第16話《箱根温泉のクリスマス》
ここは世田谷豪徳寺・16
《箱根温泉のクリスマス》
「さくら~、ゆでだこになってしまうでえ」
恵里奈が言ったのに生返事したことは覚えていたけど、あたしは、それから二十分近く温泉に漬かっていた。
温泉が、こんなに頭にいいとは思わなかった。
頭にいいと言っても賢くなるわけではない。なにも考えなくてもいいんだ。
うちのお風呂だと、その日にあったことや、明日のこと、ときにはとんでもない昔のことを思い出し、狭い湯船で身もだえすることもあるけど、温泉は頭が空っぽになる。考え事の多いあたしには、まさに極楽なんだ。
やっと大浴槽から出ると、体がきれいな桜色になっていた。あたしは自分の体に見とれるという、この成長期の女の子にありがちなクセはないけど、この時ばかりは驚いた。スベスベの桜色……大きな鏡にボンヤリ映る自分の体を初めてキレイだと思った。
きれいね……
小さく呟いたのが意外に反響してうろたえる。幸い浴室にはあたし一人しかいなくて安心した。
半ばサロンのようになった脱衣場に出ると、まくさと恵里奈が浴衣に丹前羽織って、アイスを食べていた。
「あ、そんなの食べてえ(´Д`)」
「クリスマスのサービス。さくらもどうよ?」
「食べる食べる!」
あたしは、据え付けの冷凍庫に向かった。
「その前に、浴衣ぐらい着いや。同性同士でも恥ずかしいわ」
あたしは急いで、体を拭いて浴衣と丹前のユニホームになった。
「……賞味期限が、年内いっぱいなんだね」
「だからサービスに回したんじゃない?」
そう言うまくさと恵里奈の側には、カラのカップが一つずつ。
「あんたたち、二つ目!?」
「誰かさんが長風呂してるからよ」
「あたしのせい?」
「ハハ、おかげかな。気がねせんと三つも食べられた」
「え……!」
よく見ると、恵里奈のカップは二つ重ねてあった。
温泉は、小さい頃に家族で来て以来。この開放感と阿呆といっていいほど頭を空っぽに出来るのが、オバサンやオネエサンに人気がある理由だと悟った。
「せやけど、クリスマスの晩に女三人でくつろげるのは、まだ、うちらお子様やねんやろね」
晩ご飯の一人用の鍋をハフハフ食べながら恵里奈。
「どうして、これら毎年やってもいいよ」
「さくらって、変に大人びたとこがあるのに、こういうことには、まだまだネンネなんだね」
「どういうことよ?」
あたしは、蟹の脚から実をほじくりながら横目になる。
「やっぱ、クリスマスは彼と二人でしょ」
「せやせや、女同士の温泉は、年末年始の休み中やな」
「この冬空の下のどこか、いずれあたしといっしょにクリスマスの夜を過ごしてくれるオトコが居るんだよね……」
「まあ、高校一年では、早すぎるけどな」
「どんなオトコなんだろうね」
あたしの頭に一瞬四ノ宮クンの顔がうかんだ。
「あ、ありえないわよ!」
「ありえないとは、失礼でしょ」
「い、いや、まくさのことじゃないわよ」
「ははん、特定のオトコの顔が頭にうかんだな?」
「ち、違うってば!」
「お、さくらが、真っ赤なバラになった!」
「もう、お鍋煮上がっちゃうわよ!」
それから、寝るまで三人で喋りまくった。脳みそを使わずに、ポッと頭に浮かんだことを好きずきに。
この三人組だから出来ることだ。
「なあ、ドッペルゲンガーて知ってる?」
「なに、ドイツのお菓子かなんか?」
「まくさは、すぐ食い物の話やな」
「あたし、知ってるよ。自分と同じ人間のことでしょ。萩原朔太郎やら太宰治が書いてるよ」
「さすがは、さくらやな。うち、試合中に見えた」
「え、見たの!?」
まくさといっしょに、恵里奈の布団に潜り込んだ。
「試合が、フルセットまでいってヘゲヘゲの時に、相手のセッターの子がうちに見えてん……」
「それで……?」
「それがな……」
深夜まで盛り上がった、箱根の女子会。まだまだ続きます……。
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