七 大地の舞い



 一人になると、少し落ち着いた。ああも人――と言っても大半は地の精 ノームだったが――に囲まれると頭がごちゃごちゃしてくる。

――さて、どちらから話そうか。

「おれは、あとでいい」

――ふむ、ではそうしよう。我の話というのは、先ほど話した封印についてだ。

(封印の話……? 何でおれだけに話すんだろう?)

 レアンにかまわず、オルフは話を続ける。

――一応、断わっておかねばならんと思ってな。

「ん? 身体を貸すってことか? それならもういちいち断らなくたって……」

 オルフはレアンの言葉を遮った。

――いやいや、封印の儀式を行うのは、我とそなただ。

「それはどういう……」

 レアンは眉をひそめる。

――言った通りだ。儀式にはそなたと我の力を合わせる必要がある……まあ、詳しい作法はあとで説明するにして、問題はその後だ。

「……そんなこと、おれにできるのか……」

――何、難しいことではない。

「そうか。で、問題というのは?」

――封印の儀式は、精霊の儀式とは異なって、この世界の力――つまり、この地に蓄えられた生命力を使うことになる。その力をもって、我とそなたで力を行使し、強制的にやつらを地の底に封じ込める……これが封印の儀式だ。

 それのどこに問題があるのだろうと、レアンは思った。

――この世界の生命力を使うというのが、どういうことかわかるか?

 少し考えて、レアンは首をひねった。

――わからぬか? ならば教えてやろう……まず、土が死ぬ。その次に、草木が枯れる。その草木を餌にする生き物は、飢えて死に、さらにそれらを喰う獣どもも……とこういった具合に、連鎖的に生命力を失った地は枯れていくことになる……。

「……それで、おれになにをしろと?」

 オルフは笑った――ように思えた。

――ふむ、物分かりが良くてよろしい。そなたには生命力を失った地を巡って、精霊の儀式を行ってもらいたい。

「おれ一人で、世界中を⁉」

 あまりに規模の大きさに驚いて、レアンは文句を言おうと思ったが、姿のない声の主に、どう視線を向けていいかわからず、言葉を失った。

――いやいや、そこまで広くには及ばん。せいぜいこの国の中でおさまるだろう。

 少しほっとした……が、

「それにしたって広すぎる」

――まあ、我にとっては、ほんの身体の一部でしかないが、人にとっては広く感じるのだろうな。だが、なにも一人でやれと言っているわけではない。とはいえ、誰でもいいわけではない。それなりに力を持ったものでなければならない。

 今度こそ、本当に安心した。そして、少し考えを巡らせる。

「力があるって言ったら……ばあちゃんがいいだろうけど、ばあちゃんに旅させるのはちょっと気が引けるな」

――うむ。あの娘ならば申し分はないな。あの娘の身体を気にかけているのなら、それは無用な心配だ。あの娘はもとより旅好きな女だし、そなたが思うより丈夫だ。

「ばあちゃんを知ってるのか⁉」

――もちろんだ。地の精ノームと親しいということは、我とも親和しやすい。時代が違えば、我の器になっていたかもしれん。

(なんだよそれ……)

 なぜだか無性に腹が立った。

「なんで、おれだった? いまの口ぶりじゃ、おれよりばあちゃんのほうが器としては良かったみたいじゃないか」

 実際、トリシィのほうが向いているだろうと、レアンは思っている。地の精たちによく慕われているし、祭儀の腕もいい。当たり前だが、知識も経験も、レアンよりずっとある。対する自分は、つい最近まで精霊を見られなかったし、特段これといった強みはない。強いて言うならば、プリムラと契約していることくらいだろうか……。

――そなたが話したかったことはそのことか?

