73話「待ち焦がれたそのコトバ」

 これほどまでにこの放課後の時を待ち焦がれたことが今までの学園生活であっただろうか。とてつもなく長く感じられた授業の時間が終わりを告げ、いよいよ約束の時間を迎えていた。俺は周りにバレないように忍者みたいにクラスメイトの間に忍んで、前の少人数教室へとこっそりと入っていった。でもこういう時に限って俺の邪魔する障害があった。教室のパスワードだ。普段は滅多に使われていないこの教室は常時パスワードでロック状態。だから教室に入るためにはパスワードが必要になる。その入力がもうあまりにももどかしくて、俺の心をイラつかせていた。これで誰かに怪しまれては元も子もないではないか。そんなことを思いつつ、俺はひっそりと教室に入っていく。部屋が開いていない時点で、もうなぎさがまだ来ていないということは予想できていたが、その予想に反することはなく教室には誰もいなかった。なので俺は奥の方の、廊下から見えないような席に座って渚を待つことにした。


 さて、それにしても渚は一体ここに俺を呼び出して何の話をするのだろうか。そんな疑問が俺の頭の中に浮かび、暇つぶしがてら考えてみることにした。今までの行いの謝罪は今日の朝にしていたし、改めてここでするということもないだろう。でも『話したいこと』とわざわざそう言ってくるなら、やはり俺と渚、澪関連の話で間違いないわけだ。だとすると、


「まさかな……」


 それはいくらなんでも俺の都合よく考えすぎだろう。自分の過ちに気づけたからといって、そんなすぐに『ソレ』をしようと思い至るだろうか。いや、俺の知らないところで何かあったのかもしれないけれど。でももしそうなら、シチュ的にもかなり当てはまっている。放課後、2人きり、誰もいない教室――


「まさか……?」


 ちょっとソレに賭けてみたい気持ちに駆られる俺がいた。というよりは俺の願望なのかもしれない。そうしてほしいと俺が願っている。むしろそうじゃないんだったら、ここで俺から改めてしてしまおうか。もう俺たちの足かせとなるものはもう何もないのだ。だったらもう前みたいなことにはならないのだし、渚が決めないのなら俺が決めてしまってもいいのかもしれない。そんな色々と妄想を巡らせて考え込んでいた、そんな時だった――


「待った?」


 俺を現実に引き戻すかのように、後ろの方から俺の大好きで聞き馴染んだ声が聞こえてきた。振り向くと、どこか恥ずかしそうにしながら教室へと入って近づいてくる渚がいた。


「あ、いや、全然」


 その渚を見て、俺はついにその時が来てしまったと急に緊張し始めてしまう。さっき色々と願望ありきの妄想をしていたことも1つの要因だろう。次に渚はどんな言葉を発するのか、俺は息をんでそれを待った。


「あのね……私、ね?」


 渚はどうにも言葉がうまく出てこないようで、そんなふうに間がありながら一度言葉を切ってしまう。少しうつむき加減で、目は左右に行ったり来たりしている。そして頬は赤く染まり、やはり恥ずかしそうな感じだ。そんな渚の姿に、俺の中にあった考えがまさかまさか現実味を帯だしてきてしまう。そのせいで俺の方も恥ずかしくなってきてしまい、顔が熱くなっていくのがわかった。


「う、うん?」


 その俺が待ち望んだ言葉が来てしまうのだろうか。俺は彼女の次の言葉が楽しみでもあり、少し怖くもあった。まだ悲しい事実を告げられる可能性はぬぐいきれないのだから。


れんのことが……好き」


 でもそんな心配はいらぬそれで、彼女が口にした言葉は俺が待ち焦がれていた欲しい答えだった。


「うぉおおおおおおおおお――――!?」


 まさか当たるなんて思いもしなかった。驚きで心臓が破裂してしまうかと思った。だって昨日の今日でまさか告白まで進んでしまうなんて思わない。でもなによりも、その言葉は今まで感じたことがないくらいに嬉しかった。このまま叫びながら校内を駆け巡りたいぐらいに、俺は嬉しさを感じていた。ようやく、ようやく渚が素直になってくれたんだから。


「ちょっと……! 恥ずかしいから、叫ばないでよぉ……」


 そんな喜び勇む俺に対して、その反応にさらに恥ずかしさを感じている渚だった。もう耳まで赤くなっているそのかわいい姿には、さらに俺の心をくすぐって彼女への愛を深めていた。


「いいじゃん。ようやく渚の真の気持ちを知れたんだから。嬉しいんだよ」


「もう、バカ……」


「渚、今度は俺からも――」


「俺も渚のことが好きだ。付き合ってください」


「……はい、喜んで!」


 渚は昨日まで見ることはできなかった満面の笑みで俺にそう返事をした。それに俺はもうたまらずに渚を引き寄せて、強く抱きしめた。渚もそれには最初戸惑ったような声を出したが、すぐにそれを受け入れて俺の背中に手を回す。それは言葉を交わさずに愛を確かめ合う、そんな感じだった。これほどな幸せはそうそうないだろう。色々と紆余曲折はあったけれど、確かな愛を掴み取ることができたのだから。結局のところ、俺は男らしくなく何もすることはできなかったのが心残りではあるけれど、これからの時間を使って精一杯、彼女と愛を紡いで幸せにしてあげようと思う。もう彼女の悲しむ顔なんて見たくない。彼女の笑顔が見られるように、俺が守っていこうと思う。それは俺が修二しゅうじみおから色々とサポートしてもらって、渚とこうして恋人になれたように。俺はそんな決意を胸にし、時間の許す限り渚とこの幸せな一時を味わっていた――

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