38話「答え探し」

 教室に着くと、珍しいことに修二しゅうじが先に来ていた。なんというか、雰囲気から一番のメインであった昨日よりもテンション高く、気合いが感じられる。やはりミスコンだけに張り切っているのだろうか。もしくはミスターコンテストの方だったりして。つってもミスターコンテストはもう投票は事前に終わってるから、頑張ったって時既に遅しだけど。


「おう、どういう風の吹き回しだ? お前が今日に来るなんて」


 修二は俺を見つけるやいなや、珍しいものでも見るような目でそんなことを訊いてきた。 


「あぁ、これを見りゃわかるよ」


 そう言いながら、再び例のメールを修二に見せてやる。やっぱりどいつもこいつも同じリアクションで、それに完全に引いていた。


「うわ、りん先輩からのラブコールか……それはしょうがないな……」


 修二はどこかあわれむような目で俺を見つめながら、肩を優しく叩いてくる。


「おい、その可哀想な人を見る目をどうにかしろ」


 そんな同情したような態度が下に見られている感じがして鼻につく。修二にだけはそんな目で見られたくない。


「はは、冗談だよ、冗談。んで、お前これからどうすんの?」


 ミスコンにはまだ時間があり、それまでは暇だ。ならば、たまには野郎二人で見て回るのもいいかもしれない。


「んじゃ、どっか見て回るか?」


「俺は別にいいけど、お前は女と一緒に回るとかねーの?」


「ねーよ」


 また女の話になった。こいつフラレて以降、相当女にえている気がする。何かにつけて話す話題は絡みばっかりだし。そんなに恋人がほしいのか、こいつは。


「へっ、昨日だって岡崎おかざきと散々イチャついてたクセに……」


 ホントにこいつの情報はどこから入って来るのだろうか。そもそも昨日修二のヤツは例の件で忙しかったはずなのに。本格的にこいつが俺のストーカーに見えてきて怖くなってくる時がある。


「イチャついてなんかいねーよ。普通に一緒に回ってただけだ」


「ふーん、いいよなー俺も一緒に回りたかったぜー……」


 修二は羨ましそうにそんな愚痴をこぼす。


「お前は、アレで忙しかったじゃねーか」


「まあな」


「でも、よくバレずにアレ実行できたな」


 俺も流石に生徒会の連中にバレるんじゃないかと心配だった。修二はかなりの要注意人物で、マークされているだろうし。それに計画立ててもし失敗したら、それこそ修二に悪いし。


「そりゃ、お前のおかげだよ。生徒会の奴ら、お前の言う通りに動くんだぜ? マジであれは見てて滑稽こっけいだったなー」


「あれはあくまでも俺の予想だけどな、でも成功してなによりだよ。生徒の反響はどうだ?」


「ああ、いいんちょみたいなお真面目ちゃんにはウケなかったけど、それ以外には好評よ! 『キレイだった』とか『すごかった』とか、後一部の男子は俺をあがめたてまつるやつもいたね」


「そっか、ならよかった」


 一番大事なのは生徒たちが面白かったかどうか。本当に自己満足でしかないけれど、これで楽しんでもらえたのなら俺は満足だ。一部の男子が修二を『崇め奉っている』ってのが気になるが、それは置いておこう。ただ生徒会に迷惑をかけてしまったのは悪いとは思う。だから、俺は冬休みにその長の明日美あすみをちゃんと家族サービスつもりだ。それでつぐなえるとは思ってはいないが、それで少しでも明日美の心が癒されるのなら、それで十分だろう。


「――んじゃ、そろそろ行くか」


 それから少し雑談した後、いよいよクリパを見て回ることにする。だが何の気なしにそのまま廊下へと出ようとすると、絶対に会いたくない、いやむしろ会ってはいけない人物と出会ってしまった。


「アッ、秋山あきやまくん! 昨日、岡崎さんとサボったわね!?」


 俺を見るなり行儀悪く人を指でさして、露骨に怒った表情でそう言ってくる。それにしてもまた面倒な者と鉢合わせたものだ。このまま説教されて、テンション下がったままクリパを回るのは嫌だ。


「やっ、やべぇ……行くぞ、修二!!」


 なので俺は今日もまた逃亡することにした。どうせ委員長のことだ。追ってはこれまい。しかも今日は野郎2人。それにどちらも身体能力には自信あり。勝てるわけない。


「おっ、おう!」


「あっ、コラッー! 待ちなさい!」


 委員長の言葉なんぞ無視して、走って行く。今日は意外にも追ってはこないようで、そのまま逃げ切れてしまった。ただ今、俺の目的地は3組、つまり諫山いさやま姉妹に会いたいのだ。あの例の件で訊きたいことがある。なので、うまいこと見つからないようにして、また1年の廊下に行かなければならない。俺はとりあえず修二にその旨を伝え、再び1年生の廊下へと、まるで忍者のようにコソコソと行った。 


