第4章 最高のメイクは笑顔です

93.糸電話みたいな

 萌香が期せずして得られた長期休暇は、結局イチジョーで過ごすことになった。


「はあぁ、ごっついお屋敷やんけ。エリちゃん、すごいところのお嬢様やったんやなぁ」

 萌香の横で、ぽかーんと口を開けたままなのはカイだ。

 学院も併設しているとはいえ、イチジョーは平凡な日本人感覚からは考えられない規模の家だから、萌香も「でしょう。私もびっくりしたんですよ」と笑い転げた。


 本当なら彼の妻も招待したかったが、萌香がイチジョー・エリカであることはまだ内緒にしていたほうがいいのでは? という、カイやアルバートの意見を尊重したため、カイだけがロデアのイチジョー家を訪れることになったのだ。本来の目的がアウトランダーについての調査協力なので、家族も快く送り出してくれた。


   ◆


 土曜日に再びオーサカ屋に行ったとき、今度は始めからカイが同席だった。

「お店に出てなくて大丈夫なんですか?」

 今日も繁盛している店の様子を萌香が気にすると、カイは「ここはヨウの店だからな」と笑った。新規オープンの手伝いに来ているだけで、今後は基本ノータッチになるのだそうだ。のれん分けのような感じだろうか?

 子供にそれぞれ店を持たせ、自分たちはのんびり暮らせるのだと胸を張るカイを、萌香は素直に感心し称賛した。異なる世界で記憶もなかったのに、しっかり根を張っているカイがうらやましく、同時に目標にしようとも思う。

 まだ二度しか会ってないものの、カイはそこにいるだけでとても心強い存在だった。


 食事の後、パウルが今朝萌香に見せてくれたものの一部をカイにも見せた。

 やはり萌香同様分かるものはほとんどなかったものの、カレールーの箱は二人で盛り上がってしまった。


「うわ。カレーライスとか! むっちゃ食いたくなったわ」

「私もです。カイさん、材料を揃えられませんか?」

「うーん、スパイスがなぁ。というか、そもそも米が問題やろ。こっちの米は炊いても食えたもんじゃないぞ」

「えっ? エムーアにもお米があるんですか?」

「あるにはある。ただなぁ、日本みたいに品種改良されてるわけじゃないから、まずいしパッサパサやねん」

 鍋でご飯が炊けるというカイは、一時期かなり試行錯誤したそうだ。

 ソース焼きめしならそこそこ旨いということで、今度食べさせてもらう約束をする。

「カレーならナンみたいなパンでもいいとは思うんですけど、胃袋がすでにライスですものねぇ。お米も炊き方を変えるとか、炊き込みご飯やピラフにしてみるとまた違うかもですね。――あっ、閃いた。カレーは厳しくても、まずはハヤシライスなら近い感じのものが作れるかもしれません」

 そう言って萌香がポンと手を合わせてみれば、カイが「それもええなぁ」と顔をほころばせる。


 カイといると、基本メシテロ話がメインのような気もするが……


「食べることは生きることの基本やし、しゃあないわな」

「ですね!」


 深く頷きあい、がっちり握手を交わす二人は、傍から見ればおかしな光景かも知れない。事実アルバートが非常にビミョーな顔をしているのに気付いて萌香は苦笑した。ついつい二人の世界に入ってしまった。


 色々材料との兼ね合いから最初の料理教室は、萌香の休暇の最終日に塩から揚げを作ってみようという約束をした。材料を揃えやすく、カイの好物で、たぶんアルバートも好みそうな料理だ。


 料理教室にアルバートも一緒にいることを快諾したカイは、少しだけ意地悪な笑みを浮かべて萌香の肩を抱き寄せ、きょとんとする萌香の耳に口を近づけた。

「から揚げにしたのは、あのにいさんにも食べてもらいたいからか?」

 それに当然だと萌香は頷く。

「どうせなら、みんなで美味しく食べられるもののほうがいいじゃないですか」

 手に入れやすい鶏肉を使うならチキンカツも考えたけれど、アルバートには白身魚のフライの入ったバーガーを食べてもらったばかりだ。だとすれば、やっぱりから揚げのほうが男の子のお腹にはウケがいいはず(まあ、基準は弟だけれども)。


「なるほどなぁ。ところでエリちゃん。あのにいちゃん、エリちゃんに気があるやろ」

「へっ?」

 カイは早口で囁くと逃げるようにパッと離れると、くっくっくと肩を揺らし、なんとも言い難い表情をしているアルバートに不細工なウィンクをして見せた。

「エリちゃんは、ほんま良い嫁になると思うわ。なあ、にいさん達もそう思うやろ」


 ――うわぁ。カイさん、めちゃくちゃ楽しそう。


 息子しかいないカイにとって同郷の萌香は、友人であり娘のような感覚なのかもしれない。

 もしいつか嫁にいきたい気分になったら、カイに相談すればいい旦那を探してくるかもしれないなぁ。

 そんなことを考え、(ま、ないけどね)と萌香は肩をすくめた。


「そんなことよりカイさん。聞きたいことがあるんですよ」

「そんなことって。――まあ、ええけど。なに?」

「はい。スマホのことなんですけどね。カイさん、どうやって充電してたんですか? 電波もないから電池の消費も激しかったと思うんですけど」

 だからこそ、萌香も必要なときしか電源を入れないのだし。


「ああ、それな。スマホをな、ほれ、こうやって置いておくと」

 そう言ってカイは、わざわざ出してきてくれたらしいスマホを壁にあるチューブの直角になっている当たりにポンと置く。

「見てみ?」

「えっ、うそ」

 充電のランプがついたのを見て、萌香は目を丸くした。

 エムーアの建物には、水が流れるチューブや歯車が見えているのが一般的だが、この働きで家の照明や空調が使える。電気のような、少し違うような、萌香には理解できないものの一つだ。

