42話「お姫様を守りぬけ!」
さあ、ここからもうゲームは始まっている。この与えられた準備時間で、できることを全てやり終えなければ。まず始めに、俺は体育館を出て
「
そんな中、俺の行動を不思議に思ったのかそんなことを訊いてくる渚。
「ん? あ、ああ体育館のパスワード変えてんの。こうすれば、出ること自体できなくなるから俺の勝ちってわけ」
このセキュリティシステムの最大の弱点。パスワードさえわかっていれば、誰であろうとパスワードを任意に変えられてしまうということ。要は以前に渚にされたことと一緒だ。扉のパスワードを変えてしまえば中の人たちは出られなくなり、実質的にみんな閉じ込められた状態になる。そうすればもう俺たちの勝利は確定したも同然、その間に俺たちは余裕を持って逃げることができる。それにこうして閉じ込めておけば、あの興奮状態になった野郎共を
「え、それってずるくない?」
でも渚は俺のその作戦を良しとしないようで、眉をひそめてそう言った。
「いいのいいの。アイツの言っていたルールに『パスワード変えちゃダメ』なんてルールなかったしな」
今回のこのイベントはルール上問題がなければ、何をしたって許されるはずだ。そもそも主催者があの修二な時点で、そんなに堅苦しいものではないのだから。それにこちらサイドはあの大勢の人々から逃げる身なのだから少しぐらいは勘弁してほしい。たぶん追いかけてくる側だって、携帯や位置情報、ありとあらゆる文明の利器を用いて俺たちを探し出してくるだろう。それも俺たちからすれば、ズルと同じようなもんだ。
「――よし終わった、じゃあ、行こっか」
俺はそれからパスワードを自分でも覚えきれないほどの桁数に変えて、パスワードの変更を完了させる。これでもう誰にも突破することは不可能だろう。仮に強制解除するにしても時間がかかるから、これで逃げるための時間は十二分に確保されただろう。そしてこれで全ての準備が終わったので、俺は再び渚をお姫様抱っこすることにした。
「え、ちょっと! なんで!?」
「パスワード変えたことなんて、もうちょっとすればバレるでしょ? 一応参加者はこの
何より渚は運動が苦手だし、というのは心の中に伏せておく。さらに言えば、ちょっと勇気と
「で、でも、恥ずかしいし……」
「ちょっとは我慢してくれ、俺も恥ずかしいんだから」
「むぅ……バカ」
そんな俺の言葉に、ふくれっ面をしてそっぽを向いてしまった。そんな彼女の仕草に思わずドキッとしてしまう俺がいた。いつもとは違ってウェディングドレス姿で、顔もおめかししているからかもしれない。ただ今はそんな渚に見惚れている場合ではなかった。事は急を要するのだ。俺はすぐさま我に返り、さっそく体育館裏のフェンスから逃げ出すことにした。もちろん修二の取り決めたルールの中には『範囲はこの学園内』という指定もなかった。なので俺は存分にルール上の中でズルをして、学園の外のより広い範囲に逃げてしまうと考えていた。この島全体が範囲となれば、そう簡単には見つけることはできまい。ただ学園の正門から堂々と出るのでは、誰かに見られる可能性がある。これは忍者のように隠密行動が重要なのだ。相手に目撃情報というアドバンテージを取られるのは致命傷になる。だからこそ俺はここから逃げることを選んだ。しかもこの先には
「フェンス登れる?」
「んー……大丈夫だと思うけど……」
格好が格好ということもあって渚も渚で心配そうな顔をしていたので、俺は先にフェンスに登って、手助けをすることにした。そして渚の腕を俺が引っ張ってやり、なんとかフェンスの上まで渚を持ってくることに成功した。そこから学園の向こう側へと飛び降り、そして再びお姫様抱っこで雑木林を走り始める。もうおそらくこの時間になると、体育館の中の野郎共は気づいてることだろう。中に閉じ込められている主催者の修二が無事だといいが……
「……ねぇ、煉」
そんなことを心配しつつ、そのまま雑木林を走っていた時。ふとした拍子に渚がどこか恥ずかしそうに俺の名前を呼ぶ。
「ん? 何?」
それに俺は足は止めずに走りながら渚の方へと顔を向け、要件を
「その、さ……み、ミミッ、ミスコン! だ、だだだ、誰に、した?」
澪みたいにしどろもどろになりながらも、なんとか言葉をひねり出し、渚はそんな悪魔的な質問を繰り出してくる。
「え? えー……と」
そんな質問に、思わず足を止めてしまう俺がいた。どうしてこのタイミングでそんなことを訊いてみようと思い立ったのだろうか、それは本人しかわからないことだが、それは俺からすればとても答えにくい質問だった。だからどうしたものかと言葉を濁してしまう。だって俺がミス聖皇に選んだ人は紛れもなくこの抱きかかえているお姫様なのだから。言いにくいことこの上なかった。しかも言った後のことを考えると、余計にそれを口にする勇気がなくなっていく。
「言いづらい?」
そんな俺を見て心の内を察したのか、渚が不安そうにそう言ってきた。でも渚は『言いづらいなら、ムリに言わなくていいよ』とは言ってはくれず、その顔もやはりその答えを知りたがっているような、そんな表情だった。
「いや、言うよ。そのぉー……」
もうここまで迫られては言うしかないだろう。どうせ隠したところで、俺になにかメリットがあるわけでもない。彼女がそれを求めるならば、正直に全てを話してしまおう。俺は
「ナギッ、サにしたっ!」
声が裏返ってしまい、変な言い方になってしまった。
「え!? あ、そ、そうなんだ」
