第91話『小さき天使の子と時の女神ノルフェスティの秘密の会談②』

『お母さん、待って! 待ってよ、やっと、ここまで来たのに……。

 わたしは、私はここで終わらせたいの!!』



 大好きだよ、ノルン。


 母の声を聞いて……お母さんに大好きだと言われて、自分の感情を抑えることができなくなってしまった。



 あ~、まずいな。お母さんに会ってしまった。どうしよう、心が折れそう。大好きなお母さんの傍に、ずっと一緒にいたいよ。だめなの、お母さん?



 わ、わたしは悪魔の女神の娘。


 希望の魔女ノルン、“再生の時”をもたらす者。



 母の思いが伝わってきて、本当に苦しい。母が何をしようとしているのか、分かってしまった。時の女神ノルフェスティは堕落して、悪魔の女神になってしまうことを受け止めている。



 母は、悪魔の女神になって、やがて正気を失ってしまう。


 時の魔術によって、自分という存在が少しずつ壊れていく。お母さんは、堕落は嫌だと思っているのに、その未来を避けようとしない。元始の神様だから、未来を変える力があるのに。



『小さな天使の子、もう時間はないわ。冷静によく考えて。

 貴方は、今、天の創造主を殺せるの?


 私には、その未来は見えない。今、挑んでも創造主に敗北する。

 そして、創造主が望む未来が残るだけよ。



 小さな天使の子、貴方はそれが嫌だから、ここまで来たのではないの?

 間違えてはいけないわ。



 優先すべきことは……準備して、創造主を確実に殺すことよ。

 創造主が消えれば、あとは私でも何とかなるのですから。』


 


 時の女神が振り返って、私は見た。母は怒っていない。優しく微笑んでくれている。優しいお母さんまで、あと2mくらいかな。


 今すぐ走り出して、抱きつきたい。ねえ、お母さん。どんなに会いたくて、どれ程話したかったか。



 大好きな、私のお母さんが目の前にいる。



 獣人のフィナは、時の魔術によって動けない。私はフィナにしがみ付きながら、必死に叫んだ。今にも走り出そうとする自分を……歯を食いしばって、なんとか体の動きだけでも抑えた。



『お母さん、もっと簡単な方法があるよ!

 わ、私はそれをする為に……ここに来たの。


 私では、創造主……時の女神の娘に勝てなかった。

 あいつに勝たないといけなかったのに!



 私は、自分の役目を果たさないといけない。

 お母さんが、私に役目を与えてくれたでしょう!?



 ほら、私に再生の聖痕を刻んだ。私は、時の女神の娘と同化して……。

 私は、それを果たさないといけないの。



 私でも、今なら時の女神の娘に勝てる。

 だって、ただの小娘だもん。あいつは何も分かってない。



 自分の無責任な行動が、どんな結果をもたらしたか分からずに……。

 私は、あいつを……時の女神の娘を許せない! 



 あいつは、皆を殺したの。私から、皆を奪ったんだよ!?

 私は、あいつを許さない。あいつの存在を認めない。



 だから、私は、あいつと同化して消えるの。

 あいつを殺して……皆を助けるよ。ごめんね、お母さん。』



 お母さんから微笑みが消えた。私が、親不孝なことを言ったから。


 私は、この過去の時の中で、時の女神の娘を殺すつもりだった。同化して消えるのだから、殺すとほぼ同じだと思う。



 あいつが消えれば、皆助かる。天国で母と娘の決闘は行われない。悪魔の女神も救われるし、最愛の魔物ルーンも助かる。獣人のフィナだって生き残れる。


 皆、誰も死なずに天国に辿り着けるんだ。それは私の命より、きっと大切なことだ。きっと、きっと、それは正しいはずだ。



 これって、自己犠牲? うーん、ただ逃げているだけかな。辛くてしんどい、世界から逃げようとしている。


 私は、自分自身を殺す。うん、私がしようとしていることは自殺だよね。自殺はよくない。それは分かっているよ。でもね、もう感情を抑えられないの。もう、限界だもん。


 やっぱり、優しいお母さんだね。私が親不孝なことを言ったから、とても怒られそう。



『ノルン、よく聞きなさい!』



 お母さんは言葉を大切にして、ゆっくり話しました。私によく聞かせて、言葉の意味を、よく理解させるために。



『私は、貴方に役目を与えたわ。それは正しいこと。

 でもね、よく思い出して。私が、貴方に言ったことを。



 私が、貴方に……私の娘、大好きなノルンを殺して欲しいと、

 一度でも頼んだことがあったかしら?



 

 


 私は、一度も、そんなことを頼んではいないわ!』




 大好きなお母さんに、やっぱり怒られた。


 時の女神ノルフェスティは、丁寧に伝える。女神の思いが、しっかり伝わる様に……時の女神がどれ程、娘のことを愛しているかを。



『私は一度でも、私の娘は消えるべきだと、

 貴方に言ったかしら?



