25.なら、二人いれば無敵だね!

「緊急招集、ですか?」


 朝食の時間。

 私が言い出したその単語に、フィリアは目をぱちぱちと瞬かせた。


「ああ。さっき来客があっただろう? その時に来たのが冒険者ギルドの使者の方でね。高ランクの冒険者はギルドに集まってほしいとのことだ」

「高ランク、ってことはシィナちゃんも?」

「ん」


 フィリアから視線を向けられて、黙々と食事の手を進めていたシィナはこくりと頷いた。


 初めの頃は若干険悪気味だったフィリアとシィナだったが、寝ているシィナをフィリアが自分から進んで起こしに行く出来事があってからは、案外そうでもなくなっていた。

 フィリアもシィナのことをたびたび気にかけるようになって、そんなフィリアに影響されてなのか、初めは私にしか懐いていなかったシィナも、どことなくフィリアに対する態度が柔らかくなった気がする。


「……うーむ……」


 ……杞憂だとは、本当に杞憂だとは思うんだけども。

 こ、このまま二人がくっついたりとかはしないよね?

 私ほったらかしにされないよね? 大丈夫だよねっ?


 私はフィリアにとって親代わりみたいなもので、それはあるいはシィナにも当てはまるものだろう。つまりは彼女たちの中で私はほんの少しながら上の立場ということになる。

 そうなると、フィリアとシィナはこの屋敷において立場が同等で気兼ねなく接することができる唯一の相手になる。そこから私を差し置いて、二人が親密な関係に発展してもなんら不思議なことではない。


 い、いやでも……それはそれで祝福すべきことのはず……フィリアはもちろん、シィナのことだって私なりに大切に思ってるつもりだ。

 その二人が幸せになれるなら応援するべき……す、するべき……うぐぐ……。


 やっぱり、ちょっと凹むなぁ……初めは二人とも単なる体目的だったはずなのに、いつの間にこんな入れ込んでしまっていたのか。

 ここはやはりもうちょっと優しくしてみたりとかして、好感度的なやつ稼いでおくべきなのだろうか。うーむ……。


 まあ、なにはともあれ、二人の険悪な空気がなくなることで食事の時間が気まずくなくなったことはなによりだ。

 物を食べる時はね、誰の顔色を窺うこともなく、気楽でなんというか幸せで溢れてなきゃダメなんだ……。


「なに、か……あった、の……かな(なにかあったのかなぁ。あんまり物騒なことじゃないといいけど……)」


 食事の手を止めて、こてん、とシィナが首を傾げる。

 緊急招集の内容について言っていることは、すぐに察しがついた。


「さてね。でも、高ランクを指定して集めるってことは、つまりは高ランク冒険者にしか対処できない異常事態が発生したってことだと考えていいはずだよ」

「……ハロ、ちゃんは……わたし、が……まも、る、から……なにが、あって……も……(うぅ、そう聞くとなんだか怖いけど……なにがあっても、ハロちゃんだけは絶対私が守ってみせるから。友達としてっ)」

「ありがとうね、シィナ。なら、私もシィナを必ず守るよ。私を守ってくれるシィナを」

「……む、てき……(えへへ……なら、二人いれば無敵だね!)」

「ああ。無敵だ」


 シィナの猫耳がぴこぴこと動いている。

 それ以外には特になく無表情なのだが、耳の動きだけでも今のシィナが相当機嫌がいいことは窺えた。

 もしもこれが食事中でなければ、いつものようにすりすりをお見舞いしてきただろう。


 そんなシィナと、シィナを見て微笑ましそうにしていただろう私を交互に見たフィリアは、ほんの少しばかり不満そうに口を尖らせる。


「むぅ……私もお師匠さまと同じ冒険者なら、お師匠さまたちと一緒に行けたのに……」

「ごめんね、フィリア。でも、冒険者は本当に危険な職業なんだよ。熟練した冒険者が小さなミスで命を落とすことも珍しくない。できるなら私は、フィリアには冒険者稼業に関わってほしくないと思っている」

「うー」


 私に対して、こうやっていじけてみせるフィリアは、シィナが来る以前なら見られなかったものだ。

 フィリアは基本的に私の言葉には元気よく返事をして、快く請け負ってくれる。

 それがこうしてわずかでも反抗して自分の意志を見せてくれるようになったのは良い傾向だろう。そして、それは私個人にとっても都合のいい展開でもある。


 ふふふ……このままフィリアがどんどん悪い子になっていってくれれば、いずれ溜まりに溜まった勘違いを正しやすくなるという寸法よ。

 そしてその時こそ、私は私の真なる夢を正しい形で叶えることができるだろう!

