(1)

部屋に戻ると案の定、鬼の面でもつけているのかと思う程、怒りに満ちた目を向けられていた。しかしここで怯んでは私が落とされるかもしれないのだ。ぐっと拳を握って、少し大げさに話す。

「篠宮君が私たちに協力してほしいって!」

「はぁ?」

ヤンキー顔負けの喧嘩腰。実際彼女はそっちとの繋がりもあるのかもしれない。

「俺の言う通りにすれば、好きなことをしてやるって……私はただパシりにされただけよ」

「何それ、ハク様がそんなこと言うはずないじゃん」

「あんた適当なこと言って、ハク様を取られないようにしたいとか思ってるんじゃないの? 最低な人って印象づけて、後でこっそり掻っ攫うとか」

「そんなこと……っ、私が皆を騙せるわけないじゃん! 協力するならそう篠宮君に伝えてくるし、疑うなら話しかけられても無視するよ」

「ふーん……」

「とりあえず協力ってなに?」

「それはまだ詳しく聞いてないけど、投票数を篠宮君の言った通りにしてほしいみたいだよ」

「なるほどね、ハク様は落とす人間を選んでるのか。多数決で自分が負けることはないし」

「意外とハク様って人間らしいじゃん?」

良かった……上手くいったみたいだ。ほっと胸を撫で下ろす。

「でもなんであんたなの」

「それは私が従いやすいからだよ」

はははと力なく笑うと、興味なさそうに視線を外した。

「まぁ協力はするけど、直接話したいから呼んできて」

面倒な頼みごとだ。誰にも見つからない方が良いだろう。慎重に廊下に出てみたけど、思ったよりも静かで拍子抜けをした。篠宮君はどこに行ったのかな。きっと今頃、男子はジョーカーを捕まえる作戦を話し合っている頃だ。それに混ざったのかな。

人がいなさそうな所を一通り回る。見逃してしまいそうになったけど、彼は図書室に来ていた。誰もいないことを確認してから近づく。

足音を少し響かせただけで、彼は顔を上げた。

「どうした」

その声と表情は冷たい。いつでも油断しないのか、普段通りを装っているように見えた。

「ごめんね……部屋に来てほしいって言われて」

「……分かった」

読んでいた本をパタンと閉じて呟いた。そして歩き出した方向は、扉とは逆の方。なんでだろうと思いながらもついていくと、棚の影に身を隠した。電気がついてないから真っ暗だ。彼の手元にある携帯だけが唯一の光だったけど、それも消してしまった。

「これから何かあったらここに来てくれ。その時ももちろん、誰にも姿を見られないように。俺がここにいなかったら、いる時まで話しかけるのは待ってくれ」

スッと体を離すと、何事もなかったかのように歩き出した。


「ハク様マジで来てくれたのぉ〜?」

きゃっきゃとはしゃぐ江口の唇を指で塞いだ。突然のことに顔が赤く染まっている。

「ごめん、静かにして。バレるのは得策じゃない」

「ご、ごめんなさい……」

謝りつつも、彼女は嬉しそうだ。

「あまり長くここにはいられない。だから二条に聞いたと思うけど……協力してくれるなら、皆にちゃんとお礼がしたいんだ」

にっこり色気を含んだ笑みを浮かべると、一瞬で皆は乙女の顔になった。

「彼女に命令を伝えるから、それに従って」

「あのぉ……ハク様、なんでこいつなんですかぁ?」

甘ったれた声で近づくと、彼は蔑んだ目をこちらに向ける。

「彼女は君たちにとっての存在理由と同じだよ。俺にとっても、そういう事では扱いやすいんだ」

いくら演技とはいえ、本心で言われてると錯覚するくらい上手いのでちょっと傷ついた。

彼はもう一度協力してくれる? と囁くと、全員が頷いた。全員に握手とハグをして、最後に椎名の手の甲にキスを落とした。私でなくても目を奪われる。全員惚けたように篠宮君を見つめながら、彼は去っていった。

予想通り大興奮の彼女たちに苦笑いの相槌を打ちながら、寝るのを待っていた。夜通し話しそうな勢いだったけど、満足したのかぐっすり寝てしまった。時間通りに抜け出せて安心する。

一番奥の個室で待っていると、コンコンと小さく叩かれた。ガチャリと開けると、間髪入れずに彼が入ってくる。その顔には少し不満が浮かんでいた。

「どうしたの?」

「君も少しは警戒してくれ。ジョーカーだったらどうするんだ」

私はあっと声に出してから謝った。

「まぁ俺を信頼してくれているんだと、思っておこう」

彼は紳士だ。

そしてまた会話はまた携帯に変わる。でもさっきのとは少し違っていた。保護シートが貼られていて、少し視線を外すと画面が見えなくなる。

『これなら防犯カメラに映らないはず。見にくいと思うけど我慢してくれ』

私は頷く。

『俺の目標はここから出ることだ。上手く行ったら、絶対に君を連れて行くと保証する』

「君を離したくないんだ……」

震える声で彼が抱き締めてくる。これも防犯カメラ対策なのか。わかった上では笑ってしまいそうになる。

『携帯とアドレスをこっちで用意する。そこにはクラスのアドレス全員が入っている。俺と森下は抜いておいた。森下の名を入れたメールを十六人、君達の中から予備に数人。それで十以上は最低でもいくように。それから俺に五票以上入るように作ってくれ、出来れば確実に票を入れるグループを組んでもいい』

読んだことを確認すると、消してまた書く。普段携帯を使っているところを見たことないけど、なかなか打つのが早い。

『このメールの真実を知っているのは君たちだけだ。俺も知らないフリをする。これからの流れだけど、俺はなるべく森下と一緒にいる。あいつを落としちゃいけない理由ができたんだ。君たちは俺とは関係ないフリを続けてくれ。ご機嫌取りに、たまに会いに行くから』

静かに息を吐いた。しょうがないけど私は頷くだけで、彼一人が忙しそうだ。

『そして時期が来たら……合図を出す。その時は思いっきり俺を罵倒してくれ。彼女たちと一緒に、協力関係のことも話してほしい。あいつは自分が助かる為に協力させたって。ジョーカーの目を欺いて、一人になれる時間がどうしても必要なんだ』

「ねぇ……俺の言ってること分かってる?」

「……分かってるよ」

私も思ったより、女優に向いてるかもしれない。

「ありがとう……じゃもう一つ」

『俺がいつ作戦を変えるか分からない。君が失敗しなくても、使えないと思ったら切り離すかもしれない』

「それでもいいよ……」

『何が起こるか分からない。とりあえず俺との本当の関係がバレないように注意してくれ。君なら大丈夫だ』

「どうしよう。君のこと本当に好きになっちゃいそうだ」

ちょっと台詞がわざとらしくなってきたかな。これが彼の密会のイメージなんだろうか。意外とドラマとか見るのかな。それとも、元からこんな人なの?

「好きになってくれるまで待ってる……なんて言ったら重い?」

フフと笑う声が聞こえる。

「大丈夫、君は特別だよ」

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