052  同じ日に同じ夢を見るということは非合理的な空想論であるⅧ

「でも、今とあまり変わらないのだけれど……」

 冬月は失礼なことを言ってくる。

 俺は渋々しぶしぶ、言われた通りに仕事をこなして、彼に渡した。

「それじゃあ、少し時間、かかるからあの階段かいだんで待っててもらえるか」

「ああ」

 やっと解放かいほうされると、思った俺は冬月と二人で冷え切った冷たい階段に座り、不本意ふほんいながら体をくっつけ合って座り、終わるのを待った。

「ねぇ、いつになったらこんなことが終わるのかしら」

「俺に訊かれてもなあ。あれから、誰からもメールが来ていないのか?」

「ええ、こちらから送ろうにもメアドが表示されていないのよ」

「これは夢だからメアドが無くても仕方が無いんじゃないのか?」

「夢だったら、こんなリアルなところまで表現はされないわ。せいぜい二次元にじげんまでよ」

「だよな……」

 確かにそれは冬月の言う通りだ。ここまで出来すぎる夢はおかしい。でも、本当にそんな世界が存在するのなら俺たちはどうやって元の世界に戻ればいいのだろう。

「ねぇ、あんたたちはどこから来たんだ? 一応、言っておくけどここ、関係者以外立ち入り禁止だぞ」

 儀式ぎしきを終えたのか昔の俺はこっちに来て離れたところに座った。

「なら、お前は夜の学校に入ってもいいのか?」

「分からない。でも、夜にはルールなんて必要があるのか?」

「さーな。でも、こんな時間に夜遊びしていたら家族が心配するんじゃないのか?」

「家族……。うちの親は共働きで二つ年下の妹は……。ま、そんな感じだ」

「そうかい。俺も似たような感じさ」

「へー」

 昔の俺は興味なさそうな声で返事を返してくる。

「それで、あんたたちはカップルなのに何で寝間着ねまきなの?もしかして、同居してるの?」

「違う。でも、そうなのかもしれない」

「どっちだよ」

「分からん。しかし、お前はもういいのか?」

「ああ」

「そうか……」

「でも、最後に一つやり残していることがある」

「なんだよ」

「キスだよ」

 俺たちを見て、平然とその言葉を口にした。隣にいた冬月の顔が少し赤くなっていたのは気づかないふりをして訊き返した。

「キス?なんで、そんなのが最後にあるんだよ」

「ああ、なんとなくそんなことをノートに書いてしまってな。ま、そう言うことだ。あんたら、カップルなんだろキスぐらい簡単に出来るよな」

「な……」

 俺は言葉を失った。

「おい、どうすればいいんだよ」

「知らないわよ。天道君があんなことを言ったから……」

「あそこでああ言わないとこっちが怪しまれるだろうが……」

「はぁ……。物事はその先を考えて発言した方がいいわよ」

 俺と冬月は小声で会話をしながら、焦っていた。

「すまない。でも、どうするんだ?」

「仕方が無いでしょ。やるしかないわよ。ま、これは夢だから何ともないはずよ」

「ああ、そうだな」

 俺は頷き、冬月は恥ずかしそうに下を向く。

 それはそうだ。夢だからと言って好きでもない奴と口を合わせるのは俺でも抵抗がある。それでもやらないと元の世界には戻れないのだろう。

「分かった。お前の言う通りにしよう。それでどうすればいいんだ?」

「あそこにある祭壇さいだんの前で口と口を交わせばそれでいい」

「それだけなのか?」

「それだけ……」

 あのわけの分からない、祭壇みたいな場所で行えば気が済むらしい。言われるままに俺たちはその祭壇の前に立った。

「あ……えっと……」

「早くしなさいよ。もたもたしない。大丈夫……これは夢よ。遠慮はいらないわ……」

 言っている事とやっている事は逆で、体はとても拒否きょひっていた。

「分かった。行くぞ」

「え、あ、ちょっ、待って……」

「もう遅い……。一瞬で済ますから我慢がまんしろ」

「う、うん……」

 それはいつもの冷たい表情をした冬月ではなく、恥んでいる冬月はいつもより可愛く見えた。もし、これが現実だったのなら俺はここで勢いに乗って、告白でもしていたのかもしれない。そして、冬月と顔と顔の距離がものすごく近づいた時、俺は彼女と自分のくちびるを重ねた。

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