23話「同じ穴のムジナ」

 午後の気だるい授業も終わり、放課後を迎えていた。当然、ここでも皆クリパの準備に取り掛かっている。俺はというと、何故か後ろにバッチリ監視役がついた状態で作業を行っていた。しかもその監視役が明らかに怒っているようで、プレッシャーが半端じゃない。そうなってしまったのは、あの生徒会役員のせいだ。


 昼休み、教室に戻ると、委員長は鬼の形相で俺を待っていた。帰ったときにはもう時間は既にあと数分しかなかったのだ。つまり半サボり状態になってしまったので、委員長は俺にキレて今もなお現在進行で俺を監視しているというわけ。ただ俺が思うに、委員長は俺を自分の怒りの掃き溜めにしているじゃないかという説がある。その理由として、昼休みの作業では思うようにいかなかったらしいことが要因だろう。それで本人も焦りを感じ、さらに委員長という役職から責任を感じ、それが怒りに変わっていると言ったところだろう。俺ははた迷惑な話だな、と思いながらもムダに抵抗しても余計に怒られるだけなので、作業をつづける。ただそれで困るのが周りのクラスメイトたちだ。委員長の顔、雰囲気、オーラのせいで、空気が完全に張り詰めてしまっている。俺はそれに巻き込まれたみんなを可哀想と思いつつ、横目で委員長の様子を窺っていた。


 俺には使命がある。汐月しおつきをミスコンに出場させることだ。まずここで汐月に話しに行く、というのはムリなので、メールで『一緒に下校しよう』という旨の文を送ることにした。したのはいいのだが、問題は委員長だ。ここで携帯を取り出せば、確実に没収されてしまう。なので委員長の目を盗んで送ってしまおうという作戦だ。だが委員長は中々にしぶとく、スキを与えさせてはくれない。こうなればもう持久戦だ。耐えて耐えて、耐え忍ぶしかない。


「委員長ーちょっと来てー」


 その刹那、ナイスなタイミングでクラスメイトが委員長を呼ぶ。それに返事をしながら、そのクラスメイトの方へと向かっていく。ここしかないと思い、手早く携帯を取り出し、汐月へメールを送る。俺はあらかじめ授業の間の10分休み中にメールを作成し、もう後は送るだけの状態にしておいたのだ。だからここでの作業は電源を入れて、送信ボタンを押すだけ。どうやらバレずに事を進められたようで、俺のメールは汐月へ送られていく。委員長は全くもって反応なし。送ったのを確認し、俺はすぐさま携帯をポケットに入れ、作業を再開する。ありがとう、とその委員長を呼び出してくれたクラスメイトに心の中で感謝しながらも、俺は素知らぬ顔で作業を続けていた。その作業中にチラッと汐月の方をみると、ちょうど同じタイミングで汐月と目が合う。すると汐月は右手でオッケーと丸を作り、合図を送ってくれた。これで約束も取り付け、後は作業のノルマを終えるだけ。だがそのノルマを達成するのにも、最低でも下校時間ギリギリになりそうだ。ホントにこれ間に合うのだろうか。俺すらも不安になってきた。


「――ふぅー……なんとか、ノルマは達成ねー! みんな、遅くまでありがとう、帰っていいわよーもう下校時間が近いから、さっさと下校してねー」


 それからしばらく経ち、ようやく準備の半分を超えたぐらい終わったところで、解散となった。その指示を受け、みんなそれぞれ下校の準備を始めていた。ノルマが達成できて満足なのか、委員長の雰囲気もいつもの感じに戻っていた。そんな中、汐月がこっそりと俺の肩を人差し指で突っつき、俺を呼ぶ。


「あのさ、ここから一緒に行くのもアレだから、生徒玄関で待ち合わせしない?」


 そちらへ振り向くと、周りの目を気にしながら小声で話しかけてくる汐月。確かに、俺も俺で修二しゅうじに見つかると面倒だし、それには賛成だ。変に、『付き合ってる』とか茶化されるのも汐月に迷惑だしな。


「わかった、んじゃ、俺が先行くわ」


「うん、じゃまた後で」


 そういって、汐月は自分の席へ戻り、帰りの準備を始める。俺もそそくさと帰ろうと、自分の席に置いてあるカバンを取りに行こうとしたその時、できれば会いたくなかったアイツが絡んできた。