 フィリアの無邪気さと純粋さのせいで未だ言い出せずにいるフィリアを買った本当の理由。それをフィリアが傷つかない範囲でそれっぽい感じに語って、いつの日か必ず私の本当の願いを果たすのだ!

 可愛い女の子といちゃいちゃにゃんにゃんしたいという欲望を! その時こそ必ず……!


 だからフィリア、もっともっと悪い子になってくれていいからね?


「フィリア、本当にごめんね……これは、ただの私のわがままだ。だからこのことだけは、いくらでも私に憤ってくれていいから」

「……違います。お師匠さまのせいじゃありません。お師匠さまは私を心配してくださっているだけなのに……むしろ、私の方こそ変な態度を取ってしまってごめんなさい」


 フィリアは謝罪を口にしながら、頭を下げる。


「それこそフィリアは悪くないさ。そういうわけだから、フィリアには留守番をお願いしたいんだけど……いいかな」


 そう言葉をかけて次に顔を上げたフィリアは、すでにいつも通りの無邪気な笑顔を取り戻していた。


「わかりましたっ。お師匠さまのためです! お師匠さまが留守にしている間、私がこの命に代えてもこのお屋敷をお守りしてみせます!」

「いや……屋敷よりフィリアの命の方が大切だから。もしそんな大変なことがあっても、自分の身を第一に、ね?」

「えへへ……大切っ。わかりました! この命とお屋敷、両方守り切ってみせます! 私には、お師匠さまから教わった魔法がありますから! この魔法が必ず私を守ってくれる……だからお師匠さま、安心してお出かけください!」

「う、うん」


 決意を示すかのように、胸の前で強く手を握るフィリア。

 前腕がわずかに当たって、むにゅっと形が変わっている胸にどうしても目が行ってしまうのは、しかたがないことに違いない。


 ……しかし、これ以上落ち込んだ様子を見せまいと敢えて強がって元気に振る舞おうと努めてくれているのはわかるのだが、なぜ敵が攻め入ってくる前提なのだろう……。


 そうだな……うん。も、もうちょっと防犯機能増やしておこうかな?

 だってほら、万が一があったらいけないし。フィリアって真面目だけどちょっとドジっぽいところもあるし……。

 とりあえず入り口と窓に対不審者用電撃魔法でも新しく仕掛けて、上空からの攻撃に備えた対空結界を一段階強化して、地面から穴を掘って侵入されることを想定した魔法地雷ももう少し増やして、それから他に――。


 ……気がつけば、緊急招集に出向く時間になるまでずっと防犯機能を見直してしまっていたのは余談である。






 冒険者は自主的にのみ仕事をする自由を売りとした職業であるが、早急に対処しなければ多くの人命が失われるなどと言った早期解決が望まれる事態が発生した場合に限り、冒険者ギルドが冒険者を動かすことがある。

 それこそがすなわち緊急招集であり、多くの場合、そのまま緊急依頼へと発展する。


 緊急依頼は報酬が通常の依頼と比べてかなり高い代わりに、基本的に断ることが許されない。

 断ることが許される条件は、その者が依頼遂行にあたって弊害となるほどの致命的な怪我を負っている、あるいは病気を患っている場合。あとは冒険者ギルドが特別に認めた場合のみだ。

 それでも無理に断ろうとするならば、冒険者ライセンスが剥奪されることになる。冒険者でないならば、冒険者のルールに従う必要もないということだ。

 その場合、もう二度と冒険者になることはできなくなるけれど。


「こうしていると、以前の緊急招集を思い出すよ」


 シィナと並んで冒険者ギルドに向かって歩きながら、そう呟くと、シィナが不思議そうに私を見上げてきた。


「い、ぜん……?(以前って?)」

「ああ。今から一年前くらいかな。まだシィナと出会ってなかった頃の話さ。私がSランクに上がることになったきっかけでもある」

「……なに、か……あった、っけ?(一年前? その頃ならもうこの街にいた記憶があるけど……なにかあったっけ?)」

「あー、あの時は魔法使いだけが呼ばれたから、シィナが知らないのも無理はないかもね」


 いやまあ、結構な大事だったのでそれにしたって話くらいは聞いていてもおかしくはないのだけども……私と出会う以前のシィナは今以上に誰とも交流がなかっただろうからしかたがない。

 当時のことを思い返しながら、シィナに語っていく。


 以前緊急招集があったのは、今からおよそ一年前になる。

 とある鉱山の奥深くで長い間眠っていたSランク級の魔物『鉄塵竜』を、鉱夫が掘り当てて刺激してしまったことから、この緊急招集が始まった。

 Sランク級の魔物はまさしく化け物だ。Aランク冒険者がいくら束になったところで勝てない災厄。それがSランクの魔物である。


 例えば、当の『鉄塵竜』。

 あれの一番恐ろしい部分は金属を自在に操る能力を持っていることにある。

 どんな武器も金属を内包している時点で、あれの前には通用しない。剣を当てようとすればその切っ先は所持者に向くだろう。鎧を着ていればその鎧は歪み、着ている者を押しつぶすだろう。

