第13話 だって私、友達いないですから


「放せ! てめっ……!」


 筋肉質の男に両脇をガッチリ固定され、身動き出来ない池。

 暴れて逃げようと抵抗するが、男は本当に力が強いのだろう。全く動じない。


「まぁ、そう慌てんなよ。一つ一つ説明していくから」

「この浮気者‼︎」


 俺が話し始めようとする時に、卯堂が思い切り池の頬を引っ叩く。


「最低! 嘘吐き! クズ野郎! 私を一番愛してるという言葉は嘘だったのぉぉ⁉︎」

「がはっ、ちょ、まっ、でぇ、グハッ‼︎」

「ちょ、今から大切な説明の時間だから……! ちゃんと復讐する時間は取っておくから!」


 一言につき一ビンタ、卯堂にかまされたことによって、もう既に池の顔は腫れていた。

 復讐の全容まだ喋ってないのに。



「なんかもうボコボコだが説明していこう。まず神菜が何故消えたのか──」


 こんなのは簡単だ。

 池がトイレに行っている間に、隣の部屋にいたセツナが寝ている神菜を連れ出したからだ。

 部屋が隣同士になったのは本当に奇跡的だが、元から一人になったタイミングで部屋から連れ出す計画にしていた。


「──今頃あいつは俺たちがいた個室で、目を覚ましてんじゃねぇかな」


 神菜は起きた所で、事態の状況を把握出来てないだろう。

 まぁ、言うつもりはないが。


「そもそも何で私に黙って後輩と二人で食事に行ってるわけ?」

「そ、それは親睦を深めようとだな……」

「お前まだ嘘付くのか。睡眠薬まで使って神菜を襲おうとしてただろ」

「はぁ⁉︎」


 卯堂が一発殴る。

 顔の腫れがもっと膨らむ。


「他の奴も呼ぼうとしてたみたいだが、聞くところ声さえかけてないようだな」

「あぁ。そんな連絡は来ていない」


 グループの一人であるクール気取ってる男がそう言った。


 きっと神菜の体を独り占めしようとしていたのだろう。

 しかし、それで助かった。

 もし、他の男を呼んでいたら終わっていた。



「おい、確か如月だったよな。どうしてこいつらがお前の家にいたんだ。つか、何でこいつらが協力しているんだ」

「やっぱ一番気になるのはそこだよな? これも簡単な話。俺と卯堂はフレンドなんでな」

「フレンド……だと……?」


「ゲーム上でね。最初に連絡が来た時はビックリしちゃった──」



──それは昨日の夕方のことである。


 俺は神菜が池と食事に行くと分かってからすぐに動き出した。

 まずはどう復讐するかだが、やはり一番ダメージが大きいのは知人から悪事を知られることだと俺は考えた。

 隠したいこと、やましいことを暴かれることは、誰でも避けたいはず。

 だから池を貶めるためには卯堂の協力が絶対的だ。

 そこで、


『あなたの彼氏、池騎士は浮気していますよ』


 と、ハルピーこと卯堂に、チャットで直接伝えた。

 すぐに返事は来て、その夜には卯堂と二人で会った。そして、すぐさま謝った。


「女装して騙してました! すみませーん‼︎」


 最初は何がなんだか分かってない卯堂だったが、俺が事の流れを一から全部話すと、ようやく理解してくれた。


「──つまり、私も騎士ナイトを騙すのを手伝えってこと……?」

「あぁ、そうだ」

「そんなのイヤ……! 騎士ナイトが私への愛がなくなったなんて、そんなわけない!」

「だったら自分の目で確かめてみればいい。俺はさっきの説明した通り作戦を実行する。家で待ち伏せしてれば真偽は分かる。お前は池に騙されていたってな」

騎士ナイトが私を騙して……」


 卯堂はしばらく悩んでいた。

 愛する彼氏が自分を騙していたなんて信じたくもないのだろう。それだけ卯堂は池のことを信頼し依存していた。



「……わかった。でも男の家に一人で上がり込むなんて、騎士ナイトへの裏切りだし、不安だから私の友達も連れて行ってもいいよね?」

「あぁ、勿論だ! むしろそっちの方が助かる!」


 こうして、俺は卯堂に合鍵を渡した。

 友達を連れて食事会が始まる頃には、家で待ち伏せしてもらっていた。

 家に俺たちが帰ってきても、しばらくはギュウギュウのクローゼットから様子を覗き見していた。


 そして家に来るまでの池の行動は全て、セツナが卯堂たちに情報を流し続けていた。

 二人は俺を介して連絡先を交換したからな。



   ◇ ◇ ◇


「こうしてお前の友達はここに来たということだ」

「てめぇら俺を裏切ったな……」

「裏切ったのはお前だろ!」


 筋肉質の男はいっそう拘束を強く締める。


「言い逃れは出来ないぞ。うちにはビデオカメラが回っているんだ。ここで起きた出来事は全て映像で流している」


 やっと、ビデオカメラが本来の目的を果たしたという訳だ。


「くそっ……!」

「ねぇ、どうして私を、私たちを騙したの?」

「……うるさい」

「え?」

「うるせぇメンヘラ!」

「……っ⁉︎ 騎士ナイト……⁉︎」

「元々お前のことなんか好きでもなんでもねぇんだよ! ちょっと優しくすれば近寄ってきやがって。黙って股開いときゃいいんだよ!」

「そんな……」


 とうとう追い詰められた果てに池は本性を現した。

 自分の知ってる彼氏はいない。卯堂は絶望のあまり、膝から崩れ落ちる。


 許さねぇ……!