 

 そこに萌香もスマホを置いて試してみると、なるほど、同じように充電ランプがつく。しばらく置いてみないと分からないが、たぶん充電できているのだろう。

 カイが試したのは無意識なのだろうけれど、これは意外な発見だ。


「不思議。なんで充電できるんだろう」

「さあなぁ。でも実際できるんだから、ええんちゃう?」


 ――カイさん軽い。


 軽いけど、確かに考えても仕方がないような気がした。

 日本でだって、よく分からないまま使っているものは山のようにあったのだ。

「そうですね。うん。深く考えても仕方ないですね。――というか、カイさんのスマホ復活したんですか?」

「久々に充電してみたらついた」

「へえ」


 入っているデータ、特に写真を取り出せたらというカイに萌香も同意した。電源がつかなくなれば二度と見られないのだ。プリントするなり、こちらの何かに移せるといいのだけれど。

 彼が見せてくれたメリやヨウたちが子どもの頃の写真は、幸せな一場面として温かい写真で、このまま消えてしまうのはとても勿体ないと思った。


「まだカメラ使えるんかねぇ。エリちゃん、にいちゃん、こっち見て」

 カイにレンズを向けられ、萌香は隣にいたアルバートにカイの持つスマホのレンズを見るよう促すと、カシャリとシャッター音が鳴る。

「あ、大丈夫、使えるわ」

 パウルとアルバートがスマホをのぞき込むと、こちらにはないカラー写真に二人とも興味津々のようだ。

「あとは通話かメールが使えれば、エリちゃんとの連絡も便利やな」

「そうですよね」


 ふとある考えが浮かび、慎重に少しだけ力を使って自分のスマホとカイのスマホを見てみる。今なら万が一眠くなっても夜だから仕事はないし、アルバートやパウルがいるから家には帰れる。


 イナの言葉を思い出しながら雑念を取り去って見たいものを考えると、うまい具合に自分とカイを繋ぐ糸が見えた。これが縁を表しているのだろう。

 萌香は、テグスのように透明に近いそれを自分の手から一旦スマホを通し、カイのスマホをくぐらせてカイの手に糸を流しなおす。

 スマホに薄くなっている部分(おそらく劣化)が見えたので、そこは補強する必要があるのだろう。

 絵梨花が機械に強かったのは、こういうものが見えていたためかもしれない。


「んー、これでどうだろう」

「どうって、何がだ?」

 萌香の独り言にアルバートが振り向く。

「ええとですね。カイさんとメッセージのやり取りができたらいいな、と。カイさん、通話、チャット、メール。使えるならどれがいいですか?」

「あー、通話とチャット?」

「ですよねぇ」


 萌香が自分のスマホの通話ボタンをタップしてみると、カイのスマホが振動する。

「カイさん、試しに通話ボタンを押してみて下さい。――もしもし、聞こえますか?」

「へっ? なんだこれ。ちょっと待っててな。向こうの部屋に行ってみるから」

 足早に部屋を出たカイを見送ると、ほどなくスマホから彼の声が聞こえる。スピーカーにすることもできた。

「通話、出来ましたね」

 戻ってきたカイにそう告げるとどうやったのか聞かれるが、説明が難しい。

「糸電話みたいにできないかなぁと思って試してみたら出来ました」

「なんじゃそら。あれか。異世界に来ると生まれるチートか」

「チート? いかさまなことはしてないと思うんですけど」

「ちゃうちゃう。特殊な能力のことや。俺にもあるんかな。いや、ないな」


 カイが一人ぶつぶつ言いながら呆れているようだが、もっと驚いているのはパウルとアルバートだ。固定式の電話機しか知らない彼らにとって、かなり衝撃だったことだろう。

 連絡について色々考えていた時、ふと萌香は支倉詩織の手紙を思い出し、そこから糸電話が思い浮かんだ。

 媒体、送受信、糸、スマホ、電話の連想ゲームだ。

 自分に見える糸はある程度動かすことが出来る。イナとなら糸を使ってメッセージを見せることさえできそうなのだ。なら、媒体を使えば他の人にも見せる、もしくは聞かせられるのではと考えたのだが、ビンゴ!


「もっとも、電話番号やIDを使ってるわけでもないし、カイさんからこちらにかけてもらう方法もまだ思いつきませんけど、なんだか色々希望が見えた気がします」

「なんや、ようわからんけど。うん、まあ、すごかったわ」


 その後折りたためるタブレットもどきも充電できないかとか、萌香の軽自動車をカイが見てみたいと言ったことなどがあり、色々話し合った末、カイにも一緒にイチジョーに来てもらうことになった。


 当たり前のようにアルバートも一緒なので、帰省は彼の運転で、汽車とはまた違う旅だった。

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