 さらに厄介なのは、その効果範囲だ。

 『鉄塵竜』の能力の適用可能範囲は、実に半径一キロメートル。つまり、『鉄塵竜』は自身を中心とした一キロメートル内の金属をすべて操ることができる。浮かして飛ばすことだって思いのままだ。

 これによって『鉄塵竜』はまるで自身が惑星かのように自身を中心とした半径一キロメートルに無数の金属を回転させる鉄塵の嵐を常時展開していて、まともな手段で近づくことはまず不可能である。

 そして近づくことができたところで、どう対処すればいいのかわからないということも問題だ。『鉄塵竜』の本体はオリハルコン並みに硬い皮膚を持っている。要するに超硬い。

 そして『鉄塵竜』が一つの存在に意識を向け、本気を出せば、嵐に使っていた鉄くずすべてを操って物量で押しつぶすことだって容易い。

 そんな相手では少なくとも戦士ではまず勝ち目がないので、魔法使いならどうにかできないかと緊急招集が行われたわけだ。


「それ、で……どうなった、の……?(うわぁ、わたしじゃ全然勝ち目なさそうだなぁ……ハロちゃんはそんなのどうにかできたの?)」

「『鉄塵竜』が強いのはあくまで物理的な話でね。精神に関係する魔法耐性はそこまで高くなかった。だから幻惑魔法で感覚を狂わせて、自分の能力で自滅してもらったよ。『鉄塵竜』本体の大部分も金属で構成されてるから、その力で自分を殺せない道理はない」

「……すごい……(わわっ、やっぱりハロちゃんはすごい……!)」

「これでも《至全の魔術師》なんて呼ばれてるからね。ふふっ、どう? スライムの時にはちょっとしたドジをしちゃったけど、私のこと見直したかな」

「……(んー……)」


 冗談半分で聞いてみると、シィナはふるふると静かに首を横に振った。

 私に懐いているシィナなら素直に頷いてくれるかとも思っていたので、少しだけ驚く。


 見直していない……こんな程度じゃ見直すつもりはないということ?

 いや、まさか……まさかとは思うけれど、シィナ、スライム大作戦の時の私の思惑に気づいてる……とか?

 無表情だからわかりづらいだけで、実はシィナの私への評価はかなり下の方になっちゃってるとかっ?


 い、いや、ありえない。ありえないありえない。ありえない、はずだ……。

 いや……でも、やっぱり思い返してみれば、あの日のシィナって意図的にスライムの体液を避けていたように感じる……。

 初めから私の思惑を察していて、私を試すためにその思惑にハマったふりをして。そして私を見限って、私の方にスライムを飛ばしていた、とか……?

 じゃあ、本当に……?


 と、一人勝手に妄想を広げて戦々恐々としていた私だったが、シィナが突如抱きついてきたことで、その思考は完全に止まる。


「はじめ、から……しって、る……ハロちゃ、ん……が、すごい……こと……ふふ(見直したっていうのはちょっと違うかなぁ。わたしは最初からハロちゃんがすごいって知ってたもん。えへへ)」


 ほんのわずかな、けれども心からの笑みだった。


 私への信頼と、そして好意。

 不純物がまったくないそのまっすぐな視線があまりに魅力的に思えて、一瞬ドキッと心臓が高鳴った。


「そ、そうか……その……ありがとう、シィナ」


 顔が熱くなるような胸の中の思いを誤魔化すように、シィナの頭を撫でた。

 嬉しそうに猫耳がぴこぴこ動くものだから、そちらもついでに撫でてみる。

 するとシィナはさきほどよりもさらにはっきりとした微笑みを浮かべて、ぎゅぅっ、と抱きつく力を強めた。


 うぅむ、やっぱりシィナ可愛いな……。

 たまに怖いけど、シィナがものすごい美少女であることは間違いない。

 そんな子にここまで懐かれて、心が動かない方がおかしいというものだ。


 このままシィナが心ゆくまで甘やかしてあげたい気持ちもあったが、今は冒険者ギルドへ向かう道すがらだ。

 人目もあるし、これからあることを考えても、こんなところでいつまでも立ち往生しているわけにもいかない。


 お互いにそれはわかっているので、体を離して早々に移動を再開する。


「さて……なにがあったことやら」


 冒険者ギルドは、すぐそこだった。

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