第47話 四つの御魂

「うう……私としたことが」


 美波から引き離されてやっと目を覚ましたミサキは、それまでの自分の行動を教えられ、真っ赤になってうつむいていた。


「あはは……昨日、寝る時にくっついて来た感じはあったけど、まさかこんなことになるなんて私も思わなかった」


 美波が苦笑いをしながら述べる。完璧に入った固め技をくらいながらも許す辺り、心が広いと海斗も感心していた。一方、自分でも覚えがあるのかますますミサキは小さくなっていた。


「最近思い出したことなんだけど、私って寝不足の時や疲れて寝ると近くのものに抱き着く癖があったみたい」

「なんて迷惑な……まさか、この間のあれもか」

「……弁解する気もないわ」


 ただ抱き着くだけならまだいい。しかし固め技を極めて来るのは果たしてどういうことなのだろうか。先日の場合もあのままアラームで起こされなければ何をされていたのか、今更ながらに海斗は恐ろしくなってきていた。


「たぶん海斗の時は、体が戻った感覚に慣れてなくて……」

「で、今回は?」

「ここ数日、夜遅かったもんね。それで疲れてたの?」

「これを作っていたのよ」


 枕元に置いてあったものをミサキは手に取り、二人に見せた。


「勾玉!?」


 海斗が持っている物と比べると少し荒い作りだが、ミサキの手の中にあったのは紛れもなく、これまで彼らと深く関わってきた四つの白い勾玉だった。


「今、海斗も美波さんも邪気に耐性がないわ。だからいざという時のために作っておいたの。加工しやすい滑石かっせきを使ったから簡易なものだけど、私の霊力を込めてあるから邪気の中でも動けるくらいの働きは果たせるわ」

「四つあるのは?」

「記憶に従っただけ。どうも四つ作るのが決まり事みたいなのよ」

「うーん、なんで四つなんだろうね?」


 ぬえが持ち去り、怪異を引き起こしている伊薙武深いなぎたけみの勾玉も四つ。海斗らに力を貸した岐春くなどはるの勾玉も四つ。何か関係性があるのではと思う海斗と美波に、ミサキは答えを返す。


「たぶん、『一霊四魂いちれいしこん』の考え方が元になっているんだと思う」

一霊四魂いちれいしこん?」

「人間の霊魂れいこんは一つの霊と四つの魂から成り立っているという考えよ。四つの魂はそれぞれ和魂にぎみたま荒魂あらみたま幸魂さきみたま奇魂くしみたまと呼んでいて、それらをコントロールしているのが直霊なおひと呼ばれる霊なの」

「へー、そんな考えがあるんだ」

「それぞれの魂が機能を持っていて、どれかの機能が強くなり過ぎた時には直霊なおひがそれを制御する力を持っているの。魂のブレーキ……良心って言えばいいかな?」

「でも、それでも制御できない場合もあるんじゃないか?」


 この考え方の通りならば、直霊なおひが暴走した魂を元に引き戻すはず。しかし、それでも人間は過ちを犯してしまう。


直霊なおひも全てを制御できるわけじゃないの。悪行を働くと反転してしまうのよ」

「反転……?」

「これを曲霊まがひと呼ぶわ。制御機能が邪悪に染まることで、四魂しこんも制御不能になって、その機能も邪悪に転ぶの。つまり、これまでのぬえの手口は意図的に直霊なおひ曲霊まがひに反転させて、その原因となった心の闇を使って邪気の塊……妖怪ミサキを顕現させるものってことになるわ」

「じゃあ、カイくんたちが妖怪ミサキを倒したことで、その心の闇を晴らせたってこと?」

「そうなるわね。ただ、あくまであの妖怪ミサキは心の闇を邪気で具現化したものであって、反転した人と繋がって妖怪ミサキを操る起点となっていた勾玉を破壊しない限り怪異は収まらないけど」


 海斗はこれまでの戦いを思い返す。深雪の時は鎌鼬かまいたちを倒した後に、御琴の時はみずちを倒す前に、美波の時は妖狐ごと勾玉を破壊していた。確かにそれぞれ破壊のタイミングは違うが、両方を処理した後に皆は正気に戻っていた。


「怪異かー。そう言えば、あの時の私って超能力みたいに火を使ってたよね」

「静宮先輩や御琴もそうだよな。使っていたのが風だったり水だったり違ってたけど」

「あれは私が海斗に憑依した時と似たようなものね。勾玉によって怪異と繋がった美波さんたちは邪気を操って一時的に超常的な力を行使できるようになったわ。今使えないのは勾玉を失って、邪気との繋がりが断たれたからよ」

