感触
電車の中も、やはりラッシュのピーク時に比べればまだマシとは言え、『立錐の余地もない』程度には混雑していた。
しかも、乗り込む時に気配を感じて嫌な予感がしていたのだが、やはりと言うか案の定と言うか、尻の辺りに違和感を覚え、さくらはすごく困ったような表情になっていたのだった。
『やっぱり痴漢かなあ……』
とは思うものの、今の時点では混雑しているせいでただ手が当たっているだけかも知れないので、迂闊な判断はできないと様子を窺うだけに留めている。
どうやら、後ろの男性の手の甲が当たっているようなのだ。
だが、今のところは動いたりする気配もない。
これ自体は割とよくあることだった。敢えて手を動かさず、しかしどけることもなく、ただ彼女の尻の感触を味わっているかのような、痴漢かどうか微妙なラインというものである。
これでまさぐるように動かせば完全に痴漢行為になるものの、単に手が当たってるだけではこの混雑を考えるとやむを得ない面もあるのだろう。
しかし、エンディミオンにはどうもそれが納得できないようだ。
『嫌ならはっきり言ってやればいいだろうに…』
さくらが、男の手が当たっていることを不快に感じているのは察せられていた。にも拘らず何も言おうとしないのが理解できない。
だから、
「おいお前、そんなに女の尻が好きか?」
と声を上げた。
実はこの時、頭からすっぽりと真っ黒なマントを被っているという異様な風体については気にされないように気配を消していたものの、それでも『そこに子供がいる』程度のことは認識できるように加減してたのだ。でないと、彼がいる部分にだけ隙間が空いてるかのように周囲の人間には感じられてしまう為、逆に強い違和感を覚えさせてしまう可能性があるからである。
その所為もあり、彼の声ははっきりと周囲の人間に認識された。
『痴漢?』
『痴漢か?』
という空気がその場に広がっていく。それに呼応するかのように、さくらの尻に当たっていた手の感触が消え失せた。
だがそれでも、手を当てていた男はまるで素知らぬふりをする。それどころか男自身も、痴漢行為をしている者を探すかのように周囲を窺う仕草を見せる始末だ。
こういう時に狼狽えたりするとかえって怪しまれることをよく承知しているのだろう。もしかすると筋金入りの常習犯かもしれなかった。
とは言え、不快な手の感触がなくなっただけでもさくらはホッとしていた。
『ありがとう』
声には出さなかったものの、エンディミオンの方に視線を向けて、目で感謝の意を示す。
けれど、そんな彼女の控えめな態度が彼を余計にイラつかせたのだった。
『オレに感謝などする前に、この男の腕の一本でも捩じりあげてやれ…! どこまでお人好しなんだこいつは……!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます