(2)

これからどうしたら……。俺は……いつも他力本願だな。俺は今まで何をしてきたんだ? あんな箱に落とされた人達の為に何かできたか? 俺は逃げてきただけだ。

最初に篠宮を信じていたのは、信じない理由が無いからだった。圧倒的な力の差を思い知らされて、そんな人間には従うしかない。平凡な人間だったら、篠宮の方が弱かったら……。

俺は篠宮の涙を見た時に、同じだと思ったんだ。俺より全然強くて凄いけど、できないことも沢山ある人間。全てを曝け出してくれたから、やっと対等になれた気がした。だから俺も思ったんだ。今度は、俺がお前を守らなきゃいけないって。

篠宮達が負けていいはずがない。俺は何も知らない。だからこそ、何でも言えるんだ。何でもできるんだ。暴れたら、大声を出したら、爆破するのかもしれない。でも俺はそんなこと知らない。篠宮達ができないなら、俺がむちゃくちゃでもぶつかるしかないんだ。

「工藤は、何が目的なんだ」

「なに、篠宮はもう終わりか? つまんないの。目的って……決まってるだろ、僕を残して全員落ちろ。子供騙しのゲームなんてもううんざりだ。さっさと出たい。お前ら全員僕より下だと自覚した上で落ちてくれ。僕は代表者として出て行くから」

「お前だけが残れば満足なのか」

「……森下。篠宮に認められたからって、お前は残るべき器じゃないよ? 僕の中ではとっくにあの中なんだよ。そんな程度の存在で話しかけないでくれる?」

「っ……なんだよそれ!」

「落選組のくせに図々しいなぁ。せめて自覚してくれればまだマシなのに。本当に価値があるって思っちゃったの? まぁ運だけはあるかもね」

「今日で最後だから焦っていたのか?」

「……はぁ? 急に何言い出すの、違うよ。別に焦ってなんかない。邪魔な奴を早く排除したかっただけだ。このガムテープを剥がした後はお前達だったのに。最後の一手で予想が外れちゃった。まぁいいか。なぁ良いだろ? あの飾り方。バカでも黙ればまだ見られるようになるよね。全員紐に繋いで、一気に落としてやろうと思ったのに」

冷たい目でこちらを見る工藤は元々こうだったのか? いや、違う。だって最初は……。

「初めて話した時のこと、覚えてるか」

「……なんだよいきなり。説得しようとしても無駄だぞ。邪魔なら僕を落とせばいいじゃないか。今なら簡単だぞ」

「理科室に忘れた筆箱を、持ってきてくれたんだ」

「……やめろ……よっ」

「その時から良い奴だなって思ってて、もっと話せたらいいなって……考えていたのに」

「黙れ……黙れっ!」

「結局あんまり知らないまま学年が上がっちゃって……でもまた同じクラスになったんだ。俺はずっと、話すタイミングを待っていた、のに……」

こいつと一緒のところを見られるのが恥ずかしいとか、そこまでじゃないけど、なんとなくそれを感じることもあったりして。そんなくだらない世間体なんて捨てて、素直になれば良かった。俺はかっこ悪いくせに、それを必死に見せないようにしてきた。かっこ悪いことなんて、皆からはバレバレだったのにな。

俺には守りたい程の何か。犠牲にしてまで大切にしたいものなんて、持ってなかった。でもここに来て、全員と住むことになってから……少し変わっていったんだ。一人一人が消えていく。価値がないとか、必要ないとか、そんな勝手なレッテルを貼られていた。友達も救えなくて、自分が目を背けていたことにやっと気づいた。かっこ悪いとか、そんなもの気にしてる場合じゃないんだ。どれだけ見苦しくても、守りたいから。

「俺は必要の無い人間なんていないと思ってる。だからお前がどう言おうと、お前もここから一緒に出てもらう! 汚い事、最低な事……お前が何をしたのか、全ては知らない。でもそれが悪い事だと分かっているなら、その罪を認めるなら……それを背負っていかなくちゃ……っ、工藤! 俺は……お前に生きてほしい。皆に謝って、生きていくことが償いだ。逃げるな……逃げたら本当に忘れちゃうぞ……っ、もっと見てやれ、自分の中を!」

