プロローグ

1話「変わらぬ日常に起こる『非日常』」

 2077年12月16日(木)


 小鳥のさえずりが聞こえてくる、ある冬の朝のこと。秋山あきやまれんは朝だというのにも関わらず、未だに布団の中で安眠をむさぼっていた。俺は朝が非常に弱い。だからいつも遅刻しないギリギリのラインまで眠っている、というか起きられないのだ。


「…………なさい」


 だけれどしばらく心地の良い安眠に浸っていると、そんな眠りをさまたげるかのように、俺の体を揺さぶって起こそうとする者が現れる。それを俺は無視して、その起こすのを拒否するかのように寝返りを打って布団の中に居座り続けた。悪いけど俺の体は起きれる状態になってはいないんだ、だからもうちょっと寝かせてくれよ。


「起きなさーーいッ――!!」


 そんな願望も虚しく、いつまでも起きない俺にしびれを切らし、ちょっと怒ったような口ぶりで大声を上げて俺を叩き起こしにかかってきた。


「うわっ!?」


 そんな大声にすかさず体が反応してしまい、俺はパッと目を開けてそのまま飛び起きてしまう。そしてすぐさまその声の主の方へと目をやると、やはりというか当たり前だが、予想通りの人物がそこにいた。我が義姉あね秋山あきやま明日美あすみだ。


「いつまで寝てるの! 遅刻するわよ!」


 朝っぱらから明日美はまるでお母さんのような感じで、俺を怒鳴りつけてくる。


「明日美、朝から大声出すなよ……」


 その怒鳴り声も目覚めたばかりの俺には少々うるさく、耳がキーンとしてくる感じだった。俺は強制的に起こされて少し気分が悪い中、渋々ながらも明日美に従いベッドから起きることにした。これ以上駄々をこねていると明日美の雷が落ちかねない。この一日の始まりとも言える朝から、それだけ可能な限り避けたいのだ。


「早く起きない煉が悪いんでしょっ! さっさと着替えて!」


「分かったよ、はああー……」


 大きな欠伸をしながら伸びをし、俺は学園へ行く準備を始める。もはやこのやり取りもルーチンワークみたいなもの。毎日毎日365日、大体こんな感じ。いつもとなんら変わることのない日常。でも最近その『変わることのない日常』に飽きというか、物足りなさをどこか感じている自分がいた。ただそんなこと言ったってどうなるわけではないのだけれど。刺激を求めようにも、やはりこの島では無理だろう。そんなことを思いながら制服に着替え、いつものように朝の準備を済ませ、明日美の作った朝食もさっさと済ませる。


「――忘れ物はない?」


 そして明日美と共に学園へ向かう出際に、相変わらずお母さんみたいなことを訊いてくる明日美だった。たしかにうちの両親は共に海外働きでいないので、明日美がその代わりと言っても過言ではないけれど、それにしたって今日はやたらお姉ちゃんぶるというか、お母さんぶっているような気がした。何か良いことでもあったのだろうか。


「ガキじゃないんだからさ……」


 そんなお母さんな明日美に、ちょっとウザさを感じつつそんな返答をする。いつまで経っても、弟は弟ということだろうか。これでも俺も一応は本校の生徒なんですけどね。


「念のためにね」


「大丈夫、忘れ物ないよ」


「じゃあいこっか、煉」


 その合図と共に、冬本番への足音が近づいてきそうなそんな寒空の下、俺たちは学園へと歩を進めていく。それにしたって、たまに吹いてくる風がまあ冷たいこと冷たいこと。空は曇っているし、こんな調子だとしばらくしないうちに雪でも降ってきそうな感じだ。


「そうだ煉、今日煉の学年に転校生がくるんだって」


 そんな天候を肌で感じていると、明日美がそれこそ明日に雪でも降るんじゃないかと思えるほど珍しい情報を運んでくる。


「へぇーこの時期に?」


 今は12月、いわば学年末の時期だ。こんな時期に転校してくる生徒なんてまずないだろう。しかもこの学園に限って言えば、転校生が来ること自体そもそも珍しいことであった。俺も生まれてこの方、転校生がやってきたというのは聞いたことがない。


