50.朝食

 朝食は昨日の晩餐のメンバーに加え、ミア達も一緒だった。

 驚いたことにアルバートの母親がすでに到着していて、朝食を共にするという。アルバートは全く知らなかったらしく一瞬両眉をあげたが、まるで自分は関係ないとでも言いたげに母親とは違うテーブルに着いたのが萌香には面白かった。

 アルバートの母親クリステルは泣きぼくろのある色気のある女性だ。 


「エリカ様、こっちです!」

 テラスに三つの丸いテーブルが出され、萌香は乞われるままミアたちのテーブルにつく。他のテーブルはイナを含めた母親組、シモンと兄たちの男性組に分かれていた。


 楽しそうに話す子どもたちの話を聞きながら食べる朝食は、いつもと違ってとても賑やかだ。普段なら彼らもここまでおしゃべりではないのだろう。だがやっと子どもたちが「エリカ」と話せることが嬉しくて仕方がないといった様子に、母親たちも「はしゃぎすぎないこと」と一言注意した以外は、とくに厳しいことは言わなかった。


 萌香が子どもたちに、昨日自分が樹に登って落ちたことを黙っていてくれたことについて礼を言うと、

「だって内緒だよね」

 と、ゲイルたちは秘密の共有に頬を染める。

「男はね、秘密は必ず守るものなんだよ」

 ロベルトはまじめな顔で萌香を見つめて、力強く頷いた。

「そのとおりね。でもありがとう」


 ミアはその時のことを、

「アルバート兄様が、珍しく物語の騎士のように見えましたわ」

 と、こっそり教えてくれた。

「ええ、本当に。エリカ様にプレゼントを贈るところもさりげなくて、褒めたいくらいでした」

 ユリアは、褒めると言う割には少し手厳しい口調だ。

 萌香が少し首を傾げてみせると彼女は苦笑し、こっそりアルバートのほうへ一瞬視線を移す。

「エリカ様のお兄様にくらべて、ほんとにもう……。お恥ずかしい格好ですみません」

「そうなの?」


 ユリアがどこまでも真面目な顔をしているので、噴き出すのを必死に我慢した萌香は軽く咳払いをし、食後のお茶を一口飲んだ。

 ユリアとミアによれば、アルバートの格好はとてもだらしないのだそうだ。着崩すのがだめだとは言わないが、もう少しどうにかならないものかと真剣に話す少女たちはかなり手厳しい。

「その点、エリカ様のお父様やお兄様は流行も上手に取り入れられてて完璧ですよね。とてもステキです」


 絵梨花の家族だからと言うわけでもないような様子で兄らを褒める少女たちは、おしゃれが好きな女の子らしく、年上でも遠慮なく身内には厳しい。だがそれも仲が良いからだろう。そう思うと愛情のこもった苦言はとても可愛らしく思える。

 だが萌香の目には、トムとアルバートの身に着けているものに大きな違いは感じられない。どちらも身体に合わせて作られた上質な仕立てだ。

 となれば、やはり問題は髪だろう。アルバートの髪がぼさぼさなのは、多少彼の髪が癖毛だということと、伸びすぎなこと。あとは美容師の腕と言ったところか。もしかしたら面倒くさがってアルバートが自分で切ってるのではないかという疑惑もある。

「アルバートさんは、髪をきちんと整えたら、とっても素敵になるでしょうにね」

 残念。

 そんな気持ちを込めて萌香が言うと、ミアとユリアはとんでもないことを聞いたとばかりに目を見開くが、ゲイルとロベルトは「アルはかっこいいよ」と無邪気だ。


 だがその衝撃(?)から覚めると、次の瞬間女の子たちの関心は萌香のメイクに移っていた。

「昨夜のメイクもステキでしたけど、今朝は可愛らしい印象でこちらもステキですね」

 さすがは女の子。見ているところが細かい。ゲイルとロベルトは、同じ顔だよ? と、キョトンとしている。

 だがそこへユリアたちの母親もやってきて、興味津々に化粧の話題に花が咲いてしまった。もちろん幼いゲイルたちにはつまらない話題だ。

 これは避難させたほうが良さそうだと母親たちの許可を取り、給仕をしていたハンスに世話を頼むことにした。彼らの侍女だけでは、ゲイルたちのわんぱくさについていくことは大変だろうが、弟がたくさんいるというハンスが一緒なら大丈夫だろう。

「お任せください」

 イタズラっぽい顔で笑ったハンスを、萌香はよろしくねと激励した。


 萌香のメイクは、やはりこちらのものとは違うように見えるらしい。道具や化粧品の名前を聞かれるままに答えるが、どれも一般的なものらしく首をかしげられてしまう。萌香としても、こちらのメイクは参考にして寄せているものの、数回真似したあとは、やはり自分が落ち着くメイクにしてしまった。大きな違いはないはずだが、その微妙な違いがこちらの女性には違って見えるらしいのだ。


「私もエリカ様みたいなメイクをしてみたいです」

 ポツリと自信なさそうな声のユリアを見ると、緊張のせいか顔色が少し悪く見えた。

 初めて女主人の手伝いをするユリア。

 今回の茶会は、いつもと少し趣向が違う。

 従来と違うのは、いつもより若い男性客が多いこと、ユリアやミアなど、本来参加することがない未成年の子どもがいることだ。

 ユリアとミアはそれぞれ第三子で、二人ともまだ婚約者がいないことは先刻教えてもらった。ミアは先週急遽決まった参加だが、今回若い男性客が多いのはユリアに良い相手を見つけるためでは? と萌香は思い当たり、彼女が二重の意味で緊張しているのではないかと考えた。


「ねえエリカさん。ユリアに化粧をしてもらう、なんてことはできないかしら?」

 アルバートの母が両手をポンと叩いて、いいアイデアだとばかりに破顔する。

「イナ、かまわないわよね?」

「エリカがいいなら。どう? エリカ」

 ユリアは戸惑った顔を見せたが、エリカとしては特に反対する理由はない。

「もちろん、わたくしでよければ喜んで」


 茶会の見学と補助を行う萌香には、特に事前準備は必要ない。ユリアに似合うメイクを施すのはきっと楽しいだろう。茶会の会場の雰囲気に合わせて髪型なども替えてみたいと、頭の中に色々な案がたちまち浮かぶ。

「え、じゃあ私も」

 もじもじとミアが挙手をし、なぜかミアの母親、ユリアの母親まで我も我もと言い出しはじめた。だがそれに気をよくしたのか、とどめにアルバートの母親は上機嫌で

「アルバートもしてもらいなさい」

 と言ったのだ。


 その発言に、アルバートが盛大にせき込む。

「はあ? 俺が化粧を?」

「そんなわけないでしょう」

 何バカなことを言ってるのだ、この息子は――クリステルはそう言わんばかりの冷たい視線を容赦なく息子に向けた。


 ――だ、大丈夫よ、そう思ったのはアルバートさんだけじゃないから。


 心の中でアルバートを励ましつつも、本当はほんの一瞬だけ、腕によりをかけて素晴らしい美女に仕上げてみせる! と意気込んだ萌香は、そっと彼から目をそらした。

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