第62話 受け継がれし力

「俺と美波の……娘?」


 にわかには信じられない言葉を、ミサキ――美紗希は語る。確かに思い当たる節はあった。美波と好みが似ていたり、料理が得意だったりと、共通することはこれまでにもいくつかあった。それはただの偶然だと思っていたが、ここまで来て来て親子と言う美紗希の告白を受けて、その全てに説明がついてしまう。


「今からもう少し先の未来。伊薙海斗と神崎美波の間に……伊薙とくなどの血を引く者として、両方の技と力を継ぐ者として私は生を受けました」


 その口調はいつもの遠慮のないものではない。海斗に対し親子として、師弟として敬意を払った語り方だった。


くなどはその術であやかしから人を守るのが使命。それは歴史の陰で連綿と受け継がれて来ました……だけどこの時代、神崎紗那の死によってぬえから人々を守れる者が不在となっていたんです。そして送り込まれたのが私です」

「ちょっと待ってくれ……なんだか調子が狂う。いつも通りのしゃべり方にしてくれ」

「そ、そう……? 真面目な場でお父さんと喋るならこっちの方が楽なんだけど」


 美紗希はぎこちなく口調を戻す。歳が近いとはいえ、彼女にとっては海斗は父親だ。それを意識すると上手くしゃべれないようだった。


「……コホン。これでいい?」

「ああ。それで? まさか、美紗希をこの時代に送り込んだのって」

「……たぶん、未来の私だね」

「美波!?」


 気を失っていた美波が目を開く。その眼には涙が流れた跡があった。


「お母さんから全部聞いた……くなどのことも、お母さんの死の真相も」


 まだ目に残る涙をぬぐった。美紗希はそんな彼女に手を貸し、助け起こす。


「……お母さん、って呼んでいいのかな。なんだか変な感じだけど」

「あはは、どっちでもいいよ。私もなんだか『美紗希さん』って呼ぶの、変な感じ」

「呼び捨てでいいわ。その方がしっくりくるから」

「うーん、じゃあ『美紗希ちゃん』で」

「……ぐぐ、子供っぽいからそれは」

「あれ、未来じゃそう呼んでないの? 私ならそう呼ぶと思ったんだけどな」

「はあ……この性格は変わってないんだから」


 深刻な話をしていたのに、どこか調子が狂ってしまう。美波の性格ばかりはこの時からのものだと美紗希は諦めることにした。


「お察しの通り、私をくなどの秘術でこの時代に送ったのは未来のあなた、伊薙美波よ。これは同一時間上に自分が存在せず、二人と縁のある私にしかできないことだったから」

「ああ……それでこの時代に来た時のがあの落雷だったのか」


 ようやく海斗は納得がいった。あれは普通、死んでもおかしくないくらいのものだったのに無傷だった。膨大なエネルギーが通り過ぎた余波で天井は吹き飛んでしまったようだが。


「そう。でも、本来この時代に存在しない私は肉体も持てず、精神だけを送り込むことしかできなかった。おまけに記憶も封じられて……ミサキを倒して霊力を取り戻すのと、先祖の勾玉が無かったら、たぶんこうしていられないはずだと思う」

