第174話 マジでクソ陰キャだと思ってたのに
3月。
段々と暖かな日が増え始めた頃。
「明日、ホワイトデー……か……」
ふと、黒板に書かれた3月13日の日付を見てボヤいた。
美冬と、そして今年は飛鳥からバレンタインに貰ってしまったので、そのお返しをそろそろ考えなくてはならない。
帰りに駅ビルに寄れば、なんかしら見つかるだろう。
と希望的観測の下、事実、立川には何でも揃っていた。誰もが名前を知っている有名な洋菓子店で、飛鳥に明日渡すためのお菓子の詰め合わせを買った。
そしてやっと家に帰り着くと、美冬が早速、洋菓子店のロゴが入った紙袋に気付いた。真顔を取り繕ってはいるが、何かを期待している様子は隠せていない。
後々になって言い出すのもしんどいと思い、進は早いこと打ち明ける事にした。
「これは、菅谷に、バレンタインのお返しに」
「ぁ、ぇ、そうですか」
複雑な表情だ。正しく、複雑な表情。真顔ともとれず、怒っているわけでもない。口がうみょうみょしている様な、形容し難い味の何かを噛んだ時の顔だ。
「え、何その顔」
「ご主人様が美冬以外のメス豚に施すのは許せないのですが貰ったものは返すというのは常識なので咎めることが出来ないという葛藤が」
「えぇ……っと、みふのは、明日ケーキとか買って帰るよ。食べたいの選んどいて」
「あ、じゃあ、ペンギンのケーキがいいです」
「なにそれ……」
なお、それは池袋にしか売ってない。
立川に全てが揃っているとは限らない。新宿渋谷池袋という大都会には決して勝てないのだ。
明日は遠回り確定である。
そして翌日。
「え、まじ、美冬ちゃんにキレられなかった? 私に渡して大丈夫?」
ホワイトデーの菓子を飛鳥に渡したところ、礼より先に青ざめた顔の本気で心配をされた。
「菅谷の中でみふってそんな怖いの……」
「い、いや、そうじゃなくて、その、あ、愛されてるよね、日戸って、うん。いやほんと、大事にしてあげなよ。マジで」
目を逸らしキョドりながら言われてしまえば悪い予感しかしない。美冬は他人に対する嫌悪なんかは一切隠そうとせず、本人に実害はないが彼女の主である進が冷や汗をかくことが多々ある。
月岡家の狐は口が悪い。
「あの、ホント、すみません……」
「いや、そんな、全然、何もないってほんとに」
「え、お前ら付き合ってんの?」
菓子を渡すやり取りだけを見ていたクラスのお調子者、斎藤が急に話に割って入ってきた。なお斎藤は文化祭準備の時、菅谷、正木由良と共に買い出しに行った男子だ。あれ以来、微妙に会話する間柄になっていた。
「は? 何言ってんのてめえ。これ義理だから」
なお進が否定する前に飛鳥が即座に否定した。しかもマジの血相で、何かを想像して怯えるように。
「それに日戸には彼女居るし。ないない。絶対ない」
「え、日戸、彼女いんのかよ! お前マジでクソ陰キャだと思ってたのに裏でコソコソしてたのか!」
「しかも同棲してる彼女」
「同棲!?」
何かに怯えている菅谷はさらに燃料を投下していく。
斎藤のデカイ声にクラスの殆どが視線を向けてきた。
「この学校か? 誰なんだよ、言えよ! どんな子? え、どんな子なんだよ!」
「全然、違う学校だよ。同棲、とか違うし。何ていうか、昔からほぼ一緒に暮らしてたっていうか」
「幼馴染か! マジか幼馴染と付き合うとかマジであんのか! すげえ! いつぐらいから付き合い始めたんだよ!」
「いやなんでこんな食いつくんだよ……」
まるで尋問。他人の色恋沙汰は他人をいびり倒して遊ぶのにうってつけと言うわけだ。
陰キャの進にとって、この高校生のノリは地獄そのものだ。
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