ライオンが人間を

『余計なことはしないのが吉』


ミハエルはそう言うが、アオにしてみれば彼の命を狙っているバンパイアハンターをそのままにしておくというのは納得できなかった。


「本当にそのままにしておいていいの?」


彼女の言うことももっともだろう。むしろほとんどの人間がそう思うに違いない。


しかしミハエルにしてみれば、バンパイアハンターが吸血鬼である自分を狙うというのは当たり前すぎてそれを気にするという感覚がなかったのだ。


ミハエルは言う。


「だって、バンパイアハンターである彼が僕を狙うのは、『野性のライオンが人間を獲物と見做して狙う』のと同じようなものだよ? 気を付けるべきは距離感であって、野性のライオンに『人間を獲物と見做すな』って教えられると思う? それを言ってライオンが聞き入れてくれると思う?」


彼にとっては、襲われないように気は付けるものの、それを過度に恐れたり、ましてや敵意を抱くという必要性がまったくない話であると言っているのだ。


「それは……そうかもしれないけど……」


そんな風に言われると、なるほどと思ってしまいそうになる。しかし、


「だけど、相手はライオンじゃない。言葉が通じる、半分は人間の血も交じってる存在だよ? それをライオンと同じように考えるのは、私には納得できない…」


とアオが思ってしまうのも当然のことだろう。ミハエルにもそれは分かっていた。分かった上で、


「でも、彼が完全にはアオと同じ<人間>じゃないことも事実だよ」


冷静にそう返した。


「僕は彼を話の通じない化け物だとは思わない。けれど、人間と同じメンタリティを持っていると考えるのは、現実から目を背ける行為だと思うんだ。


人間の思う<道理>は、彼には届かない」


「でもでも、話はできるんだよ……だったら人間のルールとかそういうのを適用しちゃいけないの?」


アオがそう言った時、ミハエルは少し悲しそうな表情をした。


「……人間は、僕たち吸血鬼を人間とは見做してくれないし、人間の法律で守ってもくれないよ。それは、人間と吸血鬼の間に生まれたダンピールについても同じだ。


自分達が吸血鬼やダンピールを迫害する時には人間の法律やルールは適用せずに権利も認めないのに、自分達は人間の法律やルールで守ってもらいたいの…?」


それは、人間の身勝手さを突く言葉だった。


自分達の都合に合わせて、相手に法律やルールを適用したりしなかったりということをしてしまう人間という生き物の。


「僕は、アオがそう考えてしまうことを批判したいわけじゃないんだ。ただ、人間の考え方は、僕達には完全には通用しない。折り合いをつけるために僕達もなるべくそれを受け入れるようにはしたいけど、全ては無理だよ。


だって僕達は、人間とは違うから……違うということを認めないと、徹底的に排除するしかなくなるよ……」


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