どこでも天国
『なんだったら契約を打ち切ってもいいんだぞ!?』
と、さくらに対してあまり好ましくない発言をした副編集長に向かって吠えたアオに、電話を切った後で、ミハエルが、
「アオ、それもパワハラにあたる可能性があるよ」
と指摘した。するとアオも、
「……あ…!」
ハッとした表情になる。
「ごめん……頭に血が上ってた……」
さっきまでの勢いはどこへやら。シュンとなって体を小さくしていた。
「謝るのは僕に対してじゃないよね。でもまあ、少し様子を見てからお詫びしたらいいと思うけど」
ミハエルは、叱られてしょげかえっている子供のようなアオに対して、そう穏やかに言ってくれた。
現在、アオは、出版社にとっては確実な売り上げを確保してくれる作家ということで、扱いは難しくても切るに切れない状態にある。その立場を利用して怒鳴りつけたのであれば、確かに優位性を利用して高圧的に迫ったという意味でパワハラにも相当する行為だっただろう。
しかしアオは、それを指摘されたらすぐに反省することができる。
もっとも、指摘してくれたのがミハエルだったからというのもあるだろうが。それがもし、副編集長に『それはパワハラですよ!』的に言い返されていたら余計に頭に血が上っていた可能性が高い。同じ指摘をするにしても、どうしても素直に聞ける相手と聞けない相手というのもいる。
人間である以上は避けようのないことでもあるだろうが、だからこそアオは、自分にも決して褒められない一面があるという事実を忘れないようにしなくてはいけないとも思っていた。
将来、自分にも子供ができたとしても、こんな本性を秘めた自分が子供に対して偉そうにしたら、まず間違いなくそれを見透かされて反発されるだろうなとも察していた。
アオ自身が両親に対して反発していたのも、結局はそれなのだ。人間として好ましくない一面を持ちながらそれを棚に上げ偉そうにするから素直に言うことを聞きたくなくなる。その事実をアオは肝に銘じなければと思っていた。
なのに、頭に血が上ってやらかしてしまった。
「もしこれで契約が切られても、それは私の所為か……
ごめんミハエル。もし同人作家に戻ったら、収入が減ってまた引っ越すことになるかもしれない……」
アオの脳裏に、そこまでのことがよぎってしまった。
いくら『切るに切れない』と言われていても、所詮は出版社から仕事をもらっている身。彼女以上に貢献してくれる、しかも聞き分けのいい作家が現れれば、<扱いの難しい厄介な作家>など使い続ける意味もなくなるだろう。
実際、そういう形で出版社との契約を切られた作家も数多い。
「はあ……やっちまったなあ……」
落ち込むアオに、ミハエルはどこまでも鷹揚なのだった。
「大丈夫だよ、アオ。僕がついてる。アオと一緒なら、僕はどこでも天国さ」
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