「ああ、そうだ。なんで、おれだった? おれで良かったのか?」

 オルフは束の間黙って、それから言った。

――我は、むやみやたらに器を得たりはしない。人を器にするということは、その者の生を奪うことと同義だからな。

「おれなら、よかったと?」

 そうにしか聞こえなかった。

 穏やかな口調で、オルフは返した。

――いや、そうではない。まあ聞け。そなたの生を軽んじていたわけではない。むしろ尊重しているからこそ、軽はずみに器を選ぶことができないのだ。

「…………」

――だが、我も少々焦っていた。すべてを喰らうものは、我が器を決めあぐねている間も、じわじわと着実に、大地を蝕んでいく……。なんとしても、早急に器を得たかった――

 だったら、なおのこと迷わずに、自分でもトリシィでも選べばよいのに……器になるには、他の条件があるのだろうか。そう思ったが、返ってきたのは、意外な答えだった。

――そんなときに、そなたが力を求めた。燃えゆく森を思う、そなたの心と、我の心が共鳴したのだ。だから、そなたを我の器に決めた。いや、なったというのが正しいかもしれぬ。

 レアンは怪訝そうに眉をひそめた。

「で、でも、そんなつもりは……」

 なかった。というか、無我夢中だったから、よく覚えていない。でも、あいつを止めたくて、でも、そんな力なくって、それで……ただ――叫んだ、だけだった。

――関係ない。心の奥底では、そう思っていたはずだ。

 それは、確かに、そうなのかもしれないが、そう言いきられてしまうと、なんだかしっくりこない。それに――

「……でも、それならおれは、器に向いていないと思う。おれにはたいした力はない。その……心の底で求めてしまうくらいには」

――器になるのに必要なのは、何も力だけではない。人の言葉では、馬が合う、と言ったかな? そういった相性も大事なのだよ。それに、そなたは、自分で思っている以上に力を持っている。

 力のあるものにそんなことを言われたって、はいそうですかと、納得なんてできない。

「随分勝手な言い草だな。おれはまだ、あんたのことをよく知らない。正直、気が合うとも思えないんだけど」

――そうか? 我は案外気に入っているのだが……。ところで、きちんと答えをまだ聞いていなかったな。我に、協力してくれるだろうか?

「……おれは、初めからそのつもりだったが? そのための……器、なんだろ?」

――それを聞いて安心した。恩に着る。

「ったく。おれが断ったら、どうするつもりだったんだよ」

――それは困るな。新たな器を探さねばならぬ。……だが、断るとは思っていなかった。そして、その通りになった。

「なんかムカつく……」

――まあ、そうかっかするな。これから……長い付き合いになる。この調子ではもたんわい。

「長い付き合い、ねぇ……」

 自分は、どこで、後に引けない一歩を、踏み出してしまったのだろう。ため息をつく。でも、もうこの道を進むしかない。いや、まだ道はあるのかもしれない。だけど、だけども、いまは迷いたくない。たとえ行き着く先が、絶望であったとしても、道は一本で十分なのだ。

――そろそろ戻ろうか。話は終わった。

「ああ」

 うなずいて、レアンは歩き出す。風が少し冷たい気がした。


 それから、ひと月ほど経って、ようやく封印の儀式――大地の舞いが執り行われることになった。場所は、協議の末、ユーラムに決まった。力を均等に及ばせるために、なるべく国土の中央で儀式をしたいというオルフの要望と、儀式には国王をはじめとした国の要人たちが立ち会うので、警備や交通の便を考えて、人里に近いところが良いという祭司官長のエイザの要望を加味した結果の決定だった。

 協議には、もちろんレアンも地の王の器として参加した。そのかたわらで、レアンは、大地の舞いの儀式の作法を、オルフからみっちり教え込まれることになった。

 オルフの指導は、言い方こそ穏やかだったが、まず、その情報量の多さにやられた。これまで、勉強とは無縁だったレアンにとって、知識を詰め込まされるのはただ苦痛でしかなかった。まだ、実技の練習のほうがマシなくらいだ。

 そんな忙しい日々を過ごす中で、レアンにはひとつ気がかりなことがあった。

 プリムラのことだ。精霊樹の下で目覚めた後から、ずっと様子がおかしい。妙にかしこまっているし、ときどき敬語だったりするし、とにかく、何かがおかしいのだ。とはいえ、どんなに問い質したって、大丈夫何でもない、の一点張りで埒が明かない。