れん、一緒に帰ろうぜー!」


 修二にみつかってしまった。いつものお気楽な声をして話しかけてくる。なんて間が悪いんだろうと思いつつ、俺は汐月のためバレないようにしなければと、身構える。


「あー、悪い……先着がいるんだよ」


「はあ? 別に一緒に帰りゃいいじゃんか」


 修二はなぜこういう時に限って、こうも空気が読めなくなるのだろうか。いつもならもっと空気が読める子なのに。しょうがないので、個人が特定されない程度に理由を述べることにした。


「ちょっと2人で話したいことがあんだよ、悪いな」


「んん? その言い方怪しいなぁー……しかも、か……」


 その発言に、俺を訝しむような目で見つめる修二。俺のことを詮索する気だな、こいつ。ヤバイ、これは時間とられるやつだ。


「な、なんだよ、いいだろ別に……」


「でもよ、ってことは相手も1人ってことだろ?」


「ああ、そうだよ」


「誰なんだよ? そんな2人きりの状況まで作って話したいことがあるやつって」


 興味津々で直球にそんなことを訊いてくる修二。


「言うわけねーだろ、バカ」


 お前だけには言いたくない。からかわれる、言いふらされる、誤解される。言ってもいいこと1つもありやしない。


「ちぇー……まあそりゃそうか」


 それに露骨に残念そうな顔をしながらも、だがまだどこか諦めていない様子の修二。


「いいか、ついてくんなよ? これフリじゃなく、マジなやつだからな」


 俺はそんな修二に、先手を打っておく。ストーカーなんて犯罪まがいなことはできればやめていただきたい。これは俺だけの問題じゃない、汐月にも飛び火する問題だからな。


「わかったよ、いってらっしゃーい」


 嫌味ったらしい口調でそんなことを言ってくる修二。とりあえず、難は逃れたようだ。俺は一安心しながらも、修二を置いて今度こそ自分の席のカバンを手に取る。ふと汐月の席へと目をやると、なんと彼女の姿はもう既にそこにはなかった。おそらく、俺が修二に絡まれるのをみて、空気を読んで先へ生徒玄関へ向かったのだろう。だったら待たせてはないけないと、俺は急ぎ目で生徒玄関へ向かった。


「――煉くん、遅いよ」


 生徒玄関には案の定、汐月がいた。ちょっと露骨にプスッとした表情で、腕を組んで怒ったような感じを出している。


「ゴメン! ちょっと修二に捕まってさ……」


 俺は手を合わせて、言い訳みたいな理由を述べる。


「ふふ、冗談だよ。木下くんに話しかけられてたもんね」


 予想通り、汐月は俺たちのことを見ていたみたいだ。それで先へ行っていてくれたと。ホント、誰かと違って空気が読めること。


「そう、修二のヤツ全然空気読めないんだよ」


「ふふ、しょうがないよ、木下くんだもん」


 これが世の女子の修二に対する評価か。かなり低く見られてるな。ま、『修二だからしょうがない』けど。


「そんなやつはほっといて、さ、行こうよ」


 そう言って、俺たちは学園を後にし、それぞれの家へと歩き始める。さて、後はあのことを話すだけだ。だが、そのタイミングがいまいち分からない。割りと汐月の中ではこれはデリケートな話だし、これで汐月の中の俺の評価まで下げたくないし。


「そういえばさ、今日はなんで一緒に帰りたいなんていったの?」


 そんなことを考えている折、不意に汐月がそんな都合のいいことを訊いてきてくれる。


「えと、それは……」


 だが、如何せんちょっと言いにくい。汐月のためにも、言わなければならないのは分かっている。だけれど、言葉を誤って汐月の気分を悪くさせるようなことはしたくない。それを見ると、俺まで悲しくなってしまう。だから、俺はうまい言葉を探しながら、そんな感じで言葉を濁していた。