「――あっ、まだ準備中……ってれんか、どうしたの?」


 どうやらまだ開店前だったようで、ちょうどなぎさが入り口付近の机を拭いているところだった。俺たちに気づいたようで、怪訝けげんそうな顔をしてそう訊いてくる。


「うっす、ちょっと小耳にはさんだことがあってな」


「ん、なにを聞いたのよ?」


「渚とみお、お前たちミスコンに出るってホントか?」


「え、ええ、そうよ」


 明らかに聞かれたくなかったことのようで、いつもの渚らしさがなくなり、いわば澪化し始めている。目が泳いで、俺と目を合わせようとしない。


「えっ、なんでそれを……?」


 俺が来たことに気づき、近づいてきた澪も驚くような顔をしている。


「マジか! 澪、お前大丈夫なのか?」


「だっ、大丈夫じゃないよー! 今からすっごく緊張してるもん……」


 澪は顔を真っ赤にしながらそう言った。今からこの調子じゃ本番が思いやられるな。


「じゃあ、なんで出るんだよ……」


 おそらく、出場自体は姉に誘われた、というよりは強要されてエントリーしたのだろう。なんとなく、この2人の関係からそんな気がする。でも今日ここに来ているということは、澪も出場する意思があるということなのだろう。本当に出たくないなら今日トンズラするとか、事情を、話ができる明日美とかに説明してリタイアさせてもらえばいいわけだし。そして本当に彼女の意思で出る気になったのには、それなりの理由があるはずだ。そうじゃなきゃ、ただでさえ人と話すのも恥ずかしがるあの澪が、大勢の前に出るミスコンに出場する意味がないもんな。


「どうせ、景品目当てなんでしょ? ふふ」


 渚は全て見透かしているような顔でそう言った。


「おっ、お姉ちゃんだってそれじゃん……」


 妹も負けじと反航をする。


「わっ、私は……べ、別に、景品なんかッ……!」


 渚はそんなわかりやすい動揺をする。この反応から見るに、どうやら2人とも景品が目当てらしい。ということは渚、澪にとって好都合なもので、俺にとって不都合なものという解釈でいいわけだ。ただそれでも答えが導かれるわけではなかった。というか、むしろどんどん複雑化して、答えから遠のいている気がする。


「なあ、景品って何なんだ?」


 なので、俺は姉妹に直球で訊いてみることにした。もっとも、あの反応じゃ答えてくれはしないだろうから、期待はしないけど。


「「えっ、知らないの!?」」


 双子らしく声を揃ろえて驚く2人。ただ面白いのはそう言った後、2人とも安堵した表情を一瞬みせた。ということは俺には知られてはマズいものなのだろうか。


「ふふ、知らないほうがいいわよ。ミスコンまで楽しみにとっておけば?」


 渚は急に余裕ぶって、俺の質問をはぐらかす。


「お前もそれかよ……教えてくれよ!」


「だ、だめだよー! 知っちゃったら大変だもん!」


 そして追い打ちをかけるように、澪にまでそう念を押されてしまった。そこまで言われてしまえば、もうこれ以上詮索ができない。


「ここでも収穫なしか……しょうがない、他行くか」


 俺はそう溜め息をつき、用もなくなったので教室から出ることにした。そう言えばこの間、修二は一言も喋らなかった。なんか、逆に不気味だ。


「ありがとうございました」


 諫山姉妹に見送られながら、俺は店を出て次はどこに行くか考えていた。この時間だと、3組みたいにまだ準備中なところが多いだろうから、俺としてはミスコンの情報収集にあたりたい。


「なぁ、景品について何か知ってるか?」


 なので俺は早速、ミスコンに詳しそうな修二に訊いてみる。


「いや、全く。たとえ知っていたとしても、教えねーけど」


 明らかにその言い方は知っているそれだ。それになんとなく、顔が『知ってる』って顔しているし。


「知ってんじゃねーか、教えろ」


「やだよ、まあ、諦めてミスコンまで待つことだな。俺はムカつくけど……」


 おや、修二にとっても不都合な可能性も出てきた。もしや男にとっては不都合で、女子もしくはミスコン出場者にとっては好都合なものなのか。ただそれでもわかりそうにないぞ。いくらなんでも情報が少なすぎるし、得ている情報も抽象的すぎる。もうこれ以上のまともな情報は集まりそうにないので、仕方なくミスコンまで待つことにした。どうせ、あと数時間程度で謎が明らかになることだし。なので俺はミスコンのことは一旦忘れ、クリパを満喫することにした。

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