 そこで諦めてしまうレアンもレアンなのだが、多忙を極める中で、それ以上プリムラにかまっていられるほどの気力がなかったというのが、言い訳がましいが実情なのである。

 いま思えば、随分と薄情なものだと、改めて思うが、結局、モヤモヤとした気持ちを抱えながら、封印の儀式の日を迎えることになってしまった。だが――

(今日こそは、はっきりさせよう)

 じゃないと、儀式に集中できない。大地の舞いは、オルフと心を合わせることで初めて成功する。心が乱れているようじゃ、うまくいくものもうまくいかない。それに、あいつには、伝えなきゃならないことがある――から。

 そっと意気込んで、レアンは、控えの天幕の戸布をめくった。

 ユーラムの町の南側にある、大広場に儀式の舞台は造られた。すでに人が集まり始めているのか、天幕の中からでも、人々のざわめきが聞こえる。

 中には、トリシィとクライグと、そして、プリムラがいた。

 トリシィとクライグは、向かい合って座り、談笑している。あの二人はなかなか気が合うようで、クライグはトリシィの語る知識に興味があり、トリシィはトリシィで、若い男と話せるのが楽しいのだそうだ。

 プリムラは奥のほうで、一人ぽつんと座っている。

 意気込んで入ったものの、いざプリムラの姿を見ると、言葉が浮かばず、とりあえずトリシィたちに声をかけた。きっかけが欲しかったのだ。

「ばあちゃん。この前話したことだけど……」

 レアンは、道中で話した、封印の儀式のあとのことについて、暗に持ちかけた。

 しかし、先に反応を示したのはトリシィではなかった。

「それならもう……」

 クライグだ。クライグもまた、儀式のあとに、精霊の儀式をして回る面々になっていた。国の一大事に、森の民アルシェが貢献しているのに、祭司官が何もしないわけにはいかないだろうという、いわゆる面子の問題もあったが、やはり、いかに小国とはいえ、たった二人で巡るには、エザフォスは広すぎるのだ。とはいえ、祭司官から選出されたのは、クライグのみ。これは、単純に能力の問題だ。活力を失った土地を、元に戻すのは、並大抵のことではないのである。