「まだ話は終わらないぞ……! 昨夜、卯堂と話してる内に一つ気になることがあった。こっから推測も入ってくるが、お前他の奴らも利用してただろ」

「え、どういうこと⁉︎」


 グループの中で一番小さい女が率直な疑問を思わず口に出す。


「お前は五人をゲームに誘っていたよな。しかし、それは一緒にゲームを遊ぶためじゃない。同時に複数のアカウントをレベルアップさせるためだったんだ!」

「えー! えーと、ん、全然分かんない! どういうこと⁉︎」

「いや、俺も分からんぞ……」


 小さい女と筋肉質の男はチンプンカンプン。

 この時点で話に付いていけないようだ。他のメンバーも同じように。

 ただこれで確信はした。


「どうやら五人にゲームが詳しい奴はいないようだな。アドベンチャーワールドは古参勢が多いため、プレイヤーレベルの平均は高い。女プレイヤーもレベルは高いからな。話しかけるためにはある程度のレベルと実力がいる──」


 池は頃合いを見計らってネットゲームに詳しくない五人から、適当に理由を付けてアカウントのIDとパスワードをゲットし、全員を別のゲームに移行させた。

 卯堂を見ていたが、きっと情報の管理は甘いのだろう。何の疑いもなく渡すだろう。

 こいつらを使い、五つのアカウントを同時にレベル上げをしたのだ。


 一つのアカウントで複数の女子を攻略するのは難しい。ログインが被ったりすると二人きりになりにくいし、何より池を通じて女プレイヤーが結束してしまうかもしれない。

 そうすれば中々二人きりでオフ会には連れて行きにくい。

 だから、五つのアカウントを使い、それぞれ別の女プレイヤーを狙ったんだ。


「──そして、他にも理由がある。それはヤリ終わった後の通報対策だろ」

「通報対策……?」

「当然だが、騙された女の中には運営に訴え出る奴がいるだろう。けど、すぐにアカウントを削除して証拠隠滅。元より自分が消してやるとか言われてたんだろ? だが、削除したとしても特定はされるだろう。けれど疑いの目が行くのは」

「俺たちってことかよ……」

「そういうことだ。登録情報はお前ら自身なんだからな。つまりお前らは池の身代わりだってことだよ」


 友達を盾にして、自分だけ助かろうとする精神。

 とことん気に入らない。


 それにあくまでこいつらは保険でしかないだろう。

 実際、誰にもそういった冤罪の心当たりがないということは、セツナの他に被害に遭った女性は誰も声をあげていない。

 おそらく、セツナ同様に写真などで脅しをかけているに違いない。


「ハルピーを消さなかったのは、セツナが運営に報告するような度胸がないと思ったからだろうな。それに最後まで手は出しきれていなかった」

騎士ナイト許さない……」


 クール系の女が静かに怒りの言葉を口にした。

 他のメンバーも非難の目を池に向けている。ただ卯堂はずっと俯いたままだが。


 すると池は不敵に笑い出した。


「許そうが許すまいが関係ねぇ! お前の言うように俺は写真を持っている!」

「悪あがきはやめろ。お前はもう負けたんだよ!」

「負けた? 馬鹿言え! 弥生ちゃんの写真を俺はいつでもネットの世界に流せる! 今すぐにでもな!」

「なっ⁉︎」


 例えこいつに復讐出来たとしても、セツナの写真が流されては意味がない……!

 それはセツナを守るという約束が果たせないから。

 今にも流せると言っていた。どうすれば、流出を防げる……!


「流してやる、今すぐに!」

「別にいいですよ」


 セツナはあっさりと答えた。


「え……。セツナ今なんて……」


 誰も予想してなかった答え。さすがに池も動揺してしまう。


「は……⁉︎ つ、強がりはよせ! お前の裸の写真がネットに流れるんだぞ!」

「はい、私は気にしないです。誰が私だと分かるんですか。誰が私を後ろ指を差すんですか」


 どこかで聞いたようなセリフ回しだ。


「セツナ、いいのかそれで……⁉︎」

「しらひめさん、私は大丈夫です。だって私、友達いないですから……! 誰も私を見つけられないです。だから私は気にしない。流すなら勝手にどうぞ」


 セツナのその言葉を聞いた池は、もう抗うことなくそのまま力を失くした。

 自分が持つ武器がなくなったからだ。


 セツナは自分の力で呪縛を打ち破り、自由を手にした。

 その時の彼女の笑顔はとても眩しかった。




 

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