第11話 相棒ですから


「へ〜、神菜ちゃんって一人っ子なんだ。意外だね」

「あはは、そうなんですよ。だから昔から幼馴染だった彗司といっつも遊んでたんですよね。私の方がまぁ4ヶ月歳上なんで、いっつも世話してあげてた感じで」

「へー、幼馴染。名前から考えて男でしょ?」


 と、見事言い当てたように振舞っているが、別に威張ることではない。1/2どころか、大体の彗司は男だろう。

 そりゃー、捜せばいるかもしれないけども……。


「はい、そうです。池先輩はもう彗司と会ってますよ」

「え、どこで?」

「ほら先週食堂で。私がステーキランチ食べてた時あったじゃないですか。その時です」

「え、そんな奴いたかなー? 影薄くて分かんなかったや」


 よし、殺そう。もうこの場で殺そう。


「だめですよ、しらひめさん……!」


 と、立ち上がった俺をセツナが脚を掴んで止めにかかる。

 何故俺たちが神菜たちの会話の内容が聞けるのかというと、何と偶然にも隣の個室となったからだ。

 周りのガヤガヤがうるさいが、俺と神菜らのいる部屋は襖で区切られているため、襖に耳を付ければ何とか聞こえる。

 どうやら天も俺たちに味方しているようだ。


「わるいな、ちょっと熱くなってしまった。一応俺たちもそろそろ何か頼むか。俺が金払うから好きなの頼んでいいぞ」


 この店はタッチパネルで注文するお店。最近、どこの店でもこの方式は普及してきた。

 入店の際、年齢確認は法律に則ってしていた。

 しかし、この注文方式と個室のせいで周りの目はないから神菜が無理に飲まされる可能性がある。

 十分注意しなければ。


「え、あの……いいんですか、そんな奢ってもらうなんて……」

「ん? あぁ、いいよいいよ。お礼のつもりだし、作戦を成功させるにはセツナの協力が不可欠だからな」

「お礼って、むしろこっちが──」

「いいって、そういう私の方こそが論は飽きた」

「飽きた……⁉︎」

「俺たちはもう相棒バディだ。その分ちゃんと仕事はしてもらうからな」

「……はい!」


 セツナには本当に感謝してもしきれない。私の方こそが論はこっちが言いたい。

 それに歳上であり、男である俺が払わないのは格好がつかないからな。お金は意外とあるんだよ。


「それにしても今日思い切り平日だが、家は大丈夫なのか? 多分今日も泊まることになると思うが……」

「あ、はい大丈夫です。友達がいない私をお母さんは心配していたので。むしろ喜んでくれてます」


 女の子の友達なら良かったんだが……。


「ちゃんと証拠写真として、女装中のしらひめさんを見せてるので、信じてくれてます!」

「えぇぇえ⁉︎ いつの間に撮った⁉︎」

「え、卯堂さんのデート前です……」


 あー、俺がセツナにアドバイス貰ってた時か。そういや携帯を構えてたような……。

 進化した女装姿に俺は興奮してて気にしてなかったや。


「ま、それなら別にいいや。あー、俺の分のも適当に頼んでおいて」


 さて、続きを盗み聞きしますか。

 俺は片耳に全神経集中させる。


「──やめてください……!」


 っ⁉︎ 神菜⁉︎


「いいじゃんいいじゃん! どうせもうすぐ二十歳ハタチでしょ? そんな大差ないって〜」

「さすがに先輩でもそれだけはお断りします。お酒は20歳の誕生日の時に両親と一緒に飲むって決めてるんです」


 なるほど、お酒を勧められたのか……って、俺の危惧してたことが本当に起きちゃったよ……!


「あー、そういう真面目な人いるよね〜。でも俺なんて15の時にはもう飲んでたよ」


 それの何がすげぇんだよ。

 こいつ、爽やか系だとみんなに言われているようだが、どこが爽やかだ。薄汚ねぇウェーイ系じゃねぇか。


「俺15でも何とでも無かったからさ。神菜ちゃんも多分大丈夫だよー」

「それでもだめです。お母さん達と約束してるんで」


 神菜は量産型女子大生だ。しかし、見た目は世間に流されようとも、一度決めた意志が揺らぐことはないしっかり者だ。

 ああ見えて真面目なんだ。お前ごときが神菜を動かせるわけないんだよ。


「ふーん、ならいいや」


 池は声のトーンを落として、諦めの返事をした。

 少し不安がよぎる。



「あ、私少しお手洗い行ってきますね」


 神菜は一度席を外した。

 束の間の安全──だと思ってた。あの声を聞くまでは。

 俺がちょっと壁から耳を離そうとした時だった。


「あの女思ったよりガードかてぇな。酒飲ましゃあ、とりあえず何とかなると思ったけど。……まぁいいや。睡眠薬使うか」


 不敵な笑い声が後に聞こえてくる。

 あの野郎、やっぱり神菜を狙ってやがったか!