 ねえ、私の愛しいノルン。


 どうして、私が貴方に、再生の聖痕を刻んだのか、

 疑問に思ったことがあるでしょう?



 貴方を、ノルンを愛しているからよ。

 貴方に消えて欲しくないから、聖痕を刻んだの。

 


 異界に存在する、数千……数万……。

 数えきれない程の世界を壊してでも、貴方を守りたい。


 貴方を、愛しいノルンを失いたくない!』




 『お、お母さん、でも、これじゃあ……。』



 私はもう、何を話せばいいか分かりません。


 母の思いが強すぎる。私は泣くことしかできない。もうだめだね、泣いてばかりだよ。でも、今泣いていることはきっと怒られない。泣いてばかりいて、弱い子ねと、母は叱らない。



 だって、お母さんだって泣いてるもん。



『小さな、使。愛しいノルン、よく聞いて。


 もし、私の大切な娘が殺される様なことがあれば、

 私は全ての世界を犠牲にして……元凶である創造主を滅ぼすわ。



 創造主を滅ぼしたあと、私も一緒に消える。

 私が犠牲にした世界と一緒に。


 そうなれば何も残らないわ。それは嫌でしょう? 

 守りたいものがあったから、貴方はここまで頑張ってきたのに。



 私の娘に大きな罪があるのなら、その罪は親が背負うべきものよ。

 未成年の幼い子供は……お転婆な子は母親に甘えなさい。



 私の可愛いノルン、もっと甘えていいのよ?

 ごめんね、貴方に辛いことばかりさせてしまって……。



 ノルン、お願い。母親らしいことをしてもいいでしょう?


 自分のことを大切にね……最後は、私に任せなさい。

 さあ、お話は終わりよ。』



 私はただ叫ぶ。私の小さな願いを……私の願いは、いつでも、どこにいても変わらない。大好きな母と一緒に、幸せに暮らしたい。


 ねえ、お母さん、ただそれだけなんだよ? 本当に、それだけなの。



『お母さん、待って! 私、お母さんと一緒に暮らしたいの!

 ただ、それだけでいいの。お願いだよ、私の傍にいてよ!』 



『ごめんね、私はその願いを叶えてあげられない。


 私も、貴方の傍にずっといたかった。

 貴方の成長を、傍からずっと見ていたかった。



 私の大好きなノルン、貴方のことを、誰よりも愛しているわ。

 生まれてきてくれて、本当にありがとう。



 

 


 。』




『待って、嫌だよ! どこにも行かないで、お母さん!』




 時の女神ノルフェは、時の魔術を行使しました。


 ここには、希望の魔女はいません。女神の終焉の時しか流れていない。小さな天使の子は、獣人のフィナと一緒に未来へ進んでいきます。




《ノルフェ、私は信じられません。

 貴方が、私との約束を破るとは……未来を見ることを禁じたはずです。》



 巨大な光の眼-摂理プロビデンスの目が、時の女神を捉えていた。



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 白亜の城の宝物庫の入り口から、創造主の強い光が入り込む。



『ええ、そうですね。私は約束を破る愚か者だということでしょう。

 光の女神フェルフェスティと比べたら、不出来な女神なのです。』

 



 私は、時の女神ノルフェスティ。“終焉の時”をもたらす者。


 良かった、創造主はあの子に気づいていない。もし、創造主が敗北するのであれば、きっと小さき者を軽視したためでしょうね。



 まあ、創造主が、小さき者にも手を差し伸べる優しき神なら、下界で醜い戦争など起こるはずがない。きっと、皆が幸せに暮らせる世界になったでしょうね。



 こんなことにはならなかった。大好きなノルンと一緒に、幸せに暮らすことができたのに……あの子の小さな願いを叶えることもできないなんて、母親失格ね。




《ノルフェ、今日は貴方にとって大切な日です。

 それなのに、貴方は……いいでしょう。この宝物庫の中で過ごしなさい。》




 宝物庫の入り口が閉ざされていく。光が消えて、真っ暗な闇の世界へ。


 私はゆっくり眼を閉じた。私では創造主には勝てない。ここで争うことは、創造主の思う壺。それが分かっているのに……私は正気を失う。



 愛しい娘を失って、嘆き悲しみ、創造主に挑むことになる。




 私は目を閉じて微笑んだ。私は堕落して、正気を失ってもいい。


 だって、未来には希望がある。創造主ですら手に負えない、お転婆な娘が、元気に暴れているのだから。あの子が生き残れるのなら、それでいい。




 創造主を滅ぼした、愛しい子は生きられる。ずっと、ずっと先まで。



『本当に、元気な子ね……どうか、終焉のあとに再生が訪れます様に。』


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