(1)

煉瓦に囲まれた洋風の街は思っていたよりも普通で、その顔に気づいたように奥を指差した。

「あぁ、ここはマスターの場所に近づけるギリギリのところなの。ここからあっちに見える黒い門に入ってからが本番よ」

「なるほど……」

ゴシック調の重そうな門は荘厳な雰囲気を醸し出していて、普通に来た客は入りづらそうだ。あの入り口のゲートを思い出させる。

そこへ進もうとした、その時だった。

体がぐらぐらと揺れる。地震かと思ったが、向こうから何かが近づいているのが見えた。ドシンドシンと音を鳴らして、こちらに向かってきている。

バランスを崩して地面に片手をつけてしまった。顔を上げると、いつの間にか目の前に来ていた。

「……な、なんだよこれ」

地鳴りと共に姿を現したそれはぬめりとした茶色の巨体で、大きな口からは鋭い歯を覗かせている。ぎょろりと動かした目玉がこちらを向き、荒い息を吐いた。体の横には鋭利な槍が何本も突き刺さっている。

これもアリスが作ったのか?

「と、とにかく逃げよう! ……リリー?」

すぐ隣にいたはずなのに、姿が見えない。

「どこだ……どこにいるんだっ!」

辺りを探していると、そのモンスターが叫ぶように喚いた。その上から、ゆっくりと対峙するように彼女が降り立つ。

「何して……っ」

近づこうとすると手で制され、一度こちらを見て頷くと、瞳を閉じた。彼女の体に光が集まり始める。眩しくて目が開けられない。

なんとか見えたのはリリーが手を振り上げ、光をモンスターに向けて放出したところだった。それは結構な威力があるようで、その巨体が端へと吹き飛ばされる。

「……やったのか?」

しかしモンスターは起き上がり体勢を整えると、先程よりも興奮した様子でこちらを睨み、前足を蹴った。リリーは両手を床につきながらモンスターの方を睨んでいる。呼吸は荒く、かなり辛そうだ。フラフラと起き上がると、また光を溜めだした。

「……もういいから! 早く逃げるぞ!」

「私は大丈夫です。貴方は早く門の方へ!」

彼女を連れて逃げようと思ったのに……足が動かない。怖いのか? なんでだよ……っ、早く……早く動けよ!

モンスターがこちらに向かって突進してくる様子が見えた。足を殴ってみるけど、ガタガタと震えた膝には力が入らない。

「……ふざけんなっ! くそっ……早く!」

殺気を放った瞳が自分を捉えた。

あ……あぁ、もう駄目だ……。

目を閉じる前に、黒い何かが横切った。

「……っ、帽子屋?」

そこには杖を使って、前足を押さえている帽子屋がいた。それがなかったら、鋭利な爪は俺に当たっていただろう。

「早く行け!」

「それじゃお前が!」

甲高い音がして帽子屋は弾かれるように上に舞い、そのまま杖の先で目元を突いた。

「馬鹿野郎。俺が負けるとでも思ってるのか?」

攻撃の中で爪が彼の左腕を掠った。血が流れ出したが、帽子屋はこちらを向いて大丈夫だと笑った。

「こっちよ、早く!」

リリーに腕を掴まれ、なんとか門まで走っていく。

「ここまで来ればなんとかって……え?」

門の中には光の輪が渦巻いていた。

「なんであれが……まさかっ! 早くあの中に入らないと!」

彼女は必死で俺の腕を掴んで引っ張るが、目の前で傷を負っていく帽子屋を見捨てることはできない。

「帽子屋! 帽子屋……っ!」

声が無くなるかと思った。それよりも帽子屋が傷つく事の方が怖くて、叫び続けた。

双方は何度かぶつかり合い、あっちもだんだん弱ってきている様に見えた。そして思い切り振り上げた一撃が……彼に当てられた。静かに倒れる二つの影……その姿が小さくなって、離れていく。

小さい影は力尽きたように、動かなくなった。

「帽子屋あああああああああっ!」

手を伸ばしても届くはずがない。それでも必死に伸ばした。でもその手の先は、光の中に吸い込まれていく。

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