それが明らかとなると、まさか渚は自分を選んでいたとは思っていなかったようで、とても驚いた表情を見せて、すぐにその事実を頭が理解しだしのか、急に照れだしてしまった。すぐに目を逸らして、頬も赤く染まっている。そして会話が途切れ、沈黙の時が訪れる。何か言おうにも、なんとなく気まずいというか、気恥ずかしい感じになってうまく言葉が出てこず、とにかく俺は止めていた足を動かして逃走を続けることに専念した。
「――その……どうして、私を?」
それからしばらくして落ち着きを取り戻したのか、渚が沈黙を破る。たぶん渚からすれば、それが単に気になっただけなのだろうけど、その質問はまたしても俺を無自覚に苦しめていた。しかもそれを選ばれた本人からしてくるのはちょっとズルい。今のこの状況じゃ、無視するわけにもいかないし、どうしても答えなきゃいけなくなってくる。だけれど、本人の前でその理由を言うなんて、誰を選んだか以上に恥ずかしい。それに俺はまたさっきみたいに沈黙が訪れるのを恐れていた。
「え? あー、まあ、なんていうか……い、一番、キ、キーレイだったから……かな」
でも、ここまで来たらしょうがない。とことんまで全てを渚に話そう。俺はほとほと諦めて、渚を選んだ理由を述べていく。
「そっ、そうなんだ……あ、ありがとう」
それに
「あっ、そうだ。ゆ、優勝おめでとうな」
そんな流れで『本人におめでとうを言おう』ということを思い出して、そのまま本人にそれを伝える。ちょっと変なタイミングにはなったが、そこは許してくれ。
「うん、そちらこそミスター聖皇おめでとう……」
恥ずかしさの中そんな褒め合いが続き、またしても会話が途切れてしまった。もうこうなったら逃げることに集中しよう。それが今の俺の目的なのだから。俺はそう考えて、ただひたすらに走り続けていた。そんな時だった。
「っぷ、ハハハハハ――――!」
この空気をぶち壊すかのように、誰かさんのお腹の虫が音を立てて鳴き始めた。それにたまらず糸がプツンと切れたように、再び立ち止まって吹き出してしまう俺がいた。
「あぁー笑うなぁー!」
それがよっぽど恥ずかしかったのか、俺の首に回していた手で可愛らしく攻撃してくる渚だった。たぶんミスコンで忙しく、緊張しているということもあって食べ物が喉を通らなかったんじゃないかな。だから今になってお腹が空いてきてしまった、みたいな。
「ごめんごめん、じゃあ、家に帰ってなにか作ろっか」
せっかく優勝したんだし、ご褒美……ってわけじゃないけど、何か振る舞ってやろうと思った。買い物行く時間はないから、冷蔵庫のありもので作る程度の料理だけど。それで渚が満足してくれるなら。
「え、いいよー悪いし」
「遠慮すんなって。まあ、色々と巻き込んじゃったし、お詫びの意味も込めてな」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて……」
「よし、決まりだな!」
というわけで、俺たちは
・
・
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そして家に着いてすぐに渚は制服に、俺は部屋着に着替えることにした。もちろんというか当たり前だが、渚は
「――なにか手伝おうか?」
そんな折、後ろの方から渚の声が聞こえてきた。意外と着替えて来るの早かったな、と思いつつ振り返り、
「いや、いいって、お客様なんだから。テレビでもみてて」
俺はそう言って、キッチンから渚を追い出した。ミスコンで疲れていることもあるだろうし、今は休ませてあげたい。
「う、うん」
どこか申し訳無さそうにしつつも、渚は俺の指示に従いリビングの方へと向かった。そして俺はそれからしばらくの間、夕食の支度をしていた。渚たちに久しぶりに振る舞うということもあってか、ちょっと気合いが入ってしまった。料理で熱くなるのは久しぶりかもしれない。そんなことを思いつつ、料理を完成させていくと、玄関の方から誰かが帰ってくる音が聞こえてきた。たぶん明日美だろうと高をくくり、玄関へと向かった。渚も挨拶するのか、その音に反応して一緒についてきた。
「おかえりーってあれ? どうしたの?」
たしかに帰ってきたのは明日美だった。だけれど、どこか様子がおかしい。ひどく怒ったような顔つきで、しかもオーラからもそれが伝わってくる。でも、俺はそんな怒られるようなことをした覚えはまるでなかった。では明日美に何か怒りたくなるようなことがあったのかと、ちょっと不安になる俺がいた。
「パスワード変えたの煉だよね?」
そして開口一番、明日美はそんなことを言ってくる。それはもはや確信を持ってその事実関係を確認しているような言いっぷりだった。そして俺はその言葉で、すぐさま明日美が怒っている原因、自分がした怒られる要因を思い出してしまったのだ。
「あっ」
すっかり忘れていた。俺が体育館のパスワードを変えたということも、明日美がミスコンの参加者であの体育館の中にいたということも。
「いや、違うんだ、明日美! これには――」
「明日美先輩、違うんです! これには――」
それで俺はこれから起こりうる危機がもうそこまで迫っているとわかり、焦りながらもすぐさま明日美の怒りを鎮めようと、弁明を始めた。誰がどう見たってこれは俺に非がある。だからこそ明日美の怒りが怖いのだ。しかもこの感じはかなりヤバイレベルのものだ。隣にいた渚もそれを察したのか、俺と同じタイミングで弁解の言葉を述べていく。
「2人ともそこに座りなさい!!」
だが俺たちの言葉は
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