力を持つ者は
「散歩がてら買い物に行く?」
コーヒーカップを片付けた後、戸棚と冷蔵庫を覗いたアオが、ミハエルにそう声を掛ける。
「ちょっと甘いものが欲しくなった」
甘いものを食べ過ぎないように買い置きはしてなかったのだが、取り敢えず今あるもので間に合わせようと思ったものの我慢ができなくなったのだ。
「うん。分かった」
時刻は八時過ぎ。すぐ近所のコンビニではなく、片道十五分ほどにある、夜十時まで営業しているスーパーに行くことにした。
特に気負うことなく、部屋着に軽くブルゾンを羽織っただけの格好で、二人は外に出る。
まだ遅くもない時間帯なので、それなりに人通りはあった。それもあって、ミハエルは気配を消している。
『ストーカーに絡まれるのが嫌なら外に出るな』
とか、
『ストーカーに絡まれるかもしれないのに外に出るとか危機意識なさ過ぎだろ』
的な暴論など気にしないようにはしているものの、実際にまた絡まれても敵わないので、そうしているのだった。
で、アオが独り言を呟いてる形にならないように、さくらの真似をしてスマホを手に、イヤホンをつけて、いかにも通話している風を装いながら歩く。
向かいから歩いてきた人が、気配を消しているミハエルに気付かずそのまま真っ直ぐに歩き、それをミハエルが除ける。
「ミハエルはずっとこんなことを気を付けながら生きてきてんだな……」
その様子に、ストーカーの件も含めて、どうしてそこまで気遣って生きなければならないのだろうと悲しくなった。本来なら人間など易々と蹴散らして生きることもできるはずなのに……
ミハエルは言う。
「力を持つ者は、より理性的にそれを行使しないといけないからだよ。
例えば自動車より歩行者が優先されるのは、歩行者に比べて自動車が強大な<力>を持ってるからだ。簡単に人の命を奪うことができる強大な力をね。だから安全確認の義務を厳しく課せられているし、万が一のことがあっても対応できるような運転の仕方が求められる。
自動車を運転する人はね、<自動車を運転できる権利>が与えらえてるんじゃないんだ。<自動車を安全に運用する義務>が課せられているんだよ。
本当は、理性的に運用できる人でなきゃ運転しちゃいけないはずなんだけどね」
その言葉に、アオも思い当たるものがあった。
「そっか。万が一歩行者とかが飛び出してきてもそれを回避できるような運転を求められてるのもそれか」
「うん。そうだよ。『飛び出してきた歩行者が悪い!』ってよく言われるけど、そうじゃないんだ。『何があっても人を傷付けちゃいけない』っていう矜持が、自動車を使う人には求められてるんだよ。
<煽り運転>なんて、それこそ論外なんだ」
「そっかあ…なるほどね~』
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