「へー、それじゃ霊力を込めた勾玉があればまたあんな感じに力を使えるってこと?」


 美波の指摘にミサキは一瞬押し黙った。その考えが的を射ているからだと海斗はすぐにわかった。


「理屈の上ではね……でも、はっきり言ってお勧めしないわ。素質が無かったり、勾玉との親和性が無かったり、力の扱いに慣れない人が無理に使うと命に係わるから。だからこの勾玉もお守り程度に思って」

「むー、残念。『私の秘めた力が目覚める!』って展開に憧れてたんだけど」


 勾玉を手渡されながら、美波は本気で残念がっていた。海斗が怪異と戦っていたことを知った時から興味津々だっただけに、憧れていたのは本当らしい。


「ちょっと待て……『素質が無かったら』って、俺は? 散々妙な力を使ったぞ!?」

「あれは私の力を海斗を通じて行使しただけだから、直接何か影響が出ることはないと思うわ」

「本当だろうな……」


 海斗は自分の体調に変化がないか疑ってしまう。今にして思えば、美波の事件の前に熱を出したのもミサキによって体の支配権が奪われたり、神威一閃を使ったことが原因に思えてしまう。


「あ、神威一閃と言えば――」

「あーっ!?」


 突如美波が大声を張り上げる。同時に指し示した時計に海斗も目を向ける。


「……げ!?」


 七時五十五分。朝のホームルーム開始は八時半の予定だ。ちなみに朝の騒動のお陰で海斗以外はまだ寝巻のままだったりする。


「カイくん、早く学校行かないと!」

「やばい。俺、朝食も食べてない!」

「私も食べてる場合じゃないよ!」


 カバンをつかんで美波が慌てて走り出す。


「待て待て美波。その恰好のまま行く気か!」

「ほわぁっ!? そうだった、早く着替えないと!」


 掛けてあった制服の下へ行き、美波がパジャマを脱ぎ始める。


「美波さん、海斗がまだいるから!」

「にゃーっ! カイくんのエッチ!」

「ちょっと待て。今のは俺が悪いのか!?」

「ツッコミ入れてる場合じゃないでしょ! いいから早く出ていきなさい、スケベ!」

「わかってるって! って言うか、スケベは余計だ!」


 慌てていてパニックになっている美波の部屋から転がるように海斗は出た。閉じられたドアの向こうからはドタバタと慌ただしさが伝わってくる。


「あ、しまった。三日月」


 慌てて追い出されたお陰で美波の部屋の中に三日月を置いてきてしまった。だが、そもそも持って学校に行くわけにもいかないのでどこかに保管してもらわないといけないのも確かだ。


「帰りに取りに寄らせてもらえば良いか」


 家にはミサキもいるだろうし、いざとなれば彼女の力で転送できる。海斗は今日の所はここに置かせてもらおうと思うのだった。


「お待たせー!」


 しばらく待っていると、美波が部屋から飛び出て来る。この短時間でどうやったのか、髪の毛もしっかりセットされており、その後ろではミサキが疲れ切った表情で手を振っていた。


「よし、急ぐぞ美波!」

「うん。きっと御琴みこちんも待ち合わせ場所に――わっ!?」


 階段を駆け下りる中、後ろから聞こえた小さな悲鳴に海斗は振り返った。

 あまりにも急いでいたからだろうか。美波が階段から足を踏み外していた。そして、踏み止まろうと出した足も勢いがついていたために踏み外し、美波の体が前のめりに倒れていく。


「美波!」


 海斗は思わず手を伸ばしていた。落ちて来る美波の体を抱き留めるが、立ち位置的に支えきることができない。バランスを崩して海斗も一緒に階段から落ちていく。


「海斗! 美波さん!」


 二人が階段から転げ落ちた物凄い音が聞こえ、ミサキも部屋から飛び出した。階下を見るともつれ合ったまま二人が倒れていた。


「二人とも、大丈夫!?」

「うう……私は大丈夫」


 まずは美波が声をあげた。海斗に抱えられるようにして落ちたので彼女はどこにも体を打ち付けておらず、比較的ダメージは小さかった。


「いてて……俺も、なんとか」


 海斗も美波を庇って体のあちこちをぶつけていたが意識はあった。美波が上から退くと、すぐに目を開けた。


「ごめん、カイくん……」

「ああ、いいって。それよりケガ無いか?」

「うん、私は大丈夫。カイくんは?」

「大丈夫。俺もなんとも――っ!?」


 体を起こそうと右手を床についた時、海斗は一瞬だけ表情を歪ませた。


「カイくん?」

「……いや、何でもない」


 だがすぐに立ち上がり、海斗はカバンを拾って。美波の手を取って立ち上がらせる。


「よかった……二人に何かあったらと思ったら生きた心地がしなかったわ」

「次は気をつけろよ」

「うう……肝に銘じるのです」


 安堵するミサキ。美波も慌て過ぎていたことを反省する。そんな中、海斗は痛む右手をポケットに入れたまま、二人に苦笑いを向けるのだった。

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