47.エアーリア
「今年はエアーリアが消えて三百年になる年だ。予言によれば、そのエアーリアが今年戻ってくる」
アルバートの言葉に、萌香は最近読んだ本を脳内でパラパラと開いていく。
たしかエアーリアは、かつてエムーアの南西あたりにあった島だ。
消えたことの意味を考えたときに、島の標高が低かったか、火山の影響あたりが原因かと萌香はぼんやり考えていた。だが、どんどんファンタジックな展開になる話に、今度は魔法でも出てくるのかなぁと遠くに意識を飛ばしたくなる。
――今年ってもう七月で、半分以上過ぎてますけどね。
それが何の関係あるのかと気のない声で「はあ」と言う萌香に、アルバートはくつくつと笑い出した。
「そういやアル、この前の出張はその調査だったんだろう。何か予兆は見えたのか?」
「いや、いくつかなかったこともないが、はっきりしたものは一つもなかったな。第一どんな予兆が出るのかもわからないし、今も想像の域を出ないものばかりだ」
兄たちの会話に萌香が首をかしげると、アルバートの仕事は国の異変調査員らしい。萌香の感覚で言うと火山や地震の調査に、超常現象を加えたものの調査といった印象だ。
「ま、エアーリアが戻ってくるきっかけが、再び現れるイチジョー・エリカだって伝わってるわけだ。たぶん女王からもそう言われてるだろうな」
その言葉にトムを見上げると、黙ったまま肯首される。
「その通りだ。だがな、それを誰もが信じているわけではない。父だって母だって、おまえを普通の女の子として育てた。だからこそ、婚約もさっさとさせたんだ。厄介なことに巻き込まれようにと、普通に幸せになることを願って」
ただ解消することになってしまったけどなと言うトムの顔は、萌香にはなんだかとても悲しげに見えた。絵梨花の婚約者とも親友だったそうなので、婚約解消でぎくしゃくしてしまったのだろうか。
「えっと、フリッツさん、でしたっけ。その方はお元気なんですよね? 婚約も調ったそうですし」
願わくば、萌香の事故や状況を知らずにいることを願っていると、外部の人間はほぼ知らないだろうとのことでホッとする。どうも元婚約者も、その新しい婚約者もいい人そうなので、萌香のことを知ったら気に病みそうだと心配になったのだ。
できることなら、このまま何も知らないでいてほしいと萌香が呟くと、トムたちは「そうだな」と言って微笑んだ。
フリッツがとても優しい目で絵梨花を見ていたのは、兄たちと同じく彼女を妹のように見てたからなのだろう。萌香はそう結論付ける。動画で見たときは、思わずときめくほどの眼差しだと思ったが、どうやら勘違いだったようだ。
どうも絵梨花の周りは萌香の印象だと、
――わりと重度のシスコン疑惑があるんだけど、気のせいかしら。
「でも絵梨花は聖女として努力してたんですか?」
イナや周りの人間がこの話に触れなかったのは、もうエリカとして無理をさせないためなのかもしれない。
だが両親が絵梨花を普通の女の子として育てていたのに、何がきっかけで絵梨花はイチジョー・エリカであろうとしたのだろうか? なぜ? そして――
「いったいいつから?」
「そうだな。婚約が調ったくらいだから、八歳くらいか。おまえが自分はエリカじゃないと言い始めたのが五、六歳だったかな。立て続けにはしかだの水疱瘡だのにかかって、色々な夢を見ては泣いていた時期があったんだ。その時に、そうとう怖い夢を見たんじゃないかって話だ」
「五、六歳」
萌香の記憶では、五歳の時に同じように立て続けに病気になった記憶がある。ちょうど母のおなかには信也がいて、萌香は母の出産前後の数か月間、叔母のもとに預けられたのだ。
たぶん、萌香が覚えている一番古い記憶の一つだろう。
新たに知った情報はあまりにも絵梨花との共通点が多すぎて、萌香はだんだん疲れてきた。
そんな萌香を気遣ったのか、アルバートが
「萌香のことを教えてくれないか?」
と聞いてきた。
どうせ言っても信じないだろう。萌香はそうは思ったが、どんな役のつもりなのか知りたいのかもしれないし、本当に興味があるのかもしれないと考えなおし、頷く。
「萌香はフルネームを恵里萌香と言います。恵里が名字で、名前が萌香。名前の上と下をとって、普段はエリカと呼ばれていました。ごく普通の社会人ですよ」
社会に出てまだ一年ちょっとの新米だ。
「年齢は二十歳です」
「二十?」
「はい。ここで目を覚ます一週間前、事故の前の日が誕生日でした」
へえと呟き何か考え込んだアルバートに変わり、今度はトムが
「エリカより年上なんだね。家族はいるの?」
と聞いてきた。
「はい。萌香には父と母と、五歳年下の弟がいます」
「弟? じゃあ俺は?」
寂しそうにトムに言われ萌香が首をかしげると、どうやら彼は、絵梨花が兄より弟を望んでいたものだと思ったようだ。
――どうしよう、トムさん……お兄様が可愛すぎる。
イケメンのしょんぼり顔は破壊力抜群だ。思わず両手で顔を覆って悶えそうになりつつも、表面では平静を装った萌香は、二人に聞かれるまま日本のことや自分のことを話した。
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