「……それで、なんで俺だったんだ?」


 憑依するならば美波にもできたのではないかと言う疑問もあった。なぜそれが海斗だったのだろうか。海斗はその疑問を問う。


「お母さんだと生来のくなどの力で守られているから、弾かれる可能性もあったのよ」

「病院で正気に戻った時も、お母さんの術が不完全だったのも、たぶんそれだよね。確かに、我が子を送り込むなら不安かも」

「そう言うこと。それに、お父さんなら何だかんだ言って受け入れてくれそうだったからね」


 美紗希はぬえの方を向いた。邪気を集め、その肉体を修復していたぬえはようやく海斗からの攻撃の混乱も収まり、落ち着きを取り戻していた。


「さて、積もる話はこの後でいいかしら?」

「……そうだな、残りは決着をつけてからだ」


 打ち捨てられていた三日月を美紗希が拾い上げる。そして、美波を守るようにして海斗と美紗希が並び立つ。


「カイくん、美紗希ちゃん……私にも戦わせて」

「美波?」

「大丈夫、できるから」


 美波の体から立ち上る凄まじい霊力を、美紗希はその眼にとらえていた。紗那の手によって解かれた記憶の封印と共に、その秘めた力も解放されていた。


「大丈夫よ、お父さん。今のお母さんならやれる」

『そうそう、私もサポートするからね』

「紗那さん!」


 憑依していた紗那が姿を現す。かつては自分の命を奪ったぬえは彼女にとっても因縁の相手だ。


『将来、こんなに頼れる義理の息子と、こんなに可愛い孫ができるんですもの。死んだまま見てられないわよ!』

「わわわっ!? お母さん、恥ずかしいからやめて!!」

「……なんか、私のおばあちゃんってどっちも豪快な人だったのね」

「……だって、うちの咲耶ははおやとその友達だぞ」

「ああ……納得」


 ぬえが邪気を取り込み、その身を膨れ上がらせる。その姿は翼の生えた虎。美波が見た、過去の因縁の姿。


「行くぞ!」

「はい! 前衛は私とお父さんで努めます。お母さんは援護を!」

『美波、来るわよ!』

「うん!」


 ぬえが吠える。邪気を凝縮し、火花が散る。かつて、紗那が敗れた術だ。


「この技!?」

『美波、手を前に!』

「うん!」

『一緒に唱えて! くなどの御名にて――』

さやり給え!」


 接近する海斗と美紗希の二人目掛け、雷が落ちる。その瞬間に美波が霊力を発し、二人を包む防壁を貼る。


「美紗希ちゃん!」

「ナイス、お母さん!」


 美紗希も霊力を放つ。外と中、二重の防壁で雷を通さない。


「何っ!?」

『十年前のようにはいかないわよ! 美波!』

くなどの御名にて吹きすさべ!」


 気流を操り、暴風を生み出す。ぬえは脚を踏ん張って踏みとどまる。


「これしきの風!」


 しかし、美波の狙いは攻撃ではない。海斗と美紗希は足の止まったぬえへ一気に距離を詰める。


「でやああっ!」

「はあああっ!」


 二振りの三日月が一閃する。共に放った一撃が虎の首を刎ねる。


「おのれ!」


 またぬえが姿を変える。その姿は最初に海斗が見たミサキ。鎌鼬かまいたちが巨大になった物。


「貴様らの首も刎ねてやる!」


 巨大な鎌鼬かまいたちが両手の鎌を振りかざす。一番近くにいた海斗にまずは振り下ろす。


「ぐうっ!」


 海斗が三日月でそれを受け止める。だが深雪の時とは違い、その身の丈は海斗を越えている。それだけの重量を乗せた攻撃は海斗の体勢を一撃で崩す。


「死ね!」

「お父さん、伏せて!」


 しかし、美紗希が壊された社の残骸から注連縄しめなわを拾い上げていた。天高く放り投げ、美波と共に同じ祝詞を唱える。


くなどの御名にて――」

「折り伏さん!」

「何だと!?」


 まるで意志を持ったかのように注連縄しめなわぬえの体に巻き付き、その動きを封じる。


「二人とも、助かった!」

「ええい、こんなもの!」


 海斗が距離を取った直後、ぬえ注連縄しめなわを引き千切り、再び自由を取り戻す。だが、祓いの力を付与された注連縄しめなわぬえの力を大幅に奪い去っている。見るからに疲弊していた。


「……つくづくくなどの力って奴は厄介だ。まさかこの十年間で二人も使い手を育てていたなんて」

「お母さんが命を懸けて繋いだ十年は無駄じゃない……ここであなたを倒して、二度と誰も私みたいな悲しい思いをしないようにするんだから!」

「ああなるほど、やっと思い出したよ。お前、十年前に僕の分身体が殺したくなどの女の子供か。記憶があやふやで読めなくなっていたから気が付かなかった」

「お前……自分で殺した相手だぞ!」


 海斗が激昂して睨みつける。だが、ぬえはそんな彼の怒りを冷めた目で見つめた。


「その場限りの遊びをいちいち記憶していると思うか?」

「なんだって……!」

「人間だってそうだろう。ありを踏み潰して罪悪感を抱くのか? はえを殺してその子に怨みを抱かれると思うか?」

「ぐっ……」

「その程度なんだよ、僕にとって人間なんてものは……まあ、僕の場合は死にかけて悶えるありを見て楽しむんだけどなあ!」

「この野郎!」


 その手を握り締め、海斗がぬえ目掛けて三日月を振り上げる。観念したのか、傷だらけの体を脱力させ、ぬえは海斗の一撃をかわそうとする素振りもなかった。


「………………くくっ」


 そのわずかな笑いを、美紗希が見逃さなかった。嫌な予感が彼女の中に走る。


「でやあああああ!」


 三日月が深々とぬえの肉体を貫いた。明らかに人間ならば致命傷に当たる傷。その肉体も維持できなくなったのか、ぬえの体が霧状になって消えていく。


「これで……っ!」

「ああ――」


 そして、ぬえはその獣の顔で嘲笑わらった。いつものように、悪意に満ちたその顔を海斗に向けて言い放つ。


「何だって……?」

「お母さん!」


 目の前のぬえが消える。それが早いか否か、美紗希が走り出していた。


『なっ!?』

「え……っ!?」


 美波も、紗那も気が付くのが遅れていた。美波の後ろに黒い影があった。あなぐまに似た毛むくじゃらの姿で、わしのような鋭い五本の爪を振りかざして。


「美波っ!」

「残念だったな」

「だめえええーっ!」


 鋭い爪が振り下ろされた。あの時のように、守ろうとした人たちの目の前で美波が狙われる。


「……かはっ…」


 だが、またしてもそれは遮られた。――。


「み――」


 美波を突き飛ばし、その前で手を広げた美紗希の腹部に深々と、ぬえの爪が突き刺さっていた。


「美紗希いいいーっ!」


 海斗の絶叫の中、夕陽よりも紅い鮮血が舞い散った。

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