 クライグから一瞬遅れて、トリシィはなだめるようにクライグの言葉を遮った。どうやら、レアンの意図をくみ取ってくれたようで、ニヤリとしながら、トリシィは言った。

「そのことなら、しっかりと引き受けたから、任せておきなさい。それよりも……」

 言いながら、トリシィは招き寄せるように、クイクイっと指を動かした。

 レアンは、顔を少しトリシィに近づける。トリシィは声を潜めた。

「早く嬢ちゃんに、声をかけてやんなさいな。悩んでても仕方ないよ」

 少し照れ臭そうに、レアンは、苦笑した。

「ばあちゃんには、なんでもお見通しなんだなぁ」

 トリシィは、ケタケタと笑った。

「当り前さね。ずっとギクシャクしてたからね。こっちがやきもきしてたくらいさ。さっさとすっきりさせてきな」

 レアンはうなずいた。

「うん。わかってる。ありがとう」

 プリムラのもとへ向かうレアンの背中を見て、トリシィがつぶやいた。

「青春だねぇ」

 クライグがうなずく。

「ですねぇ……」

 一瞬真顔になって、また、トリシィはいたずらっぽく口角をあげた。

「何を言っとるか。若造め」

 クライグは照れ臭そうに微笑んだ。

「それを、言われると返す言葉もありません」


 レアンがそばに行くと、少し慌てた様子で、プリムラが立ちあがった。見上げる顔は、どこかよそよそしい。まるで知らない女の顔だ。

「ちょっと話がある」

 プリムラが少しうつむく。身構えているようだ。

「な、なに……あ、なんでしょうか?」

 レアンはむっと顔をしかめた。

「それだよ。この前から、態度がおかしいじゃん。なんていうかさ、その。よそよそしい感じ?」

 プリムラはたじろいだ。

「それは、その……」

 かぶせるようにレアンは言った。

「今日は、なんでもない、はなしだからな」

 強めに言ったら、プリムラは、明らかに困った顔をした。

 沈黙。必死に言葉を選んでいるのだろうか、唇を湿しながら、プリムラは押し黙っている。少し気まずい雰囲気になってしまったが、プリムラが語りだすまで待った。

 しばらくして、ようやくプリムラが口を開いた。

「……ごめんなさい。わたし、どう接していいかわからなくって……だって、あなたは、王の器だから……」

「だから何だっていうんだよ。おれはおれだよ、何も変わんないよ」

「それは……そうなんだけど、でも、やっぱり違うの。わたしたちにとって、王は敬うべき、偉大な存在で、その……」

「おれは、王じゃないし、敬う必要なんてないよ。むしろ、変に気を使われてるほうが、こっちも居心地悪いし、なんかやだな」

 そう言うと、プリムラはますます困った顔になった。これじゃあ、こっちがいじめているみたいだ。

「また、前みたいに戻れないのかなぁ……」

 伏し目がちに、レアンがつぶやく。

 プリムラもまた、ため息交じりに、小さくつぶやいた。

「わたしだって、できることなら、そうしたいけれど……」

「だったら!」

 つい語気が強まり、言いかけるレアンを、プリムラは、さらに強い語気で遮った。

「でも! 父様に、強く言いつけられているから、できないの……」

 プリムラの語尾は震えていたが、レアンは、なんだか拍子抜けてしまった。

「……何だよ、それ……てか、俺と契約するときは親父の反対押し切ってまで、契約するって啖呵切ったくせに、いまさら親父の言うことに従順になるのかよ……」

 プリムラは、目じりに涙をためながら、うつむいている。こころなしか、震えているようにも見える。

 レアンは、大きくため息をついた。

「……てかさ。いま思ったんだけど、なんか言い争いみたいになっちゃったけど、おれたち、普通に話せてるくね?」

「……あっ」

 プリムラが顔をあげる。自分でも、気づかぬうちに、口調が変わっていることに気づいたのだろう。ほんの少しだが、表情が明るくなった。

 それを見て、レアンは得意げに微笑んだ。

「だろっ。だったら、親父の言うことなんて無視して、普通に接してくれればいいじゃん。別に監視されてるわけじゃないし、そのほうが、おまえも楽だと思うんだけどなぁ」

「でも……」

 まだ釈然としないようで、プリムラは、うつむきがちに口を結んだ。

 じれったくなって、いよいよレアンは大声をあげた。

「あーもうっ! じゃあこうしよう! これはおれの命令だ。お前はこれから、俺と普通に接する。いいか? これは王様の命令だからな? 絶対従うんだぞ!」

 言いきって、してやったりと、満足げにレアンは微笑んだ。

 しばらく、目を丸くして、まじまじとレアンの顔を見つめていたプリムラだったが、不意に、吹き出すように笑い始めた。

「……ったく、ホント、無茶苦茶なこと言い出すんだから。でも、わかったわ。謹んで、その命、お受けしますわ」

 プリムラは、わざとらしく丁寧に言って見せた。

 それを聞いて、レアンは口を尖らせた。

「お前、わざとやってるだろ」

「そうよ。……というか、あなた、自分で王じゃないって言ったくせに、王様とか言っちゃうんだ」

 痛いところを突かれて、レアンは、ふてくされるように口ごもんだ。

「それは……その、それくらい言わなきゃ、ダメかなって思って……」

「でも、おかげで吹っ切れた。ありがとう……そして、ごめんなさい」

 そんなことを急に言われたので、レアンは、照れ臭そうに頬を染めながら、顔をそらした。

「……別に、礼も謝罪もいらねえよ。おれだって、忙しいからって、はっきりさせてこなかったんだし……」

 そこまで言って、レアンは、しばし沈黙した。この期に及んで、少し迷いが生じたようである。だけど、これを言わなければ意味がない。

 レアンは再び口を開いた。

「……あの、さぁ……悪いと思ってるなら――いや、そういうあれじゃないんだけど、なんていうか……お願いが、あってさ」

 あまりのしどろもどろさに、今度はプリムラのほうがじれったくなって、呆れ気味に聞き返した。

「えっ? 何? わたしにできることなら、何でもするけど……」

 レアンは、ちらりとプリムラを睨みつけた。

「言ったな?」

 やれやれと、プリムラは息をついた。

「言ったわよ。早く言ってごらんなさい」

「じゃあ、言うけど……この後の儀式でさ。一緒に舞台に上がってほしいんだ。それで、お前には、歌を……歌ってほしいんだ」

 プリムラは、すぐには返答しなかった。

 不安になって、レアンはプリムラの顔色をうかがった。プリムラは、目を見開いて、唖然としていると思いきや、眉をひそめ、呆れたような、困惑しているかのような表情になった。