「うん、それにね、聞いた話だと親御さんの転勤とかでじゃなくてね、こっちにただ暮すために来たんだって! なんか変わってるよねー」


「へぇー」


 こんな島にただ暮らすためだけにやってくる人とはどんな人なんだろうか、そんな興味が湧いてきた。言い方は悪いけど、この島にそんな理由でやってくる人なんて相当な物好きな人っぽそうだ。たしかに近年では静寂せいじゃくを求めて田舎へ移住する人も多いみたいだけど、でもこの島は俺はオススメしない。街の方へ行けば何十年も前の都会と言われた騒々しい場所もあるし、逆にこっち方面の辺りは田舎と言うには中途半端なそれだし。でもそう考えると、それに付き合わされて転校させられる子供さんは少し可哀相だ。親の都合で振り回されているのだから。前にどこに住んでいたのかは知らないけど、きっとそっちの方が娯楽やショップとかも充実しているだろうしなぁ。


「うげっ……あれは――」


 そんな考えを巡らせながらしばらく歩いていると、ちょうど通学路の途中の並木道に差し掛かる。だいたいいつものことなら、ここで誰か知り合いと会うのがお約束になっている。そしてそのお約束通り、今回は2人が待っていた。もっとも明日美と一緒に登校している時点で、その予想は出来ていたけれど、でもできればその内1人には会いたくはなかった。だから俺は足がまるで鉛になってみたいに歩くスピードが鈍重になっていく。


「あっー! 煉くんだぁー!」


 だが遅くとも歩いている以上はいつかはたどり着いてしまうもので、しかも最悪なことにその人が俺のことに気づいてしまい、そして気づくやいなやすぐさま活発な声をあげて全速でこちらへと走って向かってくる。その顔は、まるで獲物でも見つけたかのようにキラキラと輝いていた。俺はそれに思わず逃げ出したいぐらいだったが、どうせ逃げても勝てるわけないので、半ば諦め気味で彼女が来るのを見つめていた。


「うへぇー……来たよ……」


 俺が露骨に嫌そうな顔をしているのにも関わらず、それを気にもとめずこちらへと向かってきて、そして遂に俺の元へと辿り着く。そしてすかさず俺の腕を手で持って、そのまま抱きついてくる。その名は柚原ゆずはらりん。俺にだけはやたら激しいボディコンタクトを取ってくる変な人である。ただ、それをされると今も現在進行形だが、先輩のが当たってしまうのは至極当然のこと。正直、どうしていいか分からないし、この状態がとても恥ずかしい。だからできれば人前ではやめてほしいのだが、先輩はそう簡単に言うことを聞いてはくれる人ではなかった。


「凛先輩! 恥ずかしいから離れてくださいよっ!!」


 無駄とは分かっていても、抵抗しないわけにはいかない。逆に抵抗しないで、勘違いされても困る。だけれど凛先輩は意外と力が強く、離れようとしてもガッチリと脇を締められてしまい、なかなか離れることができなかった。


「えーいいじゃーん、別にー!」


 そしてこの供述である。やっぱりやめてくれる気はさらさらないようだ。案外、これって野郎共の視線も痛いから、そういう所も含めやめていただきたい。


「ほら煉くんが困ってるよ、離れてあげなよぉー」


 そんな俺たちを見かねてか、甘い声で間に入ってくる小鳥遊たかなしつくし先輩。


「しょうがなぁーでもつくしそんな嫉妬しなくてもいいじゃん……」


 そのつくし先輩のお言葉のおかげで、なんとか凛先輩は渋々俺から離れることを了承してくれた。ただその際、凛先輩が明らかに名残惜しそうなのは言うまでもなかった。そしてそんな凛先輩は減らず口までたたく始末。


「ちっ違うよ! 嫉妬なんか……してないもん!」


 凛先輩のその言葉につくし先輩を若干頬を赤らめて、俺の方をチラチラ見ながら否定する。


「ほらーそんなバカやってると、遅刻するよー」


 そんなやり取りの中、ようやく明日美は助け舟を出してくれる。だが、姉よ。一通りこのくだりを楽しんでから助け舟を出したな。俺にはわかる。だってその顔が――俺にしかわからないだろうが――少しだけニヤニヤしているのだからな。ったく、最初っからさっさと出てきてくれりゃ、こんな茶番しなくていいのに。全くこの姉ときたら、弟をからかいおって。


「そっ、そうだよ! 早く学校いこっ!」


 つくし先輩は『助かった』と言わんばかりにその明日美の言葉にすぐさま反応して便乗し、先へ歩いて行ってしまう。俺も俺でこれ以上凛先輩に何かされるのは嫌だったので、先に行った明日美とつくし先輩についていく。


「あー待ってよぉー!」


 そして1人取り残された凛先輩はそんな甘えた声をだして、俺たちの後を追ってくる。そんないつもどおりの日常を一通り済ませ、俺たちはいつも通り、他愛もない話でもしながら学園へと向かった。

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