第9話 復讐するべき矛先


 とあるカフェで卯堂と俺は向かい合わせに座っている。

 彼女は注文したミルクティーを飲み、携帯の画面をずっと眺めている。

 会話はない。


『どうしよー! まさか女の子とは思わなかった、いやその可能性もあるにはあったんだけども』

『とりあえず普通にオフ会するしかないですね……頑張ってください! 遠くから応援してます!』


 俺も携帯でセツナと連絡を取り続けている。相手も携帯触っているから特に気にはされていない。

 セツナは俺たちが座っている場所とは店の反対側の席に座っている。

 俺はセツナに対して背中を向けているが、向こうからはこちらのことがよく見えるらしい。

 応援はされているらしいが、もう完全に任されてしまった。一人で何とかするしかない。


 しかし、ずっと沈黙が続いている。

 このギャル、来たのはいいものの仲良くなる気はないのだろうか。

 ……え、まさかこちら側から話しかけないとダメなやつですか。マジですか。

 とにかく、何か話しかけよう。


「えっと……ハルピーさん」

「なに? あ、美月でいいよ」

「美月さんは、えっと、いつ頃からSMFをプレイしているんですか?」


 あ、この質問しなくてもプロフィール見たら分かるな。質問を間違えた。


「んー、何ヶ月前だろ。半年はやってるんじゃね?」

「へー、結構長いですね。私は3ヶ月ほどなんです」

「ふーん、それにしては立ち回りが初心者には思えなかったんだけど」

「あ、それは、昔から色々してたんですよ、ははははは」


 意外と見てるし、分かってるな。

 ギャルなんてものはオタクの対極にいるものだと思っていたが、案外やってる奴もいるんだな。

 まぁ、ラノベなんかにもギャルだけど実はオタクでしたテヘペロ──みたいなヒロインは結構いるからな。現実にもそりゃいるものか。


 しかしこのギャル、どこかで見覚えが……。


「美月さんは結構ゲームされるんですか?」

「ううん。これと前やってたゲームくらい。私ゲームあんまり好きじゃないんだよねぇー。オタク臭くてイヤ」

「え、あ、そうなんですかぁ」


 じゃあ、何でゲームやってんだよ!

 前言撤回。やっぱり対極の存在は交わることはないのだ。そして、分かり合うこともない。


『何なんですか……! あの人ムカつきます!』


 セツナがメッセージと共に怒りのスタンプを連打して送ってくる。

 実は今、こっそりと電話を繋いでいて、セツナは俺たちの会話を盗聴しているという形になっている。

 彼女のマイクから音が漏れないようミュートしてもらい、何か伝えたいことがあればメッセージで送ってもらうという形にしている。

 便利なものだが、実質感情をぶつけまくってるだけのストレスの捌け口となったのだった。



「じゃあ、何でゲームしてるんですか?」


 とりあえず聞いてみた。


「ん? それはー……やっぱりぃ〜! 愛する彼氏のために決まってんじゃーん!」

「あ、彼氏ですか」


 突然口調が変わった卯堂。デレッデレでノロケ話を始める。


「彼がゲーム好きだからぁ〜、私とか含めて友達みんなでしようって、彼が誘って来たのぉ〜。私、彼のためなら嫌いなゲームもやるくらい思いやりあって尽くしちゃうタイプなの」

「はぁ」


 そこまで聞いてないし、聞きたくねぇわ!

 セツナも嫉妬と思われるスタンプを連打。バナーに出る通知がちょっとうぜぇ。


 けど、これで思い出した。こいつは以前、大学の食堂で神菜と会話していた6人グループの一人だ。

 卯堂美月、彼氏にベタついて早く行こうとせがんでいた奴だ。

 てことはそのゲーム好きの彼氏という奴は、リーダー格のあいつか。確か名前は──


「池 騎士ナイトって言う名前なのぉ〜、カッコいいっしょ〜」


 そうだ、神菜は池先輩とか呼んでたな。

 つか、下の名前キラキラネームかよ。もう今の時代ではよくある名前だけど。


 そういえば、さっきからこいつ彼氏の名前とか、個人情報となりそうなのをドンドン言ってるが大丈夫なのか?