「……別に構わないけれど、いいの? わたしなんかの歌で……だって、大事な儀式じゃない?」

「いいんだよ……だって、おれは、お前のその歌声に惹かれて、あのとき、あの湖で、お前と出会ったんだから……」

 思わぬレアンの告白に、ついにはプリムラも赤面した。

「ちょ、ちょっと……何、言ってるのよ」

 レアンは慌てて付け足した。

「い、いやっ、そういうことじゃなくて、その……うーんと、あれだ! おれとお前は運命共同体なんだろう? だから、こういう大事な時は、協力っていうのかなぁ、そういうの、したほうがいいじゃないかなって、思ったから、そう言ったまでで、別に……他意はない」

「……意気地なし」

 プリムラはぼそっと言った。

「ん? なんか言ったか?」

 苦笑しながら、プリムラは首を振った。

「なんでもー」

「ん? そうかぁ? ま、いいや。じゃあ――」

 居住まいを正して、レアンは手を前に差し出した。

「これからもよろしく頼むぜ。相棒」

 静かに鼻で笑って、それから、プリムラもまた、手を差し出した。

「こちらこそ。頼りないご主人様」

「うっせ」

 ふてくされるように言って、プリムラの手を握る。その手は、あたたかかった。

 そのとき、誰かが戸布をめくり中に入ってきた。

 クライグはいち早く立ちあがり、その人物に深く会釈した。

「……そろそろ、儀式を始めるが、準備はできているかな? ……おっと、これは、お邪魔だったかな?」

 あの鉄面皮の祖父が、口もとに皮肉っぽい笑みを浮かべながら言った。

 不意に二人は、冷静になって、はじかれるように手を離し、互いに目をそらした。

 トリシィがケタケタと笑い始める。

「いや、ちょうどよかったわい。すっかり二人の世界に、入っておったからのう」

 トリシィの姿を認めると、エイザは軽く会釈をした。

「これはこれは、地の精ノームのいとし子ではありませんか」

 エイザが丁寧に言うと、トリシィは眉をゆがめ、少しいやそうな顔をした。

「まったく、あんたのおかげで、こちとらいい迷惑さね。変な呼び名で呼びよって。恥ずかしいったらないね」

 エイザはトリシィの文句をするりとかわした。

「いえいえ、これは敬意をもって、そう呼ばせてもらっているに過ぎません。……そう、あれはまだわたしが青かったころ、地の精の大軍を引き連れて、わたしの前に現れた女人の姿は、まさに、地の精ノームのいとし子でしたよ」

 鼻を鳴らして、トリシィはそっぽを向いた。

「あの乳臭かった坊主が、出世しよって」

 羞恥の波がすっかり引いたレアンは、二人のやり取りを不思議そうに見つめていた。

「ばあちゃん。じいちゃんのこと知ってるの?」

「まあねぇ。あたしが若いころ、旅していたときにちょっとね」

「ふーん、そうだったんだ。……で、そうだ。じいちゃん、そろそろだったっけ?」

 訊ねると、エイザはうなずいた。

「ああ、まだ少し時間はあるが、いつでも出られるようにしておけ」

 レアンが了解すると、エイザはその場をあとにした。


 装衣を整え、しばらく、待機していると、再びエイザが戻ってきて、いよいよ出番となったようだ。

 プリムラを伴い、外へ出る。鼻いっぱいに空気を吸うと、澄んだ気で体が満たされていくような気がする。――よし! なんだか、うまくいくような気がする。

 自信をもって、レアンは、舞台に上がっていった。

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