 しかも睡眠薬まで……え、ネカマって睡眠薬みんな持ってんの?


 とにかく池は確実に仕留める。が、理性を抑えきれずに今出て行ってしまっては作戦は水の泡だ。復讐は出来なくなる。

 今は堪えるんだ……!



「あれ、何されてるんですか……?」

「き、気にしないでください……!」


 どうやら頼んだ料理を持ってきた女性店員がいたみたいだが、俺はそれには一切気にしなかった。


 しばらくして神菜がトイレから返ってくる。


「ごめんなさい、待たせちゃって……!」

「いいよいいよ。さ、飲んで飲んで!」


 そして、神菜は勧まれるがままに睡眠薬入りのジュースを飲んでしまった。


 それから数分後、


「なんか、少し眠く──」

「疲れちゃったのかな? いいよ、そのまま横になったら──おやすみ」


 神菜はゆっくりと眠りについた。


「神菜ちゃん? 神菜ちゃーん。ちゃんと寝たかな。ならそろそろ行きますか。その前にトイレっと」


 池はトイレに行くために個室を出た。


「よし池が離れた! 作戦開始だ!」

「はい!」


 俺は食事代の一万円札を机に置いて、個室の外に出ようとする。


「しらひめさん!」


 取っ手に手をかけようとした時、セツナに呼び止められる。


「……気をつけてくださいね」

「あぁ。セツナもな」

「私はもう大丈夫です」

「え?」

「最初、私は緊張と不安でいっぱいになるかと思っていました。だって私を貶めた犯人がすぐ側にいるから。でも今は不思議と緊張していません。それは、きっとセツナさんが側にいてくれたからだと思います」

「セツナ……」

「だから私はもう大丈夫です。私もネカマを狩るしらひめさんの相棒バディですから……!」


 これから憎い相手を復讐するとは思えない穏やかな笑顔をセツナは見せてくれた。

 肩の力が下りたような気がした。


「あぁ、行こう。それに俺たちにはも用意してるからな。作戦通り決行だ!」


 お互いの健闘を祈り、俺は個室を出た。


 そして、池がトイレから返ってくるのを見計らって突撃した。

 合コンで酔っ払ってしまった女の子の振りだ。フラつきながら池にぶつかった。


「おっと、大丈夫かお嬢さん?」


 よし、女だと思ってるな。


「す、すみません……。合コンで飲み過ぎてしまって……」

「そうか、飲み過ぎは注意しないとダメだよ」


 未成年に飲ませようとしてた奴が何言ってんだ。


 俺を自分の体から引き剥がし、池は個室に戻ろうとする。が、そうはさせない。


「待ってください……! 少し酔い覚ましに付き合ってくれませんか?」

「あぁ、悪いが俺は人を待たせてるんだ。ごめんね」


 と言って、池は自分の個室の襖を開けた。


「……あれ? 神菜ちゃんがいない」

「どうされたのですか?」

「いや〜、一緒に飲みに来た子がいるんだけどいなくて……」

「帰られたのでは?」

「いや、そんなはずは……」


 寝かせたと思ってた奴がいなくて焦ってんだろ。

 その動揺を俺はすかさず突いていく。


「なら、私とどこか行きませんか? ちょっとあそこに戻りたくはなくて……。あ、良ければ私の家でもどうです? ここから近いので」

「えっ⁉︎」


(どうする、見ず知らずの女だが……神菜ちゃんはいないし……)


 池はジロジロと舐め回すように俺の体を見る。

 うわ、されるとキツイもんだな。俺も今度から気をつけよ……。


(まぁ、貧乳だが結構上玉だな。神菜ちゃんはまたどっかでヤレるだろ、ククク)


「いいよ。そうしようか」


 掛かった!


 酒も入ってるからちゃんとした判断が出来ないのだろうか、いやこいつはシラフだとしても同じ行動を取るだろう。

 これからお前は処刑場に向かうわけだが、ちゃんと首は洗ったか?

 俺は合コンの女子仲間に先帰ることを連絡する、という嘘を付き、セツナに連絡する。

 復讐の場は俺の家へと場所を変える。

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