパンダは置いておいて、二階へ行くことにする。エスカレーターが設置してあったので、水で壊れないのかと不安になった。
くもりガラスの自動ドアが開いて次に見えたのは、このエリアに入る前にあった人魚像を小さくしたようなものだった。入り口で見たやつだ。中心に女神像が追加され、それを囲むように人魚が配置されている。キラキラ度や豪華さは負けていない。
その後ろでは、これまた芸術的に美しく設置されたウォータースライダー……。
「おおーあれはすごいなぁ」
「やばーい、あんなでかいの見たことない! 早く行こ!」
「あら、タケルちゃんは行かないの?」
「い、行きますよ……」
重い足取りで進む。皆にバレないように溜め息を吐いた。今までなかったから油断していた。まさかここで会ってしまうとは……今まで奇跡的に避けられていたアトラクション、そう絶叫系だ。ホラー系もあれだが、基本的に俺はゆったりと刺激のない世界を望んでいるので、こういうのは苦手だ。
地図を見た時にチェックしていたけど、そういう激しいアトラクションを中心に集めたエリアもあるらしいから、わざわざ他のところにはあまり作らないのだと思っていた。
まぁでもプールだし、ジェットコースターよりはマシだろうと考えていた自分の浅はかさを呪いたい。目の前ではバビュンと凄いスピードで、四人目が消えた。
「ほら、どうぞ」
「ええ……や、やっぱりパスで」
「行かないの……?」
「あ、いやその……」
「ルリカちゃんも身長制限ギリギリなのよ。誰かがついててくれないと心配だわ」
「じゃあお二人でどうぞ」
「ルリカちゃんは小さいから、二人で挟んでおいた方がいいでしょ。あたしも乗るわよ」
「わ、分かりました……」
ゴムボートに座って手を離した瞬間、あっという間にトンネルの中まで進んでいた。
「うわぁぁあっちょっ……! ま、ま、ま、待って……止まって、止まれぇぇぇ」
「あはは、止まるわけないでしょー」
ルリカの方を見る余裕もなく、右に左にぐんぐん進み、振り落とされそうになるのをなんとか耐える。明るくなったと思ったら、ラストはプールの中に投げ出されてフィニッシュ。
「ああ……生きてた……生きてる、よな?」
「もーう大袈裟ねぇ」
「ルリカは……? どこに……」
「あ、あっちにもいっぱいある!」
パシャパシャと泳いで、新しいアトラクションを指差した。恐ろしい子……!
「きゃー、めっちゃスリリングやばー」
「わぁ、あっちにあるのメリーゴーランドですよね? プールの中にも入っているんですね」
「いやいや、普通ないから」
「ほ、ほらルリカ。そういうのもあるみたいだし、一旦それで休憩しよう」
「……うん」
どこかを見ながら空返事をした。同じように上を見てみると、天井はオーロラのような空が映っている。
「おお、綺麗だな」
ルリカはじっとそれを眺めていた。顔の表情は少しこわばっているように見える。手を繋ぐと、ふっといつもの顔に戻った。
メリーゴーランドの方まで移動すると、まだまだアトラクションがあるみたいだった。
「この中は荒れ狂う海を冒険する棺アトラクションです……何かしらこれは」
端末で確認すると、棺をボートのようにしながら説明の通り、水の中を進んでいる映像が出てきた。全身濡れるとかそんなレベルではない波に襲われるらしい。怖い。ちなみに最初は棺を閉められたまま、ベルトコンベアで海まで運ばれるらしい。怖い。
一通りプールやアトラクション堪能して、次の階へ上がった。
「王宮って言ってましたからね」
どんなもんかと思いきや、とっても分かりやすく黄金の扉が出迎えた。同じように金で造られた部屋を抜けると、ここでは女性と男性に分かれなくちゃいけないようになっていた。
「あたしもこっちなの? 仕方ないわねぇ」
男四人と女子三人に別れて、穴の中を通った。そのまま歩いて見えてきたのはガラス張りの、薔薇が浮いている風呂。床は赤紫色の大理石だった。
「ははーん、タケルくんはこれが女湯だったらって思ってるなぁ?」
「何ですか急に。べ、別に思ってませんし……」
「そんぐらいの子はもっと素直でもいいと思うんだけどなぁ」
「おっさんセクハラだぞ」
「おっさんはひどいなぁ、おっさんは……雄くんとそんな変わらないはずだよ」
「こいつから見たら大体おっさんだろが。……あんただってまだ若いんだろ?」
「あら、そんな風に見える? 嬉しいわぁ」
コソッと雄さんが耳元に寄ってきた。
「コイツもよく分かんない野郎だな」
「ハハハ……」
いくつかの高級風呂を抜けると、足元に柔らかい絨毯が敷かれた部屋についた。そこにも扉が一つある。
「ん? なんだろうこれ」
先に開けた高村さんが首を傾げた。後ろから中を覗いてみる。
「トイレ……?」
床はタオルのような手触りの敷物。そこに設置されているのは大量のトイレ。しかしただのトイレではない。高級ホテルにありそうな、美しいトイレ達だ。ほとんどむき出しだけど、まれに個室もある。
真っ白な陶器から、金色の便座まで。計算された照明のせいか……それでもまさかトイレがこんなに綺麗に見える日が来るとは思わなかった。変に感動してしまうと、一種の芸術のようにも見えてくる。
むき出しはのは捻っても水が出ないけど、個室のものはちゃんと機能しているらしい。しかし使った形跡はなかった。
「だから男女別れたんですかね」
「なんだこれ……気持ち悪りぃ」
「現代美術ってやつかな」
「あら、まだ先があるみたいよ」
今度は銀の扉。触るとギィィと重い音がする。あまり広くない部屋だ。薄暗い。ゾンビゲームに出てきそうな古臭さと怪しさ。照明も壊れていて、壁の割れたタイルが寒々しい。
まだ綺麗な銀色の小便器と、見慣れた白い小便器があった。白い方は半分割れていたり、血のようなものがついている。あちこちが錆びているので、お化けが出てくるにはぴったりなスポットだ。その便器の先には謎のオブジェがあった。謎と表現するしかない。人みたいな、悪魔のようなものだ。
「やだ……なんか不気味ね」
「こんなところじゃ出るもんも出ねえよ……」
次の扉を開けてホッとした。この階に来た時に入ったような、普通の部屋だ。ここで終わりのようで、ソファーに座りながら三人を待つ。
向こう側も基本は同じようなものだったらしい。金色のトイレ部屋もあったと。でも銀の部屋は怖い場所ではなくて、メルヘンで可愛らしい部屋だったようだ。宝石やぬいぐるみに飾られた、まるでお姫様用の……トイレが一つあったらしい。
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