「……森下」

「生きろよ……絶対に! 自分を捨てないでくれ」

――そしたら、今度は俺から友達になりに行くから。


急に肩を掴まれてバランスを崩しそうになった。

「森下! やっぱり例の少年はいるかもしれないな!」

「わっ! 急になんだよ」

さっきまで項垂れていた篠宮は、スッキリした顔をしている。

「少年は……いませんよ。どこにもね」

「いるよ。少なくとも俺達にとって、森下は勝利の女神だ」

「女神って……」

「お前を信じて良かったよ」

「篠宮……」

「そうですね。我々にとっては貴方が……道を開く鍵だったのでしょう」

「二人とも立ち直るのが早いな。良い案でも思いついたのか?」

篠宮はともかく、ジョーカーまでもニヤリと口角を上げた。

「あれは演技だ。騙されっぱなしはムカつくからな。一杯食わせてやったんだ」

「ジョーカーの活動を私が把握できていないはずがありません。一番裏にいたのは私なのですから。そんなことが起きればすぐ気がつくに決まってます」

「じゃ、じゃあわざと黙ってたんだな! ……ったく、何回騙すつもりだ」

まぁいいか。今はなんだか不思議な気分だ。ここに来るまで、俺がこんなことを言えるなんて思ってなかった。会えて良かったと、心から思う。

「ジョーカー」

振り返った目を見て、しっかり頷いた。

「ジョーカーは0じゃないよ。32番目だ」

「このクラスは31人ですよ?」

「もう、一緒だろ。ジョーカーは仲間だ」

「森下君、ありがとうございます……っ」

「じゃあ、そろそろ行こう」

校庭へ向かう途中で、ジョーカーが足を止めた。屈んで体育館の壁を軽く叩くと、小さな機械が現れた。

「緊急用に作っていた道を開けます」

いくつか数字を打ち込むと、ピッと機械音が鳴った。一人がギリギリ通れるぐらいの隙間が下に開く。

「ここから行ってください。道はすぐに分かるはずです」

それを一目見た後、体の向きを変えた。ふらりと横を通り過ぎる。なんとなく嫌な予感がして呼び止めた。

「どこに行くつもりだ?」

「……貴方も早く。入ってください」

完全に後ろを向いてしまった。どんな表情をしているのか分からない。

「もしかして、来ないつもりか?」

「……お世話に、なりました」

「……っ」

答えになっていない。どういう意味だと近づこうとすると、手で制されてしまった。でもその顔は優しいままだ。

「最後に人間らしいことができて良かったです。このままでは機械よりも、機械らしく終わっていたはずですから」

「何言ってんだよ……一緒に行くんだろ! 最後って……そんなの」

「私は行けません。ですから早くここから」

「森下……、行くぞ!」

「見捨てるのか! どうして来られないんだよ……嫌だ……ジョーカーも一緒じゃなきゃ!」

「早くしないとあいつが来る!」

引っ張る篠宮に逆らって、必死でジョーカーに呼びかける。

「ジョーカー! 早く、こっちに……っ」

ピチャ、ビチャビチャ……。上から何かが降ってきた。両手が赤に染まる。なんだ……この、生暖かいものは……?

「……えっ」

様々な角度から現れた鉄の棒が、ジョーカーの体を貫いていた。まるで操り人形のように、宙に浮かんでいる。

「あーあー、やれやれ……こんな面倒なことをしなくても、この章で終わりだったのに」

「誰だ……っ」

真っ黒なシルクハットに足元まであるマント。その顔は影になっていて見えない。

「格好つけて勝手なことをするなんて、道化師としてあるまじき失態だ。少しは期待していたが、やっぱり生身の体は欠陥ばかりだな。こんなことをしなくても、もう君達は出られたのに。準備は整ったのだから」

「何、言ってるんだ……あんた誰だよ! 早くジョーカー助けないと!」

「まぁいいか。結局はただの暇潰し。時間稼ぎだ。少しの余興ぐらいにはなったかな。裏切り者は受け入れてもらえないと理解して死を選んだことは、少し評価できるけどね。……ああ、私かい? そうだね……ついに名乗ることができるんだ。私はここの支配人。私の世界へ、ようこそ」

こんな時に優雅にお辞儀をする男を睨んで、ジョーカーの元へ走った。

よく見ると棒はそれぞれにトランプのモチーフがついていた。全てが真っ赤に染まり、体を突き刺している。

「ジョーカー……待ってろ、今助け……っ」

「……すみま……せん。でも、いずれは……こうなっていましたから……私は……貴方に会……えて、良かっ……た……」

「嫌だ……っそんなの! まだ……一緒に……なんで、どうして……!」

「……あり、が……とう……」

目を閉じた瞬間に涙が流れていった。仮面を外した顔は、穏やかに微笑んでいる。道化師の仮面なんて、被らなくて良かったんだ。ジョーカーは喜怒哀楽のある人間だ。血も涙もある、ただの人間なんだ。

「ジョーカー……俺も、会えて良かったよ。大変なことばっかりだったけど……楽しかった。ありがとう、俺を信じてくれて」

ジョーカーの手を握る。それはまだ暖かかった。あの時俺を導いてくれたのと、同じ温度だ。

「そろそろ始めましょうか」

後ろから場違いのように明るい声が聞こえてきた。男はパチンと指を鳴らす。

地響きと共にシャッターがゆっくり開いていった。そこから光が差し込んでくる。シャッターが開くに連れて光は強くなり、目を開けていられなくなった。

その逆光の中で男は微笑む。

――ようこそ、と。

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