第33話 挨拶まわり


 新メンバー(仮)としてスペース9に加入となった弥生は、まずは稽古場見学からとなった。今日、実際に本番で立つ舞台でメンバー間の距離や振付などを調整するみたいだが、それは軽いものじゃなかった。

 日曜日に目の前で見たあのライブ。その熱が今ここでも生まれていたのだ。曲が大音量で流れてなければ、照明や演出があるわけでもない。

 ただただ、軍隊のような統制された動きとキレ、喉が壊れるほどの歌声。彼女たちは全力だったのだ。


「凄いでしょ?」


 プロデューサーがそう話しかけて来たが、構わず弥生は練習風景を見つめていた。


「この子たちはね、練習から全力なの。ライブで必要なのは疲れを見せないための体力だってことで、筋トレや発声も毎日欠かさずやっているわ。まぁ、こうでもしないと浮き沈みの激しいアイドルの世界では生きていけないからね」

「カッコいいです……」

「でしょ? 今までにも色んなアイドルを育成してきたけど、この子たちは特別ね」


 そして、弥生はプロデューサーの元で色々と話を受けた。


「これから何を?」

「今からはメイクと衣装に着替えるのよ」

「え、早くないですか!? まだ開場まで5時間ありますけど……」

「違うわ、宣伝よ。地下アイドルは街で直接チラシを配ってお客さんを呼ばないと来ないのよ。まぁ、この子たちレベルなら固定ファンも十分にいるから、キャパは埋まるけど。これもファンサービスの一環ってことでね」


 にしてもだ。これからファンサを本当にしに行くとは思えないほどメンバーみんなオラオラしている。

 それでもスタッフはさすがに慣れているからササッと仕事をこなしていく。


「う〜ん、調、絶、かわ、いい。僕の手によれば石炭がダイヤモンドに変わるほど美しくBeautyになれるね」

「あん? 私がブスって言いたいのか?」

「That's quite. それは大きな勘違いだ。石炭は世界を明るくするエネルギー源だからね。君がいないと、世界は、回らない」


(なんだろ……あの凄い癖のある人)


 弥生が気になっている人は男性のメイク担当。いちいち文節のたびに楽屋の鏡に対して、ポーズを決める。分かりやすくいえばナルシストだ。ただ体型はポチャっとしているが。


「彼は血流院ちりゅういん星矢せいや。うちの専属メイクリストよ。メンバーに嫌われていても辞めない強い精神力を持ってるのよ〜」


(え、技術は……?)



「じゃあ、これ今日の分のチラシね。頑張って配り切ろうね」

「うぃーす」


 楽屋入口では、普通がよく似合うスーツ姿の普通の男が、メンバーにチラシを渡して応援していた。


「彼は黒内新くろうち あらた。マネージャーよ。色んな仕事を取ってきたり書類まとめたり、彼がいないとスペース9は成り立たないといっても過言ではないわ。挨拶はしときましょうか。クロウちゃん〜!」

「何でしょうかプロデューサー!」


 すぐに駆け寄った黒内には疲労が見える。普段から様々な業務をこなしているのだろう。けれども誰かの前では元気に振る舞っていた。


「この子が新しいメンバーよ」

「あぁこの子になったんですね! どうも、黒内新です。一緒に頑張っていこうね」

「は、はい……!」


 普通の挨拶だが、とても好印象な男性だった。挨拶を終えるとアイドルたちと一緒に外へ出て行く。


「じゃあ少しだけ外の様子見ましょうか。でも新メンバー発表はまだだから悟られないようにこっそりとね」


 このチラシ配りがファンとの交流ともなっているため、出たら待っていたとばかりにファンが結構いるらしい。

 ちなみに毎回絶対いる一ノ瀬は今日は彗司と一緒だからいない。彗司が優衣にバレてしまうからだと、後から本人より弥生は聞く。



「お願いしま〜す!」

「今日の18:00から、ここでライブします! 良かったら来てください!」


 と、さっきまでの態度とは違う彼女たちの姿がそこにはあった。本当に同一人物だろうか。


「ちなみに、あそこにいる警備員さん。彼はうちの専属ボディーガードである青二斎塵あおにさい じんさんよ。百戦錬磨のボディーガード……だったらしいわよ」


 そう、プロデューサーが指し示す先にいるのは、ヨボヨボのお爺ちゃん。手を腰の後ろに回しプルプル震えながらギリギリ立っている。本当に警備が務まるのだろうか。


(あ、わんちゃんにオシッコかけられてる……)



 ライブハウスに戻り、他にも色んなスタッフの人と挨拶をする。


「こんにちはー! 振付担当のイチゴちゃんでーす!」

「彼女は柏苺かしわ いちご。腹黒だけど、ダンスはピカイチのセンスを持ってるわ」

「もう! 腹黒なんて酷いプロデューサー! イチゴちゃんは純粋無垢な永遠の18才だぞ☆」

「38才一児の母でしょ〜!」

「しーっ! まだ21回目の高校3年生だぞっ♡」

「は、はぁ……、雛松弥生です……」


 弥生は頷くことと自分の名前を言うことしか出来なかった。


「てか〜今度いつ女子会する〜?」

「そうねー、テレビの仕事が終わってかしら」

「そうしよそうしよー! 弥生ちゃんも来るでしょー。それと、ねぇねぇ、モモチも来るでしょー?」


 と、柏が声かけたのは見た目が暗そうな男性カメラマンだった。


「……え、行かないですよ」

「なんでー!?」

「女子会だからです。後、僕モモチじゃないです」

「えーモモチ可愛いじゃーん。ねぇ、プロデューサー?」

「プロデューサーも本当は男ですけど」


 と、男は手に持つカメラを調整していた。


「彼は桃瀬大地ももせ だいち。うちのカメラマンよ。チェキ会をメインに撮ってたりするけど、他にもツッタカター用の動画とか撮ったり編集したりするの。SNSに詳しいから公式アカウント動かしてるのも彼なのよ」

「頭とお尻から取って〜、モモチ!」

「それ、やめて下さい」


 冷たく桃瀬は言い払った。


「雛松弥生です。よろしくお願いします」

「あぁ、どうもこちらこそよろしく。じゃあ仕事に戻ります」


 と言って、桃瀬は去った。


「私も振付修正しよっかな〜。今回キャパ狭いし今のままじゃバランス良くないんだよねー。う〜ん、やってくるねー!」


 続いて柏はステージ上で振付を自分で見直し始めた。


「ざっとこんなもんかしらね。うちのメインスタッフは。これからを共にする仲間だから、よろしくね。ってそうだった! 私の名前をまだ言ってなかったわね。私はエグゼクティブプロデューサーのエガリPよ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします!」

「もう! ここはエグゼクティブって何? 一人だけ本名じゃないのーってツッコむところよ!」

「は、はぁ……」


 弥生にはこれからそういった能力も身につけないといけないようだ。

 そして、来たる開演時間。弥生は舞台横で彼女たちの熱い戦いを目の当たりすることとなる。

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