「もしかして、ミスコンのこと?」


 それで察してくれたのか、汐月はダイレクトに俺の言いたいことを言ってくれた。


「えっ!? あっ、うん……そのことで、さ」


 だがまさか言われると思っておらず、思わず驚愕してしまった。もしかすると汐月は昼休みのことを見ていて、それで察してくれたのかもしれない。


「やっぱり、はぁー……しつこいなぁ……煉くんにまで頼むなんて」


 そんな大きなため息をつきながら、嫌そうにボヤく汐月。


「でもさ、俺はある条件を付けてもらってきたんだ」


「条件って?」


「うん、汐月に今後一切、ミスコン出場への誘いをしないって条件」


「ふーん、でもなんで受けたの? 私が出場しないって分かってるでしょ?」


「え、えとー……ミスコンに出る汐月が見たいなぁーなんて?」


 咄嗟とっさのことに、もはや俺自身が何言ってるのかわからなくなっていた。いや、ぶっちゃけ言えば見てみたい気もする。アイツから今年は面子めんつがスゴイって聞いた時から、頭の中には出場している汐月の図が浮かんでいた。それはやっぱりステージ映えしてたし、正直、この美貌でミスコンに出ないのはもったいないと思った。結局は俺もそこら辺の野郎共や、あの生徒会役員と同じレベルってわけだ。


「えっ、そう……なんだ……」


 照れたような表情で、そっぽを向いてしまう汐月。完全に2人には気まずい空気が流れてしまった。


「あっ、えっと、やっぱダメ……?」


 俺はその流れを変えるため、試行錯誤し、確認を取る。いくら周りがそれを欲したとしても、本人がそれを望まなければ意味がない。本人が『出たくない』と言うのであれば、それは仕方のないことだろう。むしろそれを聞いたのにも関わらず、諦めないアイツが悪いんだから。


「……ううん、私出るよ。煉くんのために……」


 俺はかなり諦めムードで汐月の言葉を待っていたが、俺の予想とは全然違う答えを発した。『俺のために』というのは、俺が生徒会役員と交わした約束を守れ、面目が立つようにしてくれたということにしたい。その言葉を聞き、俺は安堵し、そして少し期待が膨らんでいた。


「そっか、ありがと」


「うん、でも条件があるの。聞いてくれる?」


「ああ、いいよ」


 これで汐月はもう生徒会役員の勧誘に悩まされることはなくなるのだから、これぐらいの代償は受けよう。修二じゃないんだから、汐月だってそんな無茶苦茶な条件なんてしてはこないだろうし。


「じゃあ……絶対に、ミスコンに来て」


 汐月は心なしか、ちょっと頬を赤らめてそう言った。


「えっ、それだけ?」


 あまりにも簡単な条件だったので、拍子抜けしてしまった。俺としては良心的な範囲で『奢って』とかそういうものが来ると思っていたから。


「うん、だって煉くん、多分だけど行ったことないでしょ? 私も行ったことないけど……」


「まあ、確かに」


「だから、来て欲しいの」


 その表情はまさに真剣そのもの。それから彼女の意思が伝わってくる。


「わかった、じゃあ絶対に行くよ」


 俺はそれを快く承諾する。汐月が頑張っているのに、俺が家で惰眠を貪っている、というのも不平等だろう。応援隊ってわけじゃないけど、ギャラリーからその有志を見届けさせてもらおう。


「じゃあ、約束だよ」


 そう言って汐月は小指を出してきた。おそらくアレをやりたいんだろう。俺も小指を出して、約束の時のお決まりのやつを始める。それにしても、今時これをやるなんて古風だなと思いつつ、指を離す。それから、若干の気まずさが抜けないまま、気がつくと並木道に着いていた。


「じゃあね、煉くん」


 汐月は振り返って、手を振りながらそう言った。俺もそれを受けて、軽く手を挙げた。


「んじゃ、また明日な」


 俺たちはそれぞれの方向へと歩き出した。なんとか汐月はミスコン出場してくれることになったが、その条件に『俺も当日に行く』というのができるかどうか今から不安で仕方がない。相変わらず朝は弱いし、それに休みの日だから、寝坊したら昼まで行くこともある。だから気をつけなければ。当日、ミスコン参加したのに俺がいないなんてことになったら、汐月はさぞ怒ることだろう。そうならないためにも、目覚ましを万全の状態にし、最悪明日美という目覚まし時計を利用してでも起きなければ。俺はそう強い意志を固め、帰路へとつく。

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