子育てのプロ

その五ヶ月間は、それこそ恵莉花えりか秋生あきおのためだけに生きていたようなものだったかもしれない。生活のすべてが二人を中心に動いていたから。


さくらとエンディミオンはもちろん、あきらもアオも、ミハエルでさえ二人の都合に合わせた。


赤ん坊が生まれてからの数ヶ月というのは、えてしてそういうものだろう。なにしろ相手は、自分で自分を生かすことさえままならない、ほんの少し放っておくだけで命が潰えてしまう存在なのだから。


それが嫌だというのなら、それこそ親に向いていないのかもしれない。


ただ、


「自分がこんなに子供のために何もかもを合わせてしまえる人間だとは思いもよらなかったよ」


アオがミハエルに対してしみじみと口にしたように、


『そうなる前は自分には無理と思っていたのにやってみると楽しくてついつい子供本意になっていた』


という例は現にある。本人でさえ気付いていなかった適性が発露したという例は。


確かに大変な五ヶ月だったが、同時にとても充実した五ヶ月だった。


母乳を与える時間も、生まれたばかりの頃はほぼほぼ二時間毎くらいで、仮眠すらまともにとれない状態だったのが、今では四~五時間くらいは寝られるようになった。


こうなるとダンピールであるエンディミオンにとっては何の問題もないし、さくらもすっかり体が慣れて、睡眠は二回に分けて取る形にすることで十分に休息が取れるようになった。


出産のダメージも完全に抜けている。


髪の毛を梳く余裕さえなかったものが、二人をエンディミオンに任せて久しぶりに美容院に行くこともできた。


育児休業の期間は六ヶ月。そろそろ復帰に向けた準備も始めなければいけない。


「……だが、恵莉花も秋生も、まだまだ生活のリズムすら完全にはできていない。一時も離れることはできない。にも拘わらずお前の職場は子供達から母親を取り上げるのか?」


仕事復帰に向けて準備をしていたさくらに、エンディミオンがそう問い掛ける。


彼にしてみれば正直な印象だっただろう。


そんな彼に、さくらは少し苦笑いを浮かべながら応える。


「そうだね。その辺りの理解がまだ十分じゃないっていうのは私も実感としてある。だけどこういうのは一朝一夕では進まないんだよ。今は試行錯誤の段階だと思うんだ。『もっとこうなればいいのに』って思うことも多いかもしれない。


でもね、それでも少しずつ進んではいると思う。


それに、私にはエンディミオンがいるから」


そう言いながらさくらが視線を向けた先には、膝に秋生を寝かせ、恵莉花を抱いてミルクを与えるエンディミオンの姿があった。


それはもはや一分の隙もない<子育てのプロ>の姿にも見えたのだった。




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