 危機管理が甘すぎるな。女子だからと思って喋り過ぎはダメだろ。もし、相手が女装した男ならどうするつもりなんだ。



「──それでね、彼がこっちのゲームが面白そうだからって言うからこっちに移ったのぉ〜。ま、友達みんな途中で飽きちゃってやってなくて、今でもやってるのは私と彼だけ……って聞いてる?」

「え、あぁ、うん。も、もちろん」

「そう。それでぇ〜今ではSMFでは二人きりというか〜。現実でもゲームの中でも愛を確かめ合ってる、みたいな」

「へぇ」


 早く終わんねぇかな、この会話。


「彼氏のこと好きなんですね……」

「そりゃもちろん! めっちゃ愛してる。もう私彼がいないと生きていけないもん」

「わ、わぉぅ……」


 もしかしてこいつメンヘラか? だとしたら彼氏は大変そうだな。


「あー、そういえば、ゲームを移行したって言ってましたけど、前はどんなゲームをしていたんですか?」


 少しずつ彼氏についての会話から離していこう。


「SMFの前? えっと、何だっけなぁ。確か、アドベンチャーなんとかっていう」

「きっとアドベンチャーワールドですかね」

「あ、そうそうそれそれ!」


 アドベンチャーワールドくらい単純な名前なんだから、スッと出てこいよ。本当にゲームには興味ないんだな……。


 その時、少し違和感というか疑問というか、俺の頭の中で一つの可能性が浮かびあがっていた。

 あくまで可能性に過ぎない。けど確かめる必要があった。


「美月さん……」

「ん? なに」

「アドベンチャーワールドではプレイヤー名何でした……?」

「え、同じ“ハルピー”だけど」

「装備は」

「は、装備? んー、私ウサギ好きだからさ、今と同じウサギみたいなやつだったと思うよ。だって私の本名にもウサギがいるからね」


 いた。

 こいつだ。こいつがあのアカウントを使っていたハルピーに違いない。

 他のハルピーにウサギのような見た目の装備はいなかった。


『しらひめさん、ど、どういうことですか?』


 盗聴していたセツナからメッセージが飛んで来る。


『分からない。けど、アドベンチャーワールドでウサギ装備だったハルピーは一人だけだ』

『確かにそうですが、でもログイン時間に差があります。話を聞いて調べてみたのですが、卯堂さんがSMFをプレイし始めたのは8ヶ月前。私がハルピーさんと会ったのはちょうど半年前です。その時まで活動していたということですよね? 彼女の話を聞く感じですと、半年前ではもうSMFしかやっていないのではと推測出来るのですが……それにハルピーさんは男のはずです。偶然なのでは……?』


 文字打つの早っ。

 そして、SMFでのハルピーのアカウントを調べるのも早っ。

 まぁ、それはいいとして確かにこいつが探している犯人ではないだろう。


『でも、犯人と繋がってたら?』

『それは、どういうことですか?』

『テレビ電話にしてくれないか』

『え?』

『ちょっとセツナに確認したいことがあるんだ。臆せずにしっかりと画面を見てて欲しい』


 俺はセツナにそう頼み、お互いの顔が見えるようにする。



「それにしてもよっぽど彼氏さんのことが好きなんですね」

「私と騎士ナイトはラブラブだからね。二人きりの時は私のことをプリンセスって呼んだり──」

「写真ってあります?」

「写真?」

「二人のラブラブツーショット写真が見たいなぁ〜って思いまして」

「まぁ〜、少しなら幸せ分けてあげるけど〜」


 ウザっ。リア充マジでウザっ。


 卯堂は何のためらいもなく、むしろ自慢するように写真を見せてくれた。

 やはり俺が思っていたとおり、あの爽やか系を気取っている顔だ。


「わーお似合いですねー」

「でしょ〜? 私たちが21世紀最大のベストカップルって彼が言ってくれたの〜」


 恥っず。リア充ってそんなこと言うの? マジで恥っず。


「あ、電話だ。少し席外しますね」


 と、言いつつ店を出て、既に繋がっている電話に出た。


「セツナ、ハルピーっていうのは──池 騎士のことか?」

『……はい。あの人が、あの人が私が会った男性です……!』


 やはり捜し求めていたのはあいつだったのか……!

 俺は写真を見せてもらっている時、外カメラで卯堂の携帯の画面を盗撮していた。

 盗聴に盗撮と、中々アウトなことをやっているが、これも復讐のためなら致し方ない。


 何故、卯堂のアカウントで近付いたのか等、不明な所も多いが、別にそれはどうだっていい。

 復讐するべき矛先が定まった。

 もう既に犯人と会っていたとは不覚だった。


 池 騎士──こいつを必ず社会的に貶めて復讐してやる……!


 首を洗